二十三話 新発見……ではなかった
二階層の出入口のところへ行き、メイスと次元収納に入れてから、帰り道用の黒い渦に入る。
すると次の瞬間には、俺は東京ダンジョンの外に出ていた。
どうやら階層の出入口毎に、外に出るための黒い渦が配置されているようだ。
俺はモンスタードロップを次元収納に入れたままだったので、東京ダンジョン内に戻り、次元収納の中に入れていたリュックにドロップ品と薬水を入れたペットボトルを詰めて、再びダンジョンの外へ。
近くの探索者用の役所へ行き、そして役所の買い取り受付で、俺はドロップ品を先に出してから、薬水の入ったペットボトルをカウンターに置いた。
「えっと、こちらの水は?」
困惑する職員に、俺はイキリ探索者を演じながら事情を話すことにした。
「いやあ、今日第二階層までいったんだけどよお。なんつーの。最初の分かれ道を直進してさ、その道の奥に、小部屋っていうのかなあ。そんな場所があってよお。その小部屋の中にな、手洗い場みたいなところがあって、この水が湧いていたってわけ。良い物っぽいから、買い取ってくれねえかなあ?」
自慢口調で語ると、職員の困惑顔が深まった。
「えっと、それはきっと、ダンジョンの湧き水と呼ばれているものじゃないかと」
「おっ!? なに、知ってんの?」
「はい。第二階層で発見されたという情報は初耳ですが、それ以降の階層には稀に湧いている場所があるんです。そして湧き水がある小部屋には、モンスターが入ってこないので、探索者さんたちが探索の最中に憩いの場として利用されています」
「へー。そんで、この水っていいものなのか? それと買い取ってくれんの?」
俺は、内心で新発見じゃないのかと残念がりながら、更なる情報を引き出そうとする。
しかし職員の困惑顔は、より深くなっていた。
「えっと、ダンジョンの湧き水は、単なる湧き水でして。買い取りはしていないのですが……」
職員の返答に、俺は唖然としてしまう。
次元収納の判定で、この水は『薬水』とでているからには、何らかの薬効がある水だ。
「はぁ? これ、単なる水だっての?」
「はい。そのように聞いています」
ここで、職員の発言に違和感を覚えた。
「聞いているって、どういうこと?」
「そのお。この水を持ち込まれた方は、貴方が初めてなので……」
「湧き水って前から発見されていたんだろ。調べなかったのか?」
「衛生的か、毒がないかは、現地で調べられて、問題ないと判断されましたが?」
「いや、だからさ、ここまで持ってきた人はいなかったのかって話だよ」
「まあ、水ですので。行き帰りの道中に飲み切ってしまうのでは?」
職員の返答を受けて、俺は思い出した。
ダンジョンを奥まで進むような探索者は、既存の攻略チャートに従い、身体強化や気配察知のスキルを最初に取得する。
つまり持てる荷物に限りがあるため、飲み水の量にも制限があるわけだ。
その制限の中で効率良くダンジョンを行き来しようとするのなら、あの湧き水を飲用水として活用するのは当然の選択だろう。
そうやって湧き水を行き来の道程で使い切ってしまうため、役所に提出することはなかったんだろうな。
あと考えられる理由としては、この湧き水は薬水ではあるが、なにかしらの効果を強く実感できるほどの薬効があるわけじゃないんだろうな。
仮に、薬水に人の気分や体調が少し良くなるぐらいの薬効があったとする。しかし薬水が湧く場所は、モンスターの入ってこない部屋だ。その安全な場所に入れた安心感は、入った人の気分を癒すことだろう。その気分の回復の中に、薬水の薬効が幾らか寄与していたとしても、勘違いとして済まされてしまうことはあり得てしまう。
そう考えると、薬水の情報が、俺が調べてもなかったことの理由がつく。
湧き水が普通の水だと思っているのなら、取り立てて別記されるものではない。それに俺は次元収納のスキルを手にすると決めていたので、食料や水を持ち込んで次元収納に入れておけばいいからと、ダンジョン内で水や食料を確保する手段という情報を軽視していた。
その両方の要因によって、ダンジョン内に湧き水があることを見逃し、発見した薬水が湧き水と同じだと情報を紐づけることができなかったんだろう。
俺は事情と理由に納得すると、提出していた薬水の入ったペットボトルを手に取り、一気飲みした。
「ごくごくごくごく。ぐはーーー! だ、ダンジョンに湧き水があったことなんて、知ってたからな! ただ、湧き水って売ってるから、売れると思っただけだからな!」
勘違いを誤魔化す演技をすると、職員から生暖かい目を向けられた。
そして、近くにいた探索者たちからも失笑された。
よし、これで俺は、ますます無能イキリ探索者だと思われたに違いない。
内心では予想通りと思いつつも、表面上は不愉快という様子を装って、職員にドロップ品の換金をお願いしたのだった。




