二百十二話 ギミック/買い取り交渉
連日に渡り、第十四階層の浅層域を歩き回って宝箱や隠し部屋を探している。
もう六匹一組でくるモンスターとも戦い慣れたので、さくさくと道行きを進めることができている。
空間魔法スキルの空間把握を使えば、道の先にいるモンスターを先んじて知ることが出来るとわかり、こっちから強襲をかけて相手の数を先に減らすように心掛けて、一方的に勝利することができるようになった。
その強襲で気付いたのだけど、アタックゴーレムに不意打ちを食らわせると、一撃で倒せることがある。
どうやらアタックゴーレムは、身体強化スキルみたいな能力を使っていない間に攻撃すると、簡単に倒せるというギミックがあったようだ。
黒狼も、基礎魔法を打ち込めば潜った影から出てくる。
ならゴブリンキメラにも、なにかギミックがあるのかもしれない。
そう考えて色々と試してみた結果、治癒方術のハイヒールをかけると、移植された腕とオークの顔が外れ落ちて、膂力が強いゴブリンになることがわかった。
その状態のゴブリンを倒しても、ドロップ品はゴブリンキメラと同じなので、弱体化に成功してとはいえる。
「使えない情報でしかないけどな」
俺はハイヒールが使えるからできるが、普通の探索者が同じことをやろうとするのなら、欠損回復ポーションを使う必要がある。
虎の子の回復薬を使ってゴブリンキメラを弱体化させるなんて、コストとメリットが釣り合ってない。
これは他の人には使えないギミックな。
それにしても――
「――こんなギミックありのモンスターばっかりな場ヨ、他の階層にあったかな?」
いままでのダンジョンを思い返してみるが、なかったように思う。
なら、このギミックのあるモンスターばかりなのは、何らかの意図があるような気がする。
これがゲームなら、これから先ではギミックのあるモンスターが出ますよ、と教えるためだけど。
「十四階層の先ってことは、十五階層の中ボスだよな」
もしギミックがある中ボスなら、そのギミックを解かない限り倒せないようになっているんじゃないだろうか。
そう考えると、ここ一年ぐらいも探索たちが突破できていないことに説明がつく。
だれもギミックに気付いていないのなら、突破できないってことだからな。
「どんな相手なのかが、ちょっと楽しみになってきたな」
俺はゲームで、敵を簡単に倒す方法とかを探すのが好きなタイプだ。
もし本当に十五階層の中ボスに倒すためのギミックがあるのなら、それを探して、そして倒してみたい。
「どの道、十五階層の先へ行かないと、不老長寿の秘薬は手に入らないだろうし」
俺は道の先にモンスターたちを見つけ、思考を切り上げて、戦闘へと移行した。
浅層域を巡っていた、とある日。
隠し部屋とその部屋の中にあった宝箱を見つけた。
残念ながら、宝箱の中身は良く効く方の傷治しポーションが十本入っていただけ。
渋い内容だが、隠し部屋と宝箱が見つかっただけ良しとした。
この日は他に収穫らしいものがなかったので、ダンジョンの外へと引き上げることにした。
探索者たちが屯する出入口に着く直前の場所で、俺は次元収納からリアカーを出し、その荷台にドロップ品を積み込んだ。
モンスター六匹一組の場所で主に戦っているので、黒狼の革やアタックゴーレムの硬い宝石とゴブリンキメラ缶詰と大きさのないドロップ品だけど、一日で荷台半分ぐらいは埋まるぐらい集まる。ここにレアドロップ品が一つか二つ入るが、あまり量は変わらない。
ちなみに黒狼の革は、一日で取れたものの半分を役所に、もう半分は岩珍工房に送ることにした。
黒狼の革が一つも売らないとなると、役所から調査が入るかもしれないから、その用心のためだ。
革が少ない分には黒狼と出会った数が少なかったって誤魔化せるだろうし、黒狼のレアドロップ品の黒い短刀は役所に売り払っているので、革の少なさに言及はしてこないと予想しているし、現に今までは言ってきていない。
今日もこの後、役所に売りに行くかなと考えながら歩き、十四階層の出入口へ。
屯する探索者の間を抜けて白い渦へ入ろうとして、その直前で道を塞がれた。
立ち塞がってきたのは、何度も十五階層に阻まれている人達と思わしき、傷だらけの鎧の一部が新品に置き換わっている一団だった。
俺は持ち手を下ろしてリアカーの前部を着地させると、イキリ探索者の演技に入る。
「んだあ、テメエら。なに俺の帰り道、塞いでくれちゃってんの?」
荷物を奪おうという気なら暴力も辞さないという態度でいると、立ち塞がる人達は急に両手を上げて無抵抗をアピールし始めた。
立ち塞がっておいて無抵抗とは、これいかに。
俺が疑問に思っていると、向こうが勝手に話を始めた。
「あんた。浅層域を回っているんだろ。それにその量のドロップ品ってことは、かなり奥まで行っているんだろう」
