二十一話 新たな階層
探索者たちの流れに従って、トツゲキバッタたちが出てくる層の奥へと進む。
すると、上への階段が現れた。
上っていく探索者たちに合わせて、俺も階段に足をかける。
階段の先には、ダンジョンの出入口と同じ黒い渦があり、階段はその渦の中へと続いている。
階段を上り、渦の中に入った直後、俺の足は通路の石畳を踏んでいた。
階段から急に通路の光景になって混乱したが、足は自然と探索者たちが作る流れに従って進んだため、後ろの黒い渦からでてくる探索者に追突されることはなかった。
その後ろの状況を見たときに気付いたが、俺が出てきたのとは別に、黒い渦がもう一つあった。
この二階層と言える場所にいる探索者たちが、次々に入っていく姿を見るに、あちらの渦は帰り道用なんだろうな。
そんなことを確認しながら、流れに従って歩いていると、通路の分かれ道に差し掛かった。
分かれ道は三方向。直進、右、左だ。
一階層とは違い、この分かれ道で、探索者たちが方々に分かれるため、探索者が作っていた流れが消えた。
分散していく姿から察するに、どうやらここからが、探索者にとっての本番の階層ということだろう。
「よしっ、俺も行くとするか」
三方向のどちらに行こうかと考えて、なんとなく進む人が少ない方へに行くことに決定する。
となると、直進だな。
正面の通路を進んでいき、とりあえず二階層の浅い場所で戦ってみることに決めて、ここでも延々と直進して行くことに決める。
ダンジョンでは現れるモンスターの種類の違いによって、階層の手前か奥かが分かる造りだ。明確にモンスターの種類が切り替わるまでは、直進していっても浅い場所であると分かることが出来る。
何度かの分かれ道を無視して直進し続けると、すっかり通路には俺一人だけになった。
俺は次元収納からメイスを取り出し、モンスターに備える。
そうして戦う準備が出来たからか、通路の先に一匹のモンスターがいることを見つける。
「あれは、ミドルマウス――より一回り大きな、ラージマウスか」
灰色の毛並みの、大型犬ほどの体格があるネズミのモンスター。
一階層の最も浅い層で、下位種のミドルマウスを散々に倒してきたが、あの体格からするとミドルマウスとの戦い方が通じるようには見えない。
俺が慎重にメイスを構えていると、ラージマウスの瞳が俺を捉える。
一秒ほど見つめ合うと、ラージマウスがこちらに突っ込んできた。
「予想した以上に速い!?」
ネズミにしては巨躯だから足が遅いだろうと考えていたが、小学生の全力疾走ぐらいの速度がある。
「この!」
俺はラージマウスの足を止める意図で、メイスを振るって牽制する。
しかしラージマウスは、俺の攻撃を身を捻って躱すと、俺の脛に噛みついてきた。
「ぐっ――このヤロウ!」
俺はゴルフスイングの要領で、足を噛んでいるラージマウスの胴体をメイスで殴りつける。
よほど良い場所に入ったのか、それとも魔具であるメイスの攻撃力が高いのか、ラージマウスはこの一度の攻撃で倒れて薄黒い煙に変わった。
「思いっきり噛まれてしまった」
俺はすぐに噛まれた場所を確認するため、ツナギの裾を捲り上げる。
しかし、俺の肌は少し赤くなっている程度で、大して怪我はなかった。
不思議に思ってツナギの裾を戻して、表面を確認する。
ツナギの表面に貼ったイボガエルの革に噛み傷があるが、その革によってラージマウスの歯が止まり、俺の肌まで届いていなかったようだ。
「やっぱり防具は大切だな」
見た目がダサくとも、このツナギの防具を作ってよかったと、胸を撫で下ろす。
そして倒したラージマウスのドロップ品である、掌大の灰色の毛革を拾って、次元収納の中へ。
ちょうどそのとき、俺の鼻に饐えた臭いが届いてきた。
思わず顔を顰めて臭いの方向を確認すると、俺の進む通路の先に人型の影があった。
目を凝らすと、腐って溶けかけな土色の肉体を持つ、ゾンビがいた。
身長は俺と同程度で、破れたシャツとズボンを履いている、男性のゾンビだ。
「うげっ。アレを倒さないといけないのか」
幸いなことに、ゾンビの動きは緩慢だ。
そしてあの手のモンスターは、頭を潰せば沈黙するクセに、その他の場所だと痛痒を感じないことが、ゲームだと当たり前な設定だ。
だから俺は、ゾンビの頭を狙い、メイスを振り下ろした。
狙い違わずゾンビの頭を粉砕すると、ゾンビは薄黒い煙と変わって消えた。ゾンビが消えると同時に臭いも消え、ゾンビを叩いたメイスにも臭い移りがなかったため、安心した。
「それで出てきたのは、リボンか?」
地面に落ちている物を拾って確認すると、古ぼけてくすんだ赤色のリボンだった。
男性のゾンビが落とすにしては不似合いなドロップ品に、俺は首を傾げてしまう。
でもまあ、折角の戦利品だしと、リボンを次元収納に入れ、さらに通路を進むことにした。
そして少しして、またゾンビと出くわす。
「またかよ」
俺は嫌な臭いに顔を顰めながら、メイスでゾンビの頭を粉砕した。
そして現れてたドロップ品は、細身の金属製のネックレスだった。
「リボンが通常で、ネックレスがレアか?」
そう思ってしまったが、オリジナルチャートを作る際に調べた情報を思い出して、それは違うと理解する。
「そういえばゾンビって、通常もレアもなく、色々な服飾品をランダムで落とすんだったっけか」
一般人が身に着けるようなアクセサリーをランダムで落とす関係から、俗称でゾンビガチャと呼ばれているんだった。
ドロップ品の最安値は花冠で、最高値は宝石付きの指輪ないしはネックレスだったな。
それを考えると、いま出た金属製ネックレスは、材質によっては高嶺がつくかもしれない。
「色味的には、金や銀じゃなさそうだから、あまり期待できないけど」
俺は次元収納にネックレスを入れて、再び通路を直進して次のモンスターを探すことにした。