二百三十八話 新しい防具(金)
江古田記者と、不意に出会ってしまった。
いや、待ち伏せされていたって言った方が正確だな。
江古田記者は「取材!」と五月蠅かったが、ダンジョンを出たのが遅かったし疲れているからと、取材の協力を約束することで帰宅することができた。
俺は自宅に帰り、防具の全身ジャケットと頭骨兜を脱ぐと、一息入れた。
「江古田記者のこと、すっかり忘れていたな」
俺が十五階層を突破したと知れば、あの記者がやってくるであろうことは予想がついたはずだ。
彼女の存在を丸ッと忘れていたのは、未知の階層を探索すること――不老長寿の秘薬と出会えるかもという期待が、俺自身が自覚するよりも大きかったのが理由なのかもしれない。
「約束したからには、取材は受けるべきなんだろうけど」
そう呟きながら見るのは、いまさっき脱いだばかりの全身ジャケットと頭骨兜。
長い事、俺の相棒として活躍してくれた装備なので、痛んだ場所がいくつもある。ダメージ確認で無茶をしたため、ジャケットには火で焦げた部分があるしな。
正直言って、取材を受けるにしては、ボロボロの姿で相応しくない。
特に俺が演じるイキリ探索者の場合だと、ボロボロの装備で取材は受けたりしないはずだ。
「イキリ探索者としての見栄を守るため、ちゃんとした装備を整えるべきなんだろうけど」
取材の日取りには数日の余裕があり、その日にちの中で俺が良いと思う時間で行うよう約束させてある。
だから高級スーツを東京駅近くのデパートで揃える時間はある。
しかし、前回前々回と一風変わった探索者という見た目で取材を受けた身だ。
ここで行き成り、普通のスーツというのは味気ない。
どうしたものかと考えながら部屋着に着替えていて、ふとスマホの画面が目に入った。
画面に手が触れたことでモニターの電源が入り、新着情報のポップが表示されている。
そのポップの中に、岩珍工房の名前を見て、俺はとある予感を抱いた。
「もしかして」
スマホを操作して、岩珍工房から受け取った電子メールを開封する。
メールの文面を読んでいき、俺が予感した通りの内容であることが分かった。
「今日の午前に発送したってことは、明日中には自宅に着くはずだな」
岩珍工房に注文していた、金獅子と黒狼の革を用いた全身ジャケット型の防具が、明日届く。
未だどんな見た目のジャケットかは分かってないが、岩珍工房の作品なら悪いことはないはずなので、その防具ジャケットを着て取材を受けるのが良いはずだ。
とりあえず俺は、連絡先として貰った江古田記者の名刺にあるメールアドレスに『明日は予定があるから取材は無理。時間が取れる日が分かったら連絡する』と、メールを送っておくことにした。
すぐに江古田記者から返信がきて、『明日のことはわかりましたけど、絶対に取材は受けてもらいますからね!』と強めの文面が書かれてあった。
必死な様子に苦笑いしつつ、俺はシャワーを浴び、飯を食い、就寝した。
翌朝。
俺が暮らすアパート周辺が、出社や登校する人の声や気配で溢れる時間帯。
俺は買い置きしていたパックご飯と、次元収納の中に入れていたドロップ品の肉とで、なんちゃって焼肉丼を作って食べていた。
スマホの画面に今期のアニメを映しながら食事していると、部屋のチャイムが鳴らされた。
俺はもぐもぐと口に入っているもの噛み砕きながら、急いで玄関まで移動する。
魚眼レンズ越しに見ると、配達員の格好をした人が、デカい段ボール箱を抱えて立っていた。
俺は自宅のドアの鍵を開けつつ、口の食べ物を飲み込んだ。
「お待たせしました。荷物ですか?」
「はい。お届けものです。こちらにサインか印鑑をお願いします」
俺は配達員から段ボール箱を受け取ると、背後の玄関に置いた。そして配達員からペンを借りて、配達伝票にサインを記してから返した。
「またのご利用お待ちしております」
定型の挨拶をいって、配達員はスタスタと走り去っていった。
俺は自宅の扉を閉めると、鍵をかけ、玄関に置いた段ボール箱を持ち上げて部屋の中に戻った。
焼肉丼を急いで食べてから、段ボール箱のキッチリと封されたテープをはがしていく。
そして段ボール箱の中から現れたのは、いつものジャケット用の手入れ品と、金色に輝く全身ジャケット型防具。
俺は全身ジャケットを手に取り、広げてみた。
それなりに厚みのある金色のジャケットには、肩や胸に前腕部と膝そして脛部に黒色の装甲板のようなものがくっ付いていた。
多分、全身のベースが金獅子の革で出来ていて、黒色の装甲板部分が黒狼の革なんだろうな。
早速来てみようとファスナーを開けると、肌に接する内側の革は金獅子でも黒狼でもない別の革であることが見て取れた。
「なんだ、この革?」
制作前の打ち合わせでは、内張りの革が別になることは盛り込まれていなかった。
どういうことかと思い、なにかしらの手がかりがないかと、配達されてきた段ボール箱の中身を改めることにした。
