二百四十話 インタビュー本番
食事を一通り終えてから、俺と江古田記者はお互いに飲み物を飲みながら、インタビューに移ることにした。
「では、まず写真を撮影させていただきますね」
江古田記者は、携えていた肩掛けバックから、重たそうな一眼レフのデジタルカメラを取り出して構える。
俺はエクスマキナ兜の口元の装甲を閉じてから、コーヒーカップを掲げた大勢で停止する。
パシャパシャとカメラのフラッシュが焚かれた状態で写真が取られ、次にフラッシュなしの写真を取られた。
「別のポーズもお願いします」
江古田記者に言われて、俺はコーヒーカップをテーブルの上に戻し、偉そうな態度に見えるよう腕組みして胸を張る。
再びフラッシュありとなしで写真が撮られた。
江古田記者は用が済んだとばかりにカメラをバッグに戻し、代わりにボイスレコーダーとメモ帳を取り出した。
「それでは、十五階層のモンスターをどうやって倒したのかについて、お話いただけたらと」
俺はどう話すべきかを、少し考える。
役所の役人に語ったことそのままを伝えるべきか、よりイキリ探索者っぽく話を盛るべきか。
俺は、どうせだからと、自分の手柄を誇るような話をすることにした。
「十五階層のモンスターは、俺がいま被っている兜のような、金ぴかの機械系モンスターだ。そんでもって、長い事倒されなかったのは、ものすっごく防御が堅いモンスターだからだ」
「防御が硬いですか?」
「探索者が力一杯に刀で斬りつけても、俺が思いっきり鈍器で叩こうと、薄く傷が入るだけ。まったく倒せる気のしない、そんなモンスターだ」
「でも、ガイコツ仮面さん――いえ、金ぴか仮面さんは、倒したんですよね?」
「もちろん。俺にしてみたら、楽な相手だったぜ。なにせ二度目の挑戦で倒せたような、そんな容易い相手だったからよお」
「ええ!? 他の探索者さんたちが何度も挑んでは敗退しているのに、二回目でですか!?」
「そうとも。つーか、他の探索者たちが馬鹿だったって話だぜ、これは。殴っても斬っても効かない相手なら、別の方法を試すのが当然だろう。なのに連中は、その方法を試すことを怠っていた。だから一年間も突破できずにマゴマゴしていたんだ」
「刀や鈍器ではない他の方法、ですか? パッとは思いつかないんですけど?」
「まあ探索者じゃなきゃ、分からなくてもしかたない。でもな、十四階層に踏み入った探索者なら、気付くはずなんだ。十四層のモンスターは、どれもこれもスキルっぽい能力を持っていた。つまり、十五階層のモンスターを倒すには、スキルが重要になるってことがな」
「でも、刀が効かないってことは、身体強化系のスキルは通用しないんですよね?」
「身体強化でダメージを与えられないのなら、別の攻撃スキルを試せばいいだろ。例えば、火魔法スキルとかな」
俺が例えで火魔法を出したところで、江古田記者が驚いた表情をみせた。
「もしかして金ぴか仮面さん。火魔法スキルをお持ちなので?」
「バーカ。持ってるわけねえだろうが。俺が言いたいのは、火魔法スキルのような、物理で攻撃する以外の方法をやれって話だよ」
「ということは、別の魔法スキルをお持ちだと?」
「アホが。そういうことじゃねえって。その魔法スキルと同じことができるアイテムを、俺は用意したってことだよ」
「えっ!? そんなアイテムがあるんですか!?」
「あるとも。俺が役所に納品したこともある、魔石が鏃になっている矢。あれが、魔法スキル代わりのアイテムだ」
魔石矢のことを教えると、どうやら江古田記者は存在を知ってはいたようだ。
「あの矢ですか。普通の矢として使うわけにはいかないからって、ほぼ全てが魔石の研究に回されたって話ですよ。そんな矢が、長年攻略を阻んできた、十五階層のモンスターを倒すアイテムだっていうんですか?」
「そりゃあ使い方を知らなきゃ、アレは鏃が魔石なだけの矢だからな。現代じゃ使い道のない道具でしかないだろうさ」
「魔法スキルの代替になる、使い方があると?」
「矢を握り、鏃からどんな現象を出したいかを念じるのさ。そうすると、念じ方によって、火が出たり水が出たり電気が出たりする。試してはいないが、風やら光やらも出せるんじゃねえかな」
「つまり、十五階層のモンスターを倒すには、その矢の鏃に魔法を点けて攻撃することが必須なわけですか?」
「十四階層に屯しているような、政府発表の攻略チャートを鵜呑みにした、身体強化スキルのメンバーばっかりな探索者パーティーじゃあ、そうしなきゃ突破できねえだろうな」
