二百十八話 暇な道中
隠し部屋を探し、十四層中層域のトロルの革を岩珍工房に送った、その翌日。
俺は十一階層から十四階層へと移動しながら、考えていた。
昨日の中層域の様子――最前線組の探索者が通路をうろついている光景を見て分かった。
十四階層の深層域でも、俺がモンスターと戦う機会が少ないであろうことが。
「十五階層を突破するために実力をつけているんだから、よりモンスターが強い深層域の方が、より多くの探索者が集まっているはずだしな」
なんて予想をしながら、十四階層への深層域へと入った。
すると早速、探索者パーティーがモンスターと戦っている場面に出くわした。
そのモンスターは、二本の牙と長い鼻を持つ、体高三メートルほどの象だった。
象は牙と鼻を振り回し、探索者が倒れたら踏み付けを狙う戦い方をいている。そして探索者たちが距離を取ると、その長い鼻の先から水を噴射して攻撃していた。
「水を鼻で吸ってないのに、鼻から水を連射できている。ってことは、魔法的な水の噴射なんだろうな」
古代では戦場で戦象としての記録で、現代では観光地で暴走する映像で、象の攻撃力の高さは周知されている。
ダンジョンの狭い通路の中で暴れる象は、中ボス前の雑魚モンスターという位置づけにはピッタリな、狂暴な獣って感じがある。
しかしダンジョン象の防御力は、地球の象と大差ないのか、普通に刀で斬りつけたら血がでている。
牙と鼻の攻撃を潜り抜けて、探索者がスキルを込めた一撃を放つと、さらに深い傷が作られた。
探索者たちの攻撃は続き、前脚の片方を斬り飛ばされたところで、ダンジョン象は床に横倒しになった。
最後のあがきとばかりに、顔を振って牙と鼻を振り回したり、残る三つの足をバタつかせる。
しかし勇気ある探索者の一人が突撃して、ダンジョン象の胸元に深々と刀を突き込むと、ダンジョン象は身動きを止めた後で薄黒い煙に変わって消えた。
ドロップ品は灰色の象の革のようだ。なんとなく、レアドロップ品は象牙なんじゃないかなと思いつつ、俺は探索者たちの横を抜けて先へと進む。
ダンジョン象と出会った後も、角と肩回りが金属化したサイと空中ジャンプをしてくるヒヒという、モンスターと出会った。
しかしどちらも、探索者パーティーが倒してしまったので、俺が戦うことは出来なかった。
ちなみに、金属化サイは角を赤熱化させて突進していたので、ヒヒの空中ジャンプと合わせて、どちらも魔法的な効果を持つモンスターだ。
この深層域の三種のモンスターと戦うことになったら、どう戦うのか。
俺はそれを考えながら、階段がある方へ続く順路を進んでいく。
覚悟していたことだけど、本当に探索者パーティーにモンスターを取られてしまうため、戦う機会が一回もない。
一回ずつくらいは戦っておきたいって気持ちはあるけど、別に戦わなくたって良いんじゃないかっていう気もある。
十五階層を突破する実力が自分にあるか、十四階層深層域のモンスターと戦って確かめてみたい。
しかし、こうも探索者の目がある場所だと、周囲に隠している治癒方術と基礎魔法と空間魔法のスキルは使えないので、自分の真の実力が出せるはずもない。なら戦う意味が薄いんじゃないか。
そんな葛藤を抱えたまま歩いていると、十五階層へと進む階段にまで到着してしまった。
今までなら、通路の奥へ進んで宝箱や隠し部屋を探したところだけど、十四階層の深層域の宝箱と隠し部屋は調べられてしまっているので、行く必要がない。
あえて行くにしても、モンスターと戦うことすら一苦労だろうから、行く意義が薄くなる。
やっぱり、深層域で活動するのは止めるべきだろうな
「なら、どんなモンスターが中ボスなのか、見に行くか」
俺は階段に足をかけて上る。
中層域、深層域と、探索者の姿が多くあった。
しかし階段には、全くと言って良いほど人がいなかった。
階段を上っていき、やがて十五階層へと通じる黒い渦が見えてきたところで、ようやく一組の探索者パーティーがいるのが見えた。
彼らは、階段の上に色々な物資を置いて、戦い方の最終確認をしているようだった。
ぱっと見で、予備の刀が十本ほど、置き盾が三つ、モンスタードロップ品と思わしき骨の柄の槍が三十本ほど、ポーション瓶も二十本ほどあった。
その探索者パーティーは、階段を上がってきた俺の姿を確認すると、物資を手早く回収してから黒い渦の向こうへと進んでいった。
「俺に戦い方を盗まれるとでも思ったのかもな」
探索者パーティーが入ったことで、黒い渦が消えてしまったので、俺は再出現するまで待機することにした。
そのまましばらく待っているけれど、俺の後ろに新たな探索者パーティーがやって来ない。
たぶん、探索者たちは十五階層の中ボスを倒す算段がつけられていないんだろう。それで中ボスに挑もうとする人自体が少ないんだろうな。
そう考えると、俺の前にいた探索者パーティーたちは、もしかしたら最前線のトップのパーティーだったのかもしれないな。
なんて考察を繰り広げていると、黒い渦が再出現した。
どうやら、さっきの探索者パーティーは十五階層から居なくなったようだ。
十五階層を突破したのか、それとも撤退したのか、はたまた全滅してしまったのか。
気になるところだけど、今の俺に調べる術はない。
「今回は様子見だから、無理しないようにしよう」
俺はそう心に決めて、黒い渦の中へと入った。