段ボール箱の中には、まだ金色の手袋やブーツがあったが、それは一先ず置いておく。
探していくと、箱の内側の側面に貼りつくような形で、封筒に入れられた手紙が入っていた。
手に取るとすぐに抜き取れたことから察するに、荷物の上に置いてあった封筒が、配達される間に側面に落ちてしまったんだろうな。
俺はそんな予測をしながら、封筒の中にあった手紙を広げてみた。
手紙の内容は、俺が注文したこととドロップ品の革を融通したことに対するお礼から始まり、当初の打ち合わせとは違った部分があることを謝罪する文面があった。
「金獅子も黒狼も肌に直接触れる部分に使うには不満のある革だった。なので内張りの革には、俺が追加で納品したトロルの革を使った。なるほどね」
そう手紙を読んでから、俺はジャケットを撫でてみた。
表面の金色と黒色の部分を手で撫でると、荒い造りの化学繊維の布を触れたような、肌を拒絶するような触感がある。
では内張りのトロルの革はと触れると、こちらは肌に吸い付いてから一体化してくるような、絶妙なフィット感があった。
「たしかに、金獅子や黒狼の部分が肌に触れ続けたら、荒れそうな手触りだな。逆にトロルの革は肌に対する優しさがあるな」
岩珍工房の機転に感謝しながら、俺は新たなジャケットを着てみることにした。
全身をジャケットで覆ってみると、まるでなにも来ていないかのような、軽い着心地だった。
腕や足を曲げたり捻ったりしても違和感はなく、大きく胴体を曲げ伸ばししても突っ張りや引きつりは一切ない。
肩や腕や足にある黒い装甲板の部分も、俺の動きを阻害することのない、絶妙な配置がされている。
「こりゃ凄い。色味が派手なこと以外は、完璧なジャケットだ」
俺は浮かれながら、改めて洗面台の鏡に全身を写してみた。
光の照り返しが少ない金色と、光を吸収する黒い装甲板の、全身ジャケット。
その姿はまるで――
「――ハイパーモードとかムテキとかっぽいけど、装甲が黒だから敵側っぽさもあるな」
さしずめ、主人公ヒーローが持つ無双の力を解き明かし、その解明した力を使って作られた対主人公用の怪人――最終的には主人公側の仲間になり、無双と無双が合わさって無敵になり、悪の秘密結社に止めを刺す、そんな人物っぽい見た目だ。
「問題は頭装備だよな」
岩珍工房には、ヘルメットの取り扱いはない。
なので今まで使っていた頭骨兜を、仮に被ってみることにした。
鏡に映るのは、金色の身体に、ガイコツの頭。
これはこれで趣はあるけど、統一感という部分では減点だ。
「うーん……あ、そういえば」
俺が頭装備として閃いたのは、エクスマキナを最初に倒したときに手に入れた、エクスマキナの人間大の模型。
あの模型は鎧や兜が着脱可能だった。
そしてエクスマキナの鎧は金色に赤の差し色なので、俺がいま着ているジャケットと色味は似ている。
なら、あの兜を被ってみるのはどうだろうか。
早速俺は、台所の魔産エンジンを稼働させて次元収納の出入口を開くと、中からエクスマキナの兜を取り出した。
アニメのロボットのような、ヒロイックな見た目のフルフェイスの兜。
兜の仕組みもギミック的で、分割部から分解しながら広がるように展開し、頭に入れてから閉じるような造りになっている。
早速兜をつけてみようとして、展開したものを閉じる際に、顔の肉がギミックに巻き込まれそうなことに気付いた。
「もとは機械に付けるための兜だから、人の肉のように柔らかいものに付けるようにはできていないのか」
これじゃあ使えないと諦めようとして、待てよと思い直した。
俺は、まず頭骨兜を被った。オーガ戦士の頭骨を模しただけあり、俺の頭全体を多い隠してくれた。
この頭骨兜の厚みは、さほどない。
それこそ、俺の頭の外周を数センチ増やした程度の大きさだ。
これぐらいの大きさの兜ならと、俺はエクスマキナ兜を頭骨兜の上に被せてみることにした。
エクスマキナの兜の展開を閉じていくと、何回か展開ギミックが頭骨兜を擦過する音が聞こえたものの、最終的には頭を覆い尽くすことに成功した。
「おおー、これは良いな」
鏡に映ったのは、ヒロイックな造形の頭と、ヒーローの敵役っぽい身体の、少しアンバランスな見た目のニチアサ特撮っぽい存在。
頭骨兜の上にエクスマキナの兜を被せたので、少し頭が大きいように見える。
でも初期のニチアサ特撮ヒーローの頭部と似た大きさの感じなので、問題はないはずだ。
総じて着心地と見た目に満足できたので、俺は岩珍工房に受け取り完了とお礼のメールを送ることにした。
「さて。じゃあ取材は、この新しい装備でやるとしようか」
金色な見た目なので大分目立つだろうけど、逆にそれが十五階層を最初に突破したことで調子づいている探索者っていう印象を与える見た目になるはずだ。
俺は江古田記者に明日取材を受けるとメールし、すぐに江古田記者から『明日ですね! 分かりました! 集合は東京駅でお願いします!』という文面が返ってきた。




