二百六話 空腹を感じて
物欲とは凄いもので、俺は自重なしでモンスター相手に暴れ回った。
基礎魔法を乱発し、治癒方術のリジェネレイトをかけ続けながらリカバリーで過度な疲れを癒し、空間魔法の空間把握で金獅子が居そう場所を認識して素早く移動する。
モンスター側は六匹一組で現れるので、ドロップ品はもの凄い勢いで溜まっていく。
しかし俺が求めれば求めるほどに、物欲センサーは働くんだろうな。
肝心な金獅子の毛革の敷物は、大量討伐を始めてから追加で一枚っきりしか出ていない。
他のモンスターのレアドロップ品――オーガ兵士の鎧は三つ、棘付きの蔓人の高級香木の丸太は二つ、そして魔石が一つドロップしているにも拘らずだ。
正味四半日ほどは暴れ続けたが、しかし俺に限界が訪れた。
運動のし過ぎで空腹に陥ったのだ。
「うぐぐぐっ。疲労は治癒方術で治せるけど、空腹ばかりは物を食べないと癒せないんもんな」
俺は次元収納から食料を取り出して食べる。
しかし買っておいた今日の分の昼食を食べきっても、まだまだ空腹感が拭えない。
どうやら金獅子の毛革に目が眩んで、体中に蓄えていたカロリーを使い切ってしまって、多少食べ物を胃に入れただけでは回復しないようだ。
仕方がないので、オーガ戦士の糧食を食べることにした。
高栄養でハイカロリーな食べ物を胃に入れて、どうにか俺の体は空腹を忘れてくれた。
こうしてちゃんとカロリーは取ったはずなのに、体の芯に活力が戻らない。
一度体にあったエネルギーを使い切っちゃったから、食料からカロリーを取るのに時間がかかっているのかもしれないな。
そうなると、ここで無理をして狩りを続行してしまったら、徐々に回復しつつあるカロリーも消費してしまって、空腹が再発してしまうかもしれないな。
というか、この場所からダンジョンの外へ出るまでモンスターと戦闘を行わないといけないんだし、無茶は出来ないよな。
「仕方がない。今日は引き上げるとしよう」
俺は思うがまま暴れてきたので、現時点で何処にいるのか分かっていない。
そのため次元収納から魔法の地図を取り出して、今日俺が辿った道を表示させる。
そうして自分の位置と、変えるべき道を把握していく。
「あとちょっとで行き止まりがありそうな場所まで行っているのに、スルーしちゃってるよ。我を忘れすぎたな」
自重なしの全力で戦っていたから、ランナーズハイのような頭になって、場所に対する認識が正しく行えていなかったんだろうな。
正直、今日のことを思い返してみても、俺の記憶にはモンスターとの戦闘ばっかりで、通路については欠片も記憶に残っていない。
「明日は、もうちょっと自重した方がよさそうだな」
最低でも、未探索通路にある宝箱を見逃さない程度の正気は保っておきたい。
俺は今日の自分を反省しつつ、第十三階層を脱出するための道を進み始めた。
無事にダンジョンの外に出た。
オーガ兵士の糧食を食べたのに、なんか微妙な空腹感が何時までも体にある。
なんだか調子が悪い感じなので、今日は役所に寄らずに、自宅へ帰ることにした。
東京駅の構内に入ると、駅員のアナウンスが響いていた。
『只今、車両点検で一部の路線が停止しております。停止路線は――』
アナウンスによると、俺が乗るはずだった電車の路線も停止中とのこと。
予定では十分かニ十分ほどで運行再開するようだが、それまでどうしようか。
駅の外に出てしまうのも良いけどと考えかけて、そうだ東京駅と言えばと時間を潰すアイデアが湧いた。
俺はそそくさと移動して、東京駅の構内のある場所へ。
到着したのは、全国各地から集められた駅弁が取り揃えられている駅弁店。
ここに来たからには、もちろん駅弁を買うつもりだ。
俺がいま感じている微妙な空腹感は、摂取カロリーじゃなくて、美味しさを求めているに違いない。
なら駅弁は、駅弁というブランドの付加価値が付いた、美味しい食べものだ。
きっと俺の体も満足するに違いない。
まあ、本当は体が美味しさを求めているか分かってないんだけど、折角東京駅で時間を潰す必要があるからには、この駅弁店で駅弁を選んで時間を潰すのはアリだろう。
「色々あるな」
店のポップによると、この店には二百種類を越える駅弁があるらしい。
広い店内に所狭しと並べられた弁当の数々を見れば、決して嘘じゃないとわかる。
では、なんの弁当にしようかな。
ダンジョンで得たドロップ品の食べ物は肉ばかりだから、魚系の駅弁にしようかな。
そんなことを考えながら物色していると、『東京駅の駅弁』と強く推している弁当を見つけた。
なんだそれはと興味を持って近づいてみて、俺は驚いた。
「ダンジョン弁当、だと……」
デカデカとしたポップが、いま東京駅で一番人気なとど主張していた。
俺はそのダンジョン弁当とやらを手に取り、食品表示に目を向ける。
米や佃煮といった弁当によくある食品の他に、食肉(突撃ボア)の文字がある。
なるほど、モンスタードロップ品の肉を使った弁当か。
日本には幾つもダンジョンがあるから、必ずしも東京駅の駅弁と言える内容じゃない気がするが、東京ダンジョンで採れた肉だとすれば東京駅の駅弁といえなくもないか?
俺はそんな疑問を持ちながら、弁当をそっと棚に戻した。
その弁当の隣に、高級ダンジョン弁当というものがあったが、そっちはレッサーオーク肉の弁当のようだ。
俺は自宅に戻りさえすれば、もっと美味しいドロップ品の肉が沢山食べられるので、いまさら突撃ボアやレッサーオークの肉なんて欲してないんだよなあ。
俺は当初の予定通り、魚を使った弁当を二種類買うことにして、レジに並ぶ。
俺が会計を済ませる間、本当にダンジョン弁当は人気のようで、観光客風なトランクケース片手な格好をした人達が挙って買っていた。
俺は魚系の弁当二種をレジ袋に入れてもらい、弁当店の外へでて、もうそろそろ動くとアナウンスのあった、自宅に帰るための路線へと上がる。
「ダンジョン弁当。ああも人気なら、試しに買ってみてもよかったかもな」
ちょっぴりだけ後悔しながら、ホームのベンチに座って、買った弁当に箸をつけることにした。
電車が運転再開されるまでに弁当一つ食べ終えると、先ほどまで感じていた微妙な空腹感は綺麗になくなっていた。




