二百十一話 浅層域のレアドロップ品
新たな防具は、初めて扱う革であり他の職人の作業を待つ必要もあるからと、制作期間は二ヶ月の予定になった。
その二ヶ月間を休暇で過ごす気はないので、俺は何時もの装備で東京ダンジョンに行くことにした。
第十四階層へと入り、出入口付近で屯している探索者たちの間を抜けて、浅層域の通路を奥へと進んでいく。
今日からしばらくの目的は、この浅層域の未探索通路を解明し、宝箱や隠し部屋を見つけることだ。
それが終わったら中層域と深層域でも同じことをしたいのだけれど――
「――あっちは十五階層を突破できない人達が集まっているらしいからなあ」
スマホで確認できるダンジョンアプリ内の地図でも、十四階層の中層域と深層域の通路は全域に渡って解明されてしまっている。
隠し部屋がありそうな感じがあるのに、地図上ではそう書かれていないの場所もあるにはある。
そこを目指して進むのもいいけど、トラブルの種になると直感してもいる。
「多分だけど、こうまで地図が判明しているってことは、探索者連中は宝箱を探し回ったってことだろうしな」
どうして宝箱の中身を、十五階層が突破できてない期間を考えると、およそ一年の間漁り続けているのか。
それは十五階層の中ボスを突破する鍵が、宝箱から出てくると考えているからだろう。
「ってことは、普通の探索者の戦い方じゃ倒せない敵ってことだよな」
普通の探索者の基本の装備とスキルは、日本刀と身体強化スキルだ。
つまり力押しによる物理攻撃、ないしは斬撃系統の攻撃に強い耐性を持つボスってことだ。
「でも、その中ボスの情報は、異常なほど出回ってないんだよなぁ」
どんな戦い方をしてくるどころか、どんな容姿のモンスターなのかさえ、情報が秘匿されている。
政府方針に照らせば、情報を出回らせない理由がない。
つまり情報が出てこないのは、十五階層に挑んだ人達が情報を渡していないからだ。
攻略できていない年月を考えると、一組や二組ではない数の探索者たちが、情報を秘匿していることになる。
どんな理由で、情報を公開しないのか。
「真っ当な考えだと、変に先入観を持たせると攻略が難しくなる相手。馬鹿な考えだと、自分たちが攻略失敗しているんだから他の連中も失敗させようという情報工作だな」
馬鹿な考えな方が合っていたらどうしようかと思いつつ、俺は浅層域の通路を歩き続けた。
浅層域のモンスターたちは、他の階層でもそうだったように、複数匹で組むと厄介さが上がる。
特に黒狼は、移動する際は影の中に隠れていて姿が見えないし、潜んでいる影についても他のモンスターの姿が邪魔で見失いやすいしので、不意に攻撃を食らってしまいそうになる。
でも俺には、基礎魔法がある。そして黒狼の潜んでいる影に魔力弾を当てると、中から飛び出てくることも分かっている。
つまり黒狼を影に潜らせないよう立ち回れば、それほど脅威な相手ではないということだ。
アタックゴーレムについても、他のモンスターとの連係を考えて、時に攻めて時に下がりと立ち位置を巧妙に変えてくる。
長く攻撃させれば魔力切れになるとわかっているけど、他のモンスターに攻撃を代わってもらって休憩するなんて真似までしてくる。
そんな攻撃の要と司令塔を両立している感じなので、他のモンスターを素早く倒してから、一対一に引きずり込むのがセオリーになっている。
ゴブリンキメラは、あまり知性がないのか、身体能力頼りに暴れるだけなので、厄介さは一匹のときとさほど変わらない。
そうした戦い方が経験から判明したところで、運良くゴブリンキメラからレアドロップ品が出た。
「久々に、ドロップ品の本だな」
拾い上げて中を確認すると、相変わらず読めない文字が並び、そして挿絵があった。
挿絵の部分だけ見ながら本をめくっていき、なんとなくこの本がキメラの作り方に関するものだということを理解した。
「挿絵にでてくる動物やモンスターを見るに、基礎中の基礎な教科書って感じだ」
地球にもいる動物や、ゴブリンやコボルドなどのファンタジー作品では低級モンスターとされる存在が、教材として紹介されているっぽいから、基礎の本なんだろうと判断した。
これも暗号解読好きや稀覯本コレクターに人気が出そうだなと思いつつ、次元収納の中へ。
次元収納の判定では、本はキメラの書で、内容はキメラの制作法となっていた。
キメラの書を手に入れた後しばらくは、レアと出くわすこともなく通路を進んでいき、六匹一組でモンスターが現れる区域にまでやってきた。
そして第十四階層浅層域のモンスター六匹一組と戦い終えたところで、アタックゴーレムからレアドロップ品が出た。
「これはまた、大型の魔産エンジンだな」
俺が自宅にあるものを軽自動車のエンジンだとするなら、アタックゴーレムから出たものはスポーツカーのエンジンといった具合の大きさの違いがある。
このエンジンはより多くの魔力を出しそうだなと思う一方で、洗練さでいうのなら自宅の魔産エンジンの方が上のようにも感じる。
「なんというか、試作実験機の検品落ちパーツで組まれたっぽいというか、正規品のパーツが入手できなくて代用品に差し替えたような、微妙なチグハグさがあるんだよな」
なにがどう変なのかまでは、機械的な知識がないので分からない。
アニメやプラモデルなどを見て培った、俺の審美眼による直感的な判断でしかない。
でも、この大型魔産エンジンが不調を抱えているのなら、アタックゴーレムが戦闘稼働を長く続けるとパワーダウンする理由に説明がつく。
「代用品が使われている大型魔産エンジン。つまり正規品だけで汲まれたものもあるってことだよな?」
パワーダウンが期待できないアタックゴーレムという存在が、この後の階層に出てくるのだろうか。
楽しみなような怖いような、そんな気持ちになる。
俺は大型魔産エンジンを次元収納に入れて、俺の予想が合っているかの確認をしてみることにした。
しかし、大きな魔産エンジンという名前と、魔力を生み出すっていう普通の魔産エンジンと同じことしか分からなかった。
役割自体は魔産エンジンと同じだものなと納得して、俺は更に通路を置くに向かって進んでいった。
その後、何組かと戦った後で、黒狼からレアドロップ品が出た。
それは鍔のない真っ黒な柄と鞘の短刀で、引き抜いてみると刃の部分まで真っ黒だった。
期待を込めて意識を短刀に注いでみたところ、刃の黒味が光を一切照り返さないほどに黒くなっただけだった。
期待外れな効果に、短刀を次元収納の判別機能にかけてみた。
短刀は暗殺刀らしく、効果は闇夜で振るうと相手は刃が見えないってもの。
天井から常に光が降ってくるダンジョンでは、使い道のない特殊能力だ。
そんな部分にも残念に感じつつ、俺はダンジョンの探索を続けていった。