「魔法系スキルを持っている人がメンバーに居れば、矢は必ずしも必要ないと?」
「その魔法スキルの強さにもよるな。それと魔法スキルじゃなくて、それに近い直接攻撃じゃなくてもダメージを与えるスキルなら、通用するんじゃねえかな」
俺が思い出すのは、火魔法スキルの萌園と、彼女のパーティーメンバーの格闘系スキルの男子。
あの二人なら、実力さえ伴っているのならエクスマキナを倒すことは容易のはずだ。
まあ、少しでも十五階層を突破する探索者を減らすためにも、萌園たちの話を江古田記者にしてやりはしないけどな。
「つーか問題はだ、十五階層を突破した後だ。十六階層は、今ままでの階層とは違った点が多い。知らずに突っ込めば、探索者に死人が多く出るだろうよ」
エクスマキナの話を切り上げて語ると、江古田記者が話に食いついてきた。
「前人未到の十六階層の話ですね! お伺いします!」
「そうだな。まず語らなきゃいけないのは、モンスターが最低でも二匹一組で行動しているって点だ。今までは、順路には一匹ずつしかでなかったから、これはかなりの変化だぜ」
「一匹と二匹で差があることはわかりますけど、そんなに違うんですか?」
「違うぜ。単純に考えても、こっちの戦力が減るからな」
「減る、んですか?」
「当たり前だ。多くの探索者は、一匹のモンスターに対して四人とか五人かかりで倒している。それが二匹を相手にしてみろ、探索者側は人数を分けて対応しなきゃいけない。戦う人数が減れば、その分だけ戦力が分散するってことになるだろ」
「なるほど、それは確かに」
「まっ、俺は一人だけで五匹や六匹一組のモンスターと戦ってきたからな。いまさら二匹一組でモンスターが出てこようと、大した相手じゃなかったけどな」
俺が自分上げの台詞を吐くと、江古田記者は愛想笑いを返してきた。
「その二匹一組が最低数っていう点が、一番大きな違いなんですか?」
「いや、もっと大きな違いがある。それは、モンスターの攻撃力が、いままでと段違いに強いってことだ」
「攻撃力が強いんですか?」
「十四階層以下では、モンスターの攻撃を受けたら防具が多少傷つくだけで済んだ。だけどな、十五階層のモンスターの攻撃は、防具が大きく破損するぐらいの攻撃力を持ってる。俺は着ていないから推測になっちまうけど、日本鎧じゃあ防御しきれない可能性があるぜ」
「へぇ~~。あっ、もしかしてガイコツ仮面さんから金ぴか仮面さんになったのも、十六階層のモンスターの攻撃を防ぐために防具を新調したからですか?」
その質問にどう答えるか、俺は数瞬の間だけ考え、イキリ探索者っぽい返答を考えだした。
「違えよ。前の防具がボロボロになったから買い替えただけだっつーの。俺がモンスター相手に後れを取るとか、有り得ねえから」
「な、なるほど。単純に買い替えのタイミングが合ったってことですね」
江古田記者は、自分が語った推察を信じていない顔つきで、メモ帳に何かを書き入れている。
たぶん、モンスターにボロボロされた事実を隠すため、俺が見栄を張ったんだと思ったんだろう。
今の俺の発言をどんな風に記事にするかは知らないが、願わくばイキリっぽい発言に手直ししてくれると嬉しいな。
「話をまとめますと、モンスターが明らかに強く成ったうえで二匹一組で最初から出てくるから、十六階層に踏み入った探索者の方たちは苦労するということですね?」
「そういうこと。ああ、出てくるモンスターの中には面白い特性を持つヤツがいて、そいつがとても厄介なんだが――これ以上は教えすぎだな」
「えっ! 急に話をやめられると、気になるんですけど!」
「他の探索者たちにも、俺が十六階層で苦労したことを体験して貰うには、これ以上話すわけにはいかねえな」
人の悪さを出すような台詞を吐くと、江古田記者は軽蔑するような目を一瞬だけ浮かべた。
しかし江古田記者は、取材対象者である俺が臍を曲げるのを恐れたのか、すぐに愛想笑いの表情に戻った。
「他に、有用な情報などありますか?」
「出てくるモンスターについては、これから十六階層に入るであろうヤツラのインタービューのネタに回すとして、残るは罠についてぐらいか?」
「罠ですか? いままでの階層にもあるという話ですけど?」
「危険度が跳ねあがってんだよ、十六階層のは。明らかに出現する頻度と凶悪度が増してる。それこそ、うっかり罠を踏んだら、大怪我間違いなしって感じだ」
「それって、他の探索者さんたちは大丈夫なんですかね?」
「さてな。罠を踏んでも、日本鎧の防御力で乗り越えればいいとか、怪我を負ってもポーションを飲めばいいとか考えているヤツだと、死ぬかもしれねえな」
