二百三十二話 水は大事
初めて十六階層を探索した、その翌日。
俺は自宅で魔産エンジンを稼働させると、水道の水を大量に次元収納の中に入れた。
この水は、火の精を消化するために使うものだ。
消化用の道具を買うかどうかは、この水道水がどの程度通用するかで決める気でいる。水道水で十分足りるのなら、買う必要はないしな。
そんな準備を終えてから、俺は東京ダンジョンに行き、十四階層でアタックゴーレムを二匹配下にした。
それから、一度東京ダンジョンの外に出て、黒い渦に入り直して十六階層へ。
いまから、この階層の浅層域の探索の続きをする。
だけど、二匹一組でモンスターが現れる場所では、アタックゴーレム二匹を操る訓練をしながら進むことにした。
「アタックゴーレム二匹を同時に操るのは、なかなか難しいな」
同じように操ろうとしていても、攻撃チャンスにモンスターに止めを刺そうとすると、どうしても片方の操作に意識が集中してしまい、もう片方の操作が疎かになってしまう。
それならと、俺が戦闘しながらアタックゴーレム二匹を操ってみたところ、今度はアタックゴーレム二匹の操作がチグハグになってしまった。
慣れていないから仕方がないとはいえ、今の俺の技量だと自分が戦いながら操れる配下の数は一匹だけってことだな。
「おいおい慣らしていこう」
俺は、自分では戦わないで、アタックゴーレム二匹を操ることに集中することにした。
傀儡操術の訓練をしながら、二匹一組でモンスターが現れる区域を通り過ぎ、三匹一組でモンスターが現れるようになった。
俺は次元収納の中に片方のアタックゴーレムを入れると、俺とアタックゴーレム一匹の組み合わせでモンスターを倒しながら進んでいく。
道を進み続け、四匹一組、五匹一組とモンスターの数が増えてきた。
五匹一組のモンスターたちは、昨日俺が体験したように、火の精に火を与えて巨人化させる戦法を取ってくる。
しかし俺は焦らず、次元収納から水道水を放出して、火の精に浴びせかける。
じゅわじゅわと音を立てて、かけた水が水蒸気となっていく。
火の精は水蒸気の量に従って、どんどんと小さくなっていき、やがて元の半分の大きさになった後で薄黒い煙に変わって消えた。
火の精を消し切った後は、他のモンスターをアタックゴーレムと共に各個撃破し、勝利した。
「使用した水の量は、五十リットルほどか?」
なんとなく感覚で、俺は消費した水の量をそう感じた。
洗濯機の使用一回分未満の水の量で、巨人化した火の精が一匹倒せる。
使う水道水とドロップ品とを比べたら、費用対効果としては良いだろう。
でも、あまり水に頼り過ぎるのも良くないだろう。
「こんな戦い方をしていたら、月の水道料金が何十万ってなりそうだしな」
火の精を巨人化させないような戦いかたをするべきだと結論付けて、俺はダンジョン探索を続けることにした。
俺が火の精と直接戦って素早く倒すことにし、アタックゴーレムには他のモンスターたちに火を出させないよう立ち回らせることにした。
この戦い方は正解のようで、火の精を巨人化させる前に倒せるので、次元収納に入れた水の節約になっている。
でもその分、アタックゴーレムにはモンスターたちの攻撃が集中することになり、一戦ごとに損傷が目立つようになってきた。
「無生物に効くか謎だけど、ヒール」
試しに治癒方術をかけてみたが、やっぱりアタックゴーレムの損傷には効かなかった。
たぶん無生物なので、治癒ではなく、修復なスキルが必要なんだろうな。
「もう一匹手元にいるから、最悪ぶっ壊れてしまっても良いしな」
俺はアタックゴーレムに被害担当を任せながら、ダンジョンの通路を進んで行く。
その道行きの中で、俺の耳に『ちょろちょろ』と水が流れる音が聞こえてきた。
ダンジョンでは初めての音に、俺は疑問を持ち、その音のする方向へ行ってみることにした。
ダンジョンの罠を解除し、罠に使われていた矢や槍などを回収しながら、ようやく音の元へと辿り着いた。
音の正体は、休憩部屋の中央にある裸婦像が持つ水瓶。その口から流れ出る水の音だった。
俺が近づいて確認すると、裸婦像の足元は直径二メートルほどの円形のプールになっていた。水瓶の水は、そのプールに常に注がれ続けている。
「今までの階層にあった部屋の湧き水は水盆だったけど、十六階層から先は少し豪華な造りになったってことかな」
俺は水瓶から流れでる水を手ですくい、臭いを確かめてから口にする。
今までの休憩部屋の水盆の水と変わらない味。身体の疲れが何となく癒えた感じがするのも、同じだ。
俺は水瓶の水を次元収納に入れて確認するが、やっぱり薬水という判定だ。
「見た目は豪華になっても、水自体は変わらないのか」
ちょっと肩透かしを食らった気分になるが、水をタダで補給できる場所としては悪くない。
俺は次元収納の出入口を、水瓶から落ちる水の場所に設置し、水を大量に確保するとともに休憩することにした。
ちょろちょろと流れでる量なので、大量に溜めるまでには時間がかかるだろうが、火の精を楽に倒すために必要だからと許容する。
この部屋に繋がる道は二つあるので、俺はアタックゴーレムを一匹ずつ配置して一応の備えをしてから、のんびりと時間を潰すことにした。