二十二話 不思議な小部屋
通路を奥へ奥へと進んでいきながら、どうしてこの通路に探索者が少ない――不人気そうなのかを、俺は理解した。
「モンスターが出てくる頻度が高いな」
少し歩くだけで、すぐに次のモンスターとの戦いになる。
むしろモンスターと戦っている間に、通路の先からモンスターが寄ってきて、休む間もなく連戦することがザラにある。
これだけの高頻度でモンスターがやってくると、流石にウンザリした気持ちになる。
「ここが二階層の浅い場所だから、ドロップ品もしょっぱいから、戦い続きでも実入りが低いんだろうな」
通常ドロップは、ラージマウスの毛革、ゾンビのランダム服飾品。そしてウィッププラントという細木に蔓が巻き付いた見た目の定置型植物モンスターは、一掴みほどに纏められた植物繊維の束を落とす。
ラージマウスの毛革は、手触りがいいが、所詮はネズミの毛革だ。需要は低い。
ゾンビの服飾品は、ランダム性が高いが、ほぼほぼ無価値な品が落ちることが多い傾向がある。
ウィッププラントの植物繊維なんて、紙作りか植物糸にするかしか使い道がないだろう。
つまりは、大して稼げないモンスターでしかない。
こんなモンスターが高頻度で出てくるような場所、金稼ぎを目的とする探索者なら居たくない場所だろう。
そんな場所にも関わらず、どうして俺が直進を止めないのかというと、ゲーム的な考えからだ。
「高頻度でモンスターを登場させるような、ユーザーを先に進ませまいとするような場所には、お宝があったりするしね」
だからとりあえず、通路の先まで行ってみることに決めたわけだ。
近寄ってくるモンスターを、メイスでバッタバッタと倒し、モンスタードロップを次元収納で回収する。
モンスターを倒すのに忙しいので、試しに遠隔で収納できないか試してみたところ、自分の身体から一歩分の距離までなら地面に落ちているものを回収できることが判明。
レベルアップした恩恵かなと考察しつつ、これ幸いとドロップ品を手軽に回収していく。
そんなこんなでモンスターを倒し続ているので、各種モンスターのレアドロップも入手する機会が来る。
ゾンビにはレアドロップはないが、ラージマウスからはラージマウスの枝肉が、ウィッププラントからは甘いシロップが入手できた。
そして、いま倒したばかりのウィッププラントからは、赤黒い石が落ちた。
「レアドロップの他に、魔石も落ちるんだった」
今回得た魔石は、一階層の最も浅い層の奥にある隠し部屋で得られる魔石の半分ほどの大きさ。
単純計算だと二十五万円の市場価値がありそうだ。
しかし俺は、メイスのヘッドでその魔石を砕き、魔石から出てきた光をメイスに吸収させる。
モンスタードロップ品でそれなりに稼げているんだから、手に入れた魔石の使い道は武器の強化一択だ。
「さて疲れが溜まってきたから、治癒方術リフレッシュ」
治癒方術で疲労を回復させて、さらにモンスターを倒しながら道を進んでいく。
モンスターを倒し、疲れたらリフレッシュをかけて回復し、さらに先へと進んでいくと、小部屋状の場所に到達した。
部屋の中に足を踏み入れる前に中を確認したが、モンスターはいない。
俺は小部屋の中に入ると、四隅の一つに腰を下ろした。
「ふー。リフレッシュで肉体の疲労は治るけど、気疲れまでは治らないみたいだ」
モンスターとの連戦で摩耗した精神を休ませるためには、ちゃんとした休憩が必要のようだ。
俺は次元収納から、スーパーで買ったコーラとアンパンを取り出し、軽食にする。
度重なるモンスターとの戦闘で、だいぶカロリーを消費していたようで、胃から血管内に入った糖分が全身を巡るような心地を感じる。
そうして人心地ついたところで、今更ながらに小部屋の中を詳細に確認することにした。
出入口は、俺が入ってきた場所一つだけ。
部屋の形は正方形で、広さは十畳間ぐらい。
天井にはダンジョン特有の灯りが3つか浮いていて、部屋の中は昼間の外ように明るい。
そして入ってきた最初は気付かなかったが、出入り口の対面の壁面に、洗面台のような出っ張りがあった。
その出っ張りに近寄ってみると、排水溝を塞いだ洗面台のように水が湛えられていた。
「丸みのある形の出っ張りに、綺麗な水が入っている。たしか、水盆っていうんだったっけか?」
うろ覚えの知識だけど、たぶん水盆で合っていたはずだ。
しかし、どうして水盆があるんだろうか。
ダンジョンにこんなものがあるなんて、オリジナルチャートを作る際に調べた情報の中にはなかったけど。
「問題は、この水を飲むべきか、飲まずに無視するべきかだ」
水盆の中の水は綺麗で、変な臭いもしないので、たぶん飲めるだろう。
毒という可能性もなくはないが――
「ちょっと試しに、次元収納の中に入れてみようか」
俺は水盆に近づくと、その中にある水を、次元収納で吸い込んだ。
これは最近気づいたことだが、次元収納に入っているもの分別ができる機能がある。
小説に出てくる鑑定スキルのような物の詳細が分かるものじゃない。
しかし、水とコーラの違いや、ペットボトルの中が飲みかけか飲みかけじゃないか、ラベルを剥がしているかいないかぐらいは、判別が可能だ。
まあ、そのぐらいの違いが分からないと、次元収納の中に入っている目的のものが取り出せないしな。
だから水盆の水が、本当に水なのか毒なのかぐらいの判別は可能であるはずだ。
「それで結果は――水盆の薬水?」
どうやら普通の水ではなく、なにかしらの薬効があるらしい。
流石に薬効の詳細は分からないが、毒ではないらしい。
そういうことならと、俺は水を掬って飲んでみて、その薬効を確かめることにした。
「んー? 特に変化はないような?」
腕を曲げ伸ばししてみたり、軽く跳んでみたりしたが、身体が強化された感じはない。
戦闘続きで肉体が筋肉痛気味だが、それが癒えた感じもない。
「あと残る可能性は、疲労の回復か、毒や病気を癒すかだな」
しかし疲労は、治癒方術のリフレッシュで消してしまったので、現時点で確かめようがない。
毒や病気についても、俺は至って健康体なので、調べようがない。
「うーん。とりあえず、空のペットボトルの中に入れて、役所に提出してみようか。単なる水だったとしても、勘違いイキリ探索者がやった間抜けな行動って笑い話で済むだろうし」
飲用水が入っていたペットボトルのラベルを剥がし、その中に水盆の薬水とやらを詰めた。
水盆の水嵩はペットボトル分減ったが、徐々にだけど水位が回復していっている。一分ほど待てば元の水位に戻るか、という感じだ。
「汲んでも尽きないのなら、給水所として使えそうだな」
俺はペットボトルを次元収納の中に入れると、この小部屋でもう少し休んでから来た道を引き返し、そして役所で薬水を提出することにした。