十四階層に集まっている探索者たちは、基本的に十五階層を突破しよと頑張っている人達で、基本的に中層域や深層域で実力上げに勤しんでいると聞いた。
つまり通路の奥に行けば行くほどモンスターが一度に数多く出会えることを知っているわけだ。
だから、彼らが俺のリアカーの荷台にあるドロップ品の量を見れば、どのあたりまで入り込んでいるかの予想がつくのは当たり前なわけだ。
活動範囲について惚ける意味が薄いと分かったので、俺は不機嫌という演技をしながら問い返す。
「それがどうしたよ。テメエらには関係のない話だろうが。俺とテメエらは仲間でも何でもねえんだからな」
俺が強気な態度を崩さないでいると、白い渦前に立つ彼らの一人が「商談だ」と言ってきた。
「商談? なにか荷台にあるものを買いたいってのか?」
お前らの実力なら浅層域のドロップ品なんて集められるだろう、と言いたげな口調で俺は問いかけた。
すると、そうじゃないと首を横に振ってきた。
「宝箱の一つぐらい見つけているだろう。なら、魔法的な効果が付いた武器か、もしくは傷治しポーションがあるなら、売ってくれないか」
その申し出を聞いて、俺はピンときた。
傷治しポーションについては、十五階層の中ボスが強敵だから、傷が絶えないだろうって事情が分かる。
では『魔法的な効果』のある武器を欲する意味とは。
それは、俺が以前に予想していた通りに、十五階層の中ボスが物理的な攻撃に耐性を持っているからだろう。
そして、その物理耐性を突破するには、火とか水とかを纏う武器みたいなのが必要なんだと、彼らは考えているんだろう。
この俺の予想が正しいか否かは、一つのドロップ品を使えばわかる。
「魔法的な効果ねえ。じゃあ、この短刀は知っているか?」
俺が荷台から取り出したのは、黒狼のレアドロップ品の黒色の短刀。
この短刀のことを初めて見るのか、対面している探索者たちの顔が期待に満ちている。
俺は短刀を鞘から抜き、効果を発動させた。
「見ての通り、この黒狼のレアドロップ品の短刀は、意識を込めると刀身が更に真っ黒になるんだ。こんな魔法的な効果の武器が欲しいってんなら売っても良いが?」
これで同意するようなら、俺の中ボスに対する予想は外れ。
しかし拒否するようなら、予想は当たっていることになる。
どっちだと反応を待っていると、彼らは拒否を選んだ。
「確かに説明した通り、魔法的な効果だけど。俺たちが求めているのは、攻撃力が上がる方向での魔法的なやつだ」
「残念だが、そういう物は持ってないな。前に宝箱から回収したような覚えもなくはないが、すでにオークションに出品しちまったよ」
俺は『残念だったな』と言いたげなヘラヘラ笑いを作り、短刀を鞘に仕舞ってリアカーの荷台に戻した。
その後で、次元収納から二本のポーションを取り出した。
一つは良く効く方の傷治しポーションで、もう一つは普通の傷治しポーションだ。
「んで、ポーションが欲しいんだっけか。そっちなら持ってるぜ。この階層で手に入れた瓶が少し豪華な方は、この階層でモンスターから取れる魔石三つ。かなり前から手にはいる普通のポーションなら、魔石一つで売ってやるよ」
市場価格を考えると、俺はかなりの暴利を吹っ掛けている。
しかし彼らは、ごく当たり前のように魔石が入った袋を差し出してきた。
「これで買えるだけ買わせてくれ。優先は豪華な瓶の方だ」
袋を受け取って開いてみると、二十個ほどの大粒の魔石が詰まっていた。
どの魔石も、この階層で手に入る魔石だと納得できる大きさをしていた。
こんな数良く集めたなと思ったが、十五階層を突破できなかった一年間、十四階層にずっと籠っているのなら、これぐらいの量集まっても不思議じゃないか。
俺は納得すると、公平な取引とイキリ探索者の演技を両立させるため、袋から一つずつ魔石を次元収納に入れてみせる。そして魔石が三つ入ったところで、今度は効果の高い方の傷治しポーションを勿体つけながら渡してやる。
この演出を続けて、俺は良い傷治しポーションを六個に普通の傷治しポーション一個を渡し、魔石十九個を手に入れた。
「ほらよ。これで交換は終わりだ。そこを退けよ」
俺が告げると、立ち塞がっていた探索者たちは横に退いた。
良しこれで帰れると思ったところで、後ろから「待ってくれ」の声。
きっとポーションを売ってくれとか言い出すんだろうなと思い、先んじて口を開くことにした。
「うるせえ! こっちは早く家に帰りてえんだ! 相手にしてられっかよ!」
臍を曲げたという演技をしながら、俺は足音荒く白い渦の中へと入った。
東京ダンジョンの外に出て、魔槌の進化のために魔石が欲しいから取り引きしたけど判断を早まったかなと、他にもポーションを欲しそうにしている人達がいたことを受けて、反省した。




