二百二十三話 エクスマキナ戦・後編
エクスマキナとの戦闘は、俺が予想した通りに長期戦になった。
エクスマキナは盾と魔力盾を巧みに使い分けてくる。
俺の普通の魔槌の打撃には盾を、魔石矢と魔槌の爆破攻撃には魔力盾を使用して、確実に防御を決めてくる。
防御が堅い一方で、エクスマキナは大剣による攻撃を極力控えた戦い方をしている。
無暗に攻撃すると隙が生まれるから、それを嫌ってのことだろう。
しかし、逆に俺が隙を晒した際は、エクスマキナは的確にその隙を突いてくる。
だが俺の方も魔力盾を用いて、大剣の攻撃を防いでいる。
こうしてお互いに決め手に欠ける状況で、戦いは推移していっている。
俺は一度距離を取り、治癒方術のリフレッシュで疲労を回復し、ついでにリジェネレイトを掛け直した。
「チッ。魔石矢を五本消費して、直撃させられたのは最初の雷付与の矢といまさっきの火付与の矢だけか」
それ以外の三本は、盾と魔力盾によってエクスマキナに防がれてしまっていた。
そして雷と火の矢の損傷具合を比較すると、鎧の内にまでダメージを与えられるのは雷で、鎧を大きく損傷させられるのは火といった感じだ。
火の矢の代わりは、爆発の特殊効果を発動させた魔槌で可能だ。
なら雷の矢を基本的に使うべきだろうな。
「それにしても。防御が堅すぎる」
一年ぐらいに渡って探索者たちを退け続けている、中ボスだけはある。
堅実かつ堅固な戦いぶりは、実直な戦法であるからこその、付け入る隙のなさがある。
さしずめ、敵を追い返すことに特化した門番モンスターって感じだ。
「相手が崩れることは期待できない。こちらが主導権を握って、調子を外させるしか勝ち筋がないよな」
俺が使える攻撃用の手札は、魔槌、基礎魔法、魔石矢。
その三枚の手札を、どう組み立てればエクスマキナに勝てるかをじっくり考えていく。
考えながら、改めてエクスマキナの様子を観察する。
金色の強い鎧の一部には、雷、そして火の矢を受けた損傷が目立っている。だが行動に支障はなさそうだ。
エクスマキナは、攻撃しない俺の行動をどう思っているのか、防御を固めたまま攻撃してこない。
距離が離れているんだから、盾の内にある魔力弾発射機構を使ってもいいはずだ。それでも攻撃しないってことは、俺が攻撃を誘っているんだと思っているのかもしれない。
その負けないことが肝要だと考えていそうな戦い方を見て、俺は次の手段を決めた。
「失敗したら、撤退して物資確保からやり直しだな」
俺は深呼吸すると、魔槌を空振りさせて爆発力をヘッドに宿らせ、そして左手を離すとその手に次元収納から出した魔石矢を二本取り出した。
俺は片手で魔槌を保持しながら、エクスマキナへと駆け出した。
エクスマキナは防御を堅固にしながら、俺の攻撃を防ごうと構えている。
攻撃可能圏内に到達し、俺は魔槌をエクスマキナに振るう。
エクスマキナは、魔槌が辿る軌道を遮るように、左腕の盾を配置し、その上で盾の上に魔力盾を重ねた。
魔槌と魔力盾が衝突し、爆発が起こった。
爆発力の大半は魔力盾で防がれてしまったが、ほんの少しだけは魔力盾を突き破って盾に当たる。
だがそんな微量の爆発では、盾の表面を焦がす程度が精一杯。
そして爆発力を失った魔槌の攻撃では、エクスマキナの盾を傷つけることはできない。
俺の攻撃は失敗した――わけじゃない。
あくまで魔槌の攻撃は、爆発による爆炎でエクスマキナの視覚を封じるための行動でしかない。
俺の本命は、左手にある二本の魔石矢だ。
もちろん、エクスマキナも馬鹿じゃないので、俺が手で魔石矢を突き刺そうとすれば、回避するなり剣で防ごうとするなりしただろう。
だが、俺の手から二本の矢が落ちたのなら、どうだろう。
攻撃じゃないからと、防衛行動を取らないんじゃないだろうか。
俺のそんな予想込みでの企ては、エクスマキナが落とした矢に反応を示さなかったことで、成功に至ることになる。
俺が落とした二本の矢は床に刺さると、一本が雷を発生させ、もう一本が水を大量に噴出し始める。