「えっ。それって」
「さっき言っただろ。日本鎧の防御力じゃあ、十六階層じゃあ通用しないかもってな。モンスターの攻撃力が鎧を破壊するぐらいあるのなら、罠だって同じぐらいの危険度だって考えた方が良いに決まってんだろうがよ」
俺が語気を荒くして主張すると、江古田記者は気圧された様子で何度か頷き返してきた。
「そ、そうですよね。気を付けるに越したことはないですよね」
「そうするべきだと思うぜ。まあ、十四階層に屯していた連中が、十五階層を突破した後、慎重な行動をするかは疑問だけどな」
「それは、どうしてです?」
俺は腕組みを解くと、椅子の背もたれに体重を預けて踏ん反った態度になる。
「それは、俺が一番最初に十五階層を突破したからだ。一年も攻略できなかった連中の面目は丸つぶれだ。その面目を取り戻すためには、俺が行っていない場所に先に踏み込むことが必要になるだろうよ」
「そのためには、少しぐらい無茶をしてでも、階層を先に進むんじゃないかってことですね」
「俺としちゃあ、ダンジョンの一番先に居続ける必要性を感じてねえからな。坑道のカナリアになりたいって輩がいるのなら、喜んで先に進ませてやるよ」
「カナリアなんて、嫌な表現しますね」
江古田記者の言い分は分かる。
なにせ坑道のカナリアは、坑道内に毒気が発生した際に鳴る生体アラーム――つまるところ、命を持って危険を他に知らせる役目だ。
その役割を他に任せるということは、その他人の命を使ってダンジョンの情報を得るということと同じだ。
だから俺がそうする気でいると語れば、江古田記者が非難することは当然と言える。
しかし俺の方にも、言い分はある。
「俺は、他の探索者たちに先に行けと強要しているわけじゃない。先に行ってくれるのなら、喜んで先を譲ると言っているだけだ。その連中が生きて情報を持ち帰ってこようと、死んで危険を知らせようと、どっちだっていいって話だ」
「それは、たしかにそうなんでしょうけど」
江古田記者の表情は、納得いかないと語っている。
俺は納得してもらう必要性は感じないなと思いながら、自分の語りを終えることにした。
「それで、他に聞きたいことはあったりするのかよ?」
そう俺が求めると、江古田記者はペン尻を自身の顎に当てながら質問をしてきた。
「えっと、じゃあ。どのぐらい稼いでます?」
唐突な収入の話に、俺は気勢が削がれる思いを抱いた。
「俺の稼ぎなんて、本当に知りたいってのか?」
「金ぴか仮面さんは、世にも珍しい、単独で最前線にいる探索者さんですからね。他の探索者さんたちが人数で収入を割っているのを考えると、かなり稼いでいるんじゃないかって睨んでいるんですけど?」
なんて下世話な質問だと思いつつ、どう答えたものかを考える。
馬鹿正直に何百億稼いでいるって言っても良いが、そんなことを言ったら面倒事が寄って来そうだ。
これは、少し目控えめな感じで語るべきだろうな。
「そうだな。モンスタードロップ品を売って得た金は、数千万円ってところだろうな」
「金ぴか仮面さんは、前年の四月から始めたんですよね。ということは、年収数千万円ってことですか!?」
「最前線にいる探索者としちゃ、打倒な金額だろ。他の連中は、その年収を頭割にするんだ。だから一人頭で一千万円から数百万ってことになる。これは普通の会社員と同程度だぞ」
「つまり年収が多く見えるのは、金ぴか仮面さんが単独だからってことですね」
「そうだ。一人だけだから、丸儲けだからだ」
なにを俺に語らせているんだと呆れていると、江古田記者から更なる質問が飛んできた。
「それだけお金を稼いでいるってことは、色々と使ってしまったりとかしてますよね? その辺りのお話なんかは?」
「金の使い道か? 一番大きな買い物という意味じゃ、この防具が一番じゃねえかな」
「その金ぴかの全身ジャケットが、ですか?」
「有名な工房でオーダーメイドした作品だからな。詳しい値段は言えないが、一千万円以上はするだろうとだけは言っておく」
「い、一千万円! その防具が!?」
「言っておくが、その値段で買えると思うなよ。あの工房は予約でいっぱいなんだ。今からオーダーしようと思ったら、一年先二年さきになるだろうな」
「そ、そんな防具、何時作り始めたんですか?」
「守秘義務ってやつだ。教えねえよ」
その後、教えて、教えないの応酬があったものの、インタービュー内容は十分だったようで、程なくして解散となった。
もちろん喫茶店の支払いは、江古田記者が会社の経費で持ってくれた。




