二百二十八話 浅層域のモンスター
十六階層で最初に出会った、モンスター二匹。
一匹は長い尻尾の大型犬の背中に翼が生えた姿をしていて、もう一匹は子供の形で立っている火だった。
「なんとも、けったいな」
翼犬は、よくよく観察してみると、顔が白で胴が黒のドーベルマンに、鷲の翼と猿の長い尾を移植したものだとわかった。
つまり、犬を主体にしたキメラなモンスター、差し詰めキメラ犬だ。
子供の形をした火も、何かの物体が火にまかれているわけではなく、本当に火が人の形として存在している。
ゲームのキャラで言うなら、火の精とか火の亡霊とかと表記されるタイプのモンスターだろうな。
俺は傀儡操術を用いて、配下のアタックゴーレムを火の亡霊に嗾ける。
そして俺自身は、キメラ犬へと魔槌を掲げて走り寄った。
アタックゴーレムと火の精が戦いを始め、俺もあと一歩でキメラ犬を攻撃圏内に捉えられる。
そのとき、キメラ犬が翼を大きくはためかせて空中へと跳び上がり、そして大口を開けた。
俺に真っ直ぐに向けられた大口を見て、俺は直感的に防御を選択した。
「魔力盾!」
俺が宣言した直後、俺とキメラ犬を隔てる位置に、魔力盾が出現した。
直後、キメラ犬の口から炎が吐き出された。
その炎は魔力盾に防がれたことで、俺の周囲に火が撒き散った。
炎に囲まれた俺の鼻は、揚げもの屋の前を通ったような、酸化した油の臭いを感じた。
どうやらキメラ犬が吐き出した火は、何らかの油を燃やしたもののようだ。
「油を燃やした炎だと質量があるから、飛んでから吐き出したわけか」
キメラ犬が地上にいたまま炎を吐き出すと、あまり遠くへ吐きかけることはできないんだろうな、きっと。
なんて推察をしていると、視界の端で見ていたアタックゴーレムと火の精の戦いに変化があったことを察知した。
火の精が、キメラ犬が吐き出した火を吸収し、子供な体躯から青少年ほどの体躯へと大きくなった。
「チッ。これ以上成長させないためにも、早くキメラ犬を倒すべきだな」
俺は、地上に降りてきたキメラ犬に近づき、魔槌を振るった。
しかしキメラ犬が予想以上の速さで横に跳び、俺の攻撃は外れてしまう。
今度こそと、もう一度攻撃するが、再び避けられてしまう。
どうして攻撃が当たらないのかについて、俺は二度避けられたことで、理由を把握できた。
「四本の足だけじゃなく、長い尾を五本目の足に使っているのか」
キメラ犬は、四本の足で地面を蹴りながら、長い尾でも地面を叩くことで更なる加速を得ながら跳躍する。
その尾っぽ一本分の加速を見誤っていたから、俺は攻撃を当てられなかったわけだ。
「仕組みが分かれば、修正すればいい」
俺は尾っぽの分を勘定に入れて、魔槌を振るう。
これで攻撃が当たると思いきや、キメラ犬は今度は尻尾を活用せずに四本の足のみの力で跳び退った。
その結果、俺は目測を再び誤ることになり、攻撃が外れてしまった。
三度攻撃を失敗したところで、キメラ犬に攻撃の番を渡してしまうことになった。
キメラ犬は再び上空へと跳び上がると、火を吐きかけてきた。
俺は魔力盾で防ごうと一瞬だけ思ったが、むしろ今こそがチャンスなんじゃないかと思い直した。
「うおおおおおおおお!」
上空から吐きかけられた火を、俺は全速力で前に走ることで回避。
そして空中にいるキメラ犬の真下まで走り寄り、そこから大ジャンプ。
空中のキメラ犬へ目掛けて、魔槌を振るった。
「うおおおおりゃあああ!」
空中にいては、キメラ犬は尻尾を利用した回避はできない。
魔槌が空中のキメラ犬の胴体に直撃し、キメラ犬は弾き飛ばされた形でダンジョンの床へと落ちた。
俺は着地して直ぐにキメラ犬の場所へと急行し、そして立ち上がろうとしているキメラ犬に止めを刺した。
首に魔槌の直撃を受けて、キメラ犬は薄黒い煙に変わって消えた。
一先ずキメラ犬のドロップ品はその場に残し、俺は火の精へと駆け寄る。
傀儡操術で操作しているアタックゴーレムに、火の精を捕まえさせる。
石の体を持つゴーレムなので、手が少し赤熱するぐらいで済む。
俺は次元収納から残り少ない魔石矢を出すと、水を付与してから火の精に突き刺した。
魔石の鏃から噴出する水が、じゅわじゅわと音を立てながら蒸発する。
そして蒸発する水の量に従って、火の精の身体が小さくなっていく。
やがて火の精のからだが、元の半分ほどにまで小さくなったところで、薄黒い煙に変わって消えた。
「見た目通り、水が弱点ってわけだ」
今回は準備がなかったから魔石矢を使ったけど、次元収納の中に水を入れておけば、その水をぶっ掛けることで同じ効果を得られるはずだ。
さて、十六階層のモンスターは何をドロップしたのか。
キメラ犬がいた場所には、三国志演義で孔明が持ってそうな鷲羽の扇が落ちていた。
火の精を捕まえていたアタックゴーレムの足元には、赤いビー玉のようなものが落ちている。
鷲羽の扇を次元収納に収めて効果を確認するが、普通の扇のようで、特殊な効果はない。
では赤いビー玉はどうだろうと入れてみると、こちらは特殊な効果があるものだった。
「火の魔力を閉じ込めた宝珠か。ゲーム的な考えからすると、投擲攻撃用アイテムか、武器の強化用の素材か、錬金術用の合成素材かだろうけど」
十六階層は、俺が踏み入るまで前人未到の領域だった。
つまり、この宝珠の使い方を知っている人は、世界で誰もいないということでもある。
投擲用の武器か否かはすぐに調べられるが、強化用か錬金術用の素材なのかは調べる術が乏しい。
俺が出来そうな方法は、強化用だと推察するのなら魔石と同じように武器で壊してみることだけだし、錬金術用と推察するのなら政府機関に研究用として渡すぐらいしかできない。
「魔槌で試すにはリスクが高いし、十六階層に入っているのは秘密だから、どちらの行動もとれないよな」
次に何かしらの武器が手に入ったら、その武器で宝珠を壊してみて、どうなるかを見よう。
政府や研究機関に渡すのは、他の人が十五階層を突破してからでも遅くはないはずだ。
俺はそう結論付けると、十六階層の探索を続けることにした。




