二十四話 ドロップ品飯
東京ダンジョンから自宅に戻った。
ダンジョン探索で着なれたこともあって、防具ツナギを着て電車に乗ったんだが、周囲の乗客の視線はあまりなかった。
どうやら、東京駅近くを職場とする人たちの一般常識として『探索者=変な格好』という図式が出来ているらしく、俺の格好は気になるけど注視するほどじゃないって感じだった。
そうと分かったので、これからは自宅で防具ツナギを着て行くことに決めた。
「さてと、じゃあ夕食にするか」
ダンジョンに入った日は、適当な食材で肉野菜炒めを作り、インスタントの味噌汁にお湯を注ぎ、炊飯ジャーの中の米をよそって、夕食にしている。
しかし今日は、ちょっと献立を変える気でいた。
自宅近くのスーパーで購入した生姜を台所に置く。そして小部屋からの帰り路でダンジョンで手に入れていた、ドロップ品であるラージマウスの肉とウィッププラントの甘草シロップをリュックから取り出した。
このラージマウスの肉と甘草シロップを使って、生姜焼きを作るのだ。
「モンスターの肉は、流通している肉より美味しいって話だし。都市伝説的な噂では、モンスター肉を食べると強くなれるって話もあるしな」
そんな事を呟きながら、ミドルマウスの塩とメルトスライムの片栗粉を、調味料棚から出す。
この塩と片栗粉、ミドルマウスとメルトスライムをかなりの数を倒したのに、確保できた量が少ないため、勿体なくて使えていなかった。
だがどうせモンスタードロップ品で飯を作るからには、調味料も拘りたいと考えて、ここで使うことにした。
「さて、甘草シロップの味は――あっまっ!?」
味見にと指に垂らして舐めてみたが、蜂蜜の倍はあろうかという甘さが舌を襲ってきた。
これぐらい甘いと、使用量は少しでいいな。
さて味見は済んだので、ミドルマウスの肉を薄切りにし、軽く塩コショウを振って、メルトスライムの片栗粉を塗していく。
油を敷いてから温めたフライパンを、中弱火ぐらいに火を落としてから、肉を焼いていく。
じっくりと肉に火を通している間に、醤油、すりおろした生姜、甘草シロップ、料理酒、そしてメルトスライムの片栗粉を少量、それらを混ぜ合わせて調味タレを作る。
俺の家庭では、肉にタレを漬け込まずに、焼いてからかけて絡めるレシピが主流だ。こっちの方が時短で手軽だからな。
フライパンの中をひっくり返して逆の面も焼きつつ、使いかけのキャベツを取り出して千切りにしていく。
キャベツの千切りを皿に乗せたところで、調味タレをフライパンの中へ入れ、コンロの火を強火に。フライパンの中で肉を箸でかき混ぜつつ、タレを一気に煮詰めながら絡めていく。
程よくとろみがついたところで、皿にあるキャベツの上に、どーんと掛けるように置く。キャベツにタレが染みて、美味くなるんだよな、これ。
茶碗に炊いた米をよそい、コップの中に水を入れたら、夕食の準備は完了だ。
「いただきます」
手を合わせて食事の挨拶をしてから、まずはタレが染みたキャベツの千切りを食べる。
醤油と生姜の味はいつも作っている通りだけど、感じる甘味が違った。
口に入れた最初はぐっと甘さが舌に来るが、時間を置くとすっと消えていく。
その後味に爽快感がある甘さは、醤油のしょっぱさと生姜の辛味を引き立てていて、生姜焼きのために作られた甘味調味料のようだ。
「タレは美味いのはわかった。じゃあ肉は……」
俺はラージマウスの肉を一切れ箸で取る。
見た目は、脂身の少ない豚肉のロース。
果たして味はと、肉に齧り付く。
「うん、美味い。輸入豚肉より確実に美味しい。だけど味は、豚肉と鳥肉の間、いや豚肉と魚の間って感じか?」
的確な表現がでてこないが、通常食べている肉とは違う種類の肉の味ということは分かる。
これはラージマウスの肉だが、もしかしたら普通のネズミの肉でもこんな味がするのかもと思わせる、少しクセが感じられる肉の味をしている。
しかし、この肉のクセと生姜焼きのタレが合わさると、後味を引く感じになる。
さしずめ、もの凄く臭いのに飲んでみると美味しい豚骨ラーメンスープや、藁巻きの納豆の美味さに通じる、クセのある味がクセになる感じだ。
この生姜焼きは、米が進む!
パクパクと、肉と米、千切りキャベツと米、肉でキャベツを巻いたもの食べてから米、お代わりをして米、と食べて行く。
そしてすっかり皿の上が空になった頃、明日の朝食に残すはずの米まで食べてしまったことに気付く。
「これは、食べ過ぎた」
重たいお腹をさすりつつ、使用した皿と調理器具を洗ってしまう。
そして膨れたお腹で布団の上に寝転がり、食休みにスマホでアニメの鑑賞に入る。たまたま一挙放送をしていた、俺何かやっちゃいました系の異世界転生物語のアニメを見ることに決める。
「ハーレムは全然羨ましくないな」
多数集まった女性の厄介さは、学生生活と会社員時代に身に染みて知っている。
その経験から判断するに、多数の女性と付き合うなんて、考えるのも恐ろしい話だ。
正直、ハーレム願望がある人は尊敬に値すると思っている。目に見えている苦労に、自分から踏み入る気でいるんだからな。
「けど、この誰も真似できないような戦闘力は欲しいな」
この戦闘力があれば、さっさとダンジョンの階層を突き進んで、不老長寿の秘薬を手にすることができる。
そして不老長寿になったら、きっぱりと探索者を止めて、普通の会社員に戻る。
「でも、会社員よりも稼げはするんだよなあ……」
探索者は、モンスターと戦うため、命の危険がある。その危険の分だけ、手にできる金は多くなる。
身の危険を押してまでの金を得るか、身の安全を確保してそこそこの給料で満足するか。
金が大事な人は前者を選ぶだろうが、俺は完璧に後者の人間だ。
「だって、死んだらアニメもラノベも映画も見れなくなっちゃうしな」
不老長寿の秘薬があるかもしれないという可能性がなきゃ、俺はいまでも普通に会社員をしていただろうしな。
そんなことをつらつらと考えつつ、俺は膨れた腹が小慣れるまで、アニメ鑑賞を続けたのだった。