噴出した水がエクスマキナと俺を濡らし、雷がその水の軌跡を辿って通電を始める。
魔石矢が出す水が純水だったのなら雷は通電しなかっただろうが、そこも賭けに勝った形だな。
「それじゃあ、我慢比べだ」
俺とエクスマキナは、同時に感電した。
俺の衣服は革の全身ジャケット。通電性は低いし、電気の焼け焦げを肩代わりもしてくれる。でも、完全に感電しないってわけじゃない。
「ぐびッ!?」
感電して全身が硬直した俺の口から、思わず変な声が出てしまう。
しかし革のジャケットのお陰で、感電の痛みは低周波マッサージ器の最強強度なぐらいなので、頑張れば耐えられなくはないし、気絶するほどの威力でもなくなっている。
プスプスと濡れたジャケットから焦げた臭いがしてくるが、俺の身体がリジェネレイトの効果で治っている感じはないので肉体的な損傷はないはずだ。
一方、俺と同じく感電しているエクスマキナは、兜の内から灯っていた目の光が消えて動かない。
俺が最初に雷の矢を突き刺した際と同じように、感電によるダメージを軽減するためのスリープモードに入ったんだろう。
「う、う、うごか、ない、なななら、こ、攻撃が、ああ、あてられる」
俺は感電している口を動かして目的意識を固めると、次元収納から新たな魔石矢を出して手に握った。
その矢に雷を鏃に纏わせ、俺は動かし難い身体を必死に動かして、手の魔石矢をエクスマキナの首元に突き刺した。
エクスマキナは停止したまま動かない。
だがここで、床から吹き上がっていた水と雷は、それを発していた魔石矢が効果切れとなったことで、止んだ。
「ふいぃ~。あー、痺れた。それじゃあ、追加でもう一本刺しておくか」
俺は新たに魔石矢を出すと、今度は水を鏃に付与してから、エクスマキナに刺さっている矢の横に突き刺した。
するとエクスマキナの鎧の隙間という隙間から水が噴き出し始め、その水が感電している証であるイオン臭がし始めた。
「ここまで水浸しで感電させても壊れない――薄黒い煙に変わって消えないってことは、本当に頑丈にできているんだろうな」
凄い耐久度だと感心しつつ、俺は手早く魔槌を空振りさせていく。
そして二つのジェットバーナーが点き、ヘッドに爆発力が籠ったことが分かっても、さらに空振りを重ねていく。
空振りする度にジェットバーナーの火が強力になり、俺が魔槌を操るのが難しくなっていく。
俺が操れる限界ギリギリまでジェットバーナーの火力を上げ、その魔槌を俺はジェットバーナーの勢い任せにエクスマキナの胸元へと叩きつけた。
直後、エクスマキナを飲み込むほどの大爆発が起きた。
俺の被っている頭骨兜が半ば自動的に爆発の光と音を軽減してくれなかったら、俺の目と耳も大打撃間違いなしの凄い爆発だ。
その大ききな爆発が止み、俺の視界が元に戻ったところ、エクスマキナは胸から上が消失した状態で立っていた。
もしや、これだけの損傷を受けても致命傷を免れているのか?
そう警戒したが、エクスマキナは消失した場所からゆっくりと薄黒い煙に変わっていき、やがて身体全てか煙に変わって消えた。
「……勝ったんだよな?」
俺が本当に勝てたのかと疑問を持ちながら声を出した直後、俺の脳内にアナウンスが流れた。
『新しい基礎魔法を覚えた』『新しい空間魔法を覚えた』
随分と久しぶりな、スキルレベルアップのアナウンスだ。
「基礎魔法は魔力鎧、空間魔法は空間偽装を覚えたみたいだ」
魔力鎧は、その名前の通りに、魔力の鎧を体に纏うもの。
空間偽装は、名前の割に効果はショボく、俺と俺がいる場所を敵から隠す――光学迷彩的な感じだ。
「スキルがレベルアップしたのは良い事ではあるけど、まずはドロップ品の確認をしないとだ」
今の今まで探索者を跳ね除け続けたモンスターの、初ドロップ品。
これはとても期待できるんじゃなかろうか。
今までの中ボスを初回に倒したときと同じように、エクスマキナが消失した地点に、ドロップ品と宝箱が一つずつ出現していた。




