二百四話 十三階層深層域
中層域を調べ終えたので、順当に第十三階層の深層域に行くことにした。
そうして出会った最初のモンスターは、十階層で戦った覚えのあるオーガ戦士にそっくりな見た目をしていた。
「いや。あのオーガより、ちょっとだけ貧相か?」
着ている革鎧も、手にある剣も、そして体格も、一段階格落ちしている感じがある。
戦士より一段階下ということで、オーガ兵士ってところだな。
そのオーガ兵士は、剣を振り上げると走り寄ってきて、俺に斬りかかる。
しかしその動きは、やっぱりオーガ戦士よりも少し拙く見えて、楽々と避けることができた。
「区域の奥にいけば複数で出るから、その分を差し引いたダウングレード版ってところかな」
俺は魔槌を思いっきり振るい、オーガ兵士の頭を殴りつけた。
十階層のオーガ戦士なら耐えられたかもしれない一撃だが、このオーガ兵士には耐えきれなかったようだ。
薄黒い煙に変わって消え、そして薄いフィルムに包まれた黒茶色の一斤の食パンのようなものを落とした。次元収納に入れて、名称と効果を確かめてみる。
「オーガの糧食。食べると栄養が取れる、ねえ」
単純に食料だからか、説明も素っ気なかった。
俺はオーガの糧食とやらを出して、フィルムを剥がし、手で一口分を毟り取ってみた。
千切った断面を見ると、粒子が荒い全粒粉を練って焼いたらしき目の詰まったパン生地に、砕かれたナッツや刻まれたドライフルーツが入っていた。
手にある一口分を口の中に入れて噛んでみると、もったりとした重たい食感だ。
「もちゃ、もちゃ。バターまで大量に使われている味で、少しだけでもすっごい腹に溜まりそう。あとドライフルーツは度数の強い酒に漬けてあるやつだ」
糧食というだけあって、カロリー爆弾な食べ物だ。あと酒に浸したドライフルーツが入れられているのは、糧食の保存性を高めるためか、単にオーガが酒好きだからかなんだろうな。
とても洗練されているとは言えない味だけど、強い穀物の香りや砕いたナッツの食感に不意に訪れる甘さとが合わさり、ついつい手を伸ばしたくなる感じだ。
二口、三口と食べて、これはいい加減にしないと満腹まで食べてしまうと直感して、後ろ髪を引かれる思いを抱きながらオーガの糧食を次元収納に入れた。
「初めて来る場所なんだ。満腹で満足に動けなくなったら危険だしな」
俺は自分に言い聞かせるように独り言を呟いてから、深層域の探索を続けることにした。
オーガ戦士の次に出くわしたのは、全身が棘だらけの蔓人だった。
その凶悪な見た目に、俺は蔓人からの攻撃に備えることにした。
俺が立ち止まっていると、蔓人は大きく腕を伸ばしながら振り回した。
距離がある。俺に到達するはずがない。
俺のその予想は当たっていて、蔓人が振るった腕は俺がいない場所を通過していった。
しかし予想外のこともあった。
それは蔓人が振るった腕から棘が離れ、ダンジョンの床に転がったからだ。
もしかしてと目線を下げると、床の上に起立する棘が乱立していた。
「マキビシ! 非人道的兵器使いなのかよ!」
俺が非難を口にすると、蔓人はあざ笑うかのようにもう一度腕を振り、マキビシをさらにばら撒いた。
こうも床にマキビシを撒かれてしまうと、足を上げて踏み出すことが難しい。
俺は地面から足を上げないように、すり足で移動するしかなくなった。
そして、すり足で移動するからには、どうしても移動速度が遅くなってしまう。
だから俺が蔓人に近づこうとすれば、腕を伸ばせて攻撃間合いが広い蔓人に一方的に攻撃される時間が生まれてしまう。
「くっ、そが! こっちの移動速度を削いでから、その棘でボロボロにするって寸法かよ!」
蔓人が俺を攻撃しようと腕を振るたびにマキビシがばら撒かれ続け、もはや床は足を踏む場がないほどにマキビシで埋まっている。
なんて嫌な相手だと思いながら、俺は魔槌で蔓人の棘腕を防ぎながら、すり足を保って徐々に接近していく。
蔓人も、筆を振るいながらマキビシを撒くためには、移動できないようだ。その場に留まりながら、俺に攻撃を続けている。
そうした攻防が続いた後、俺の魔槌の間合いに、ようやく蔓人が入った。
「これで!」
俺は踏み込めない分の威力を確保するため、意識を集中させて魔槌のジェットバーナーを一つ点火させる。そうして加速を始めた魔槌を振るい、そのヘッドを蔓人に叩きつけた。
蔓人は、耐久力自体は以前の蔓人と同じのようで、この一撃で半死半生の状態になった。
しかし殴ってから知ったが、この棘付きの蔓人は、殴られたら身体からマキビシを大量に放出する性質があるようだ。
蔓人の身体から出てきたマキビシが、俺の頭骨兜や全身ジャケットに当たってから地面に落ちた。
運悪く顔や目に刺さりでもしたら、一大事だぞ。
「厄介な敵だな」
俺は魔槌を再度振るって、蔓人に止めを刺した。
大量にばら撒かれていたマキビシは、蔓人の消滅と合わせて薄黒い煙に変わって消えた。
この棘付きの蔓人のドロップ品は、先ほど床にばら撒かれていたのと同じ、マキビシが十二個――いちダース。
テトラポットを小型化して木製で作ったような見た目で、棘の先は鋭利に尖っている。
踏めば大怪我は免れなさそうだが、あの蔓人のと違って、こちらは使用者を倒しても消滅しないドロップ品だ。
他の探索者の安全を考えたら、とても使える物じゃないな。
そんなことを考えながら次元収納に入れてみると、なんとマキビシ以外の使用法が次元収納の効果判定から提案された。
「香木のお香なのか、コレ」
棘の先端に火を点けて、立ち上がる煙と匂いを楽しむものなんだろうな。
というか、もしかしてこのマキビシの本当の使い道を誰も知らないんじゃないか?
俺はレベルアップした次元収納の機能で分かったけど、そうじゃなかったら普通にマキビシとしか思えないだろうし。
役所に教えるべきか否か。
棘付きの蔓人を火にかけてみたら良い匂いがしたからと言えば、ワンチャン納得してくれるかもしれないけど。
とりあえず、教えるか否か、教えと決めた際の言い訳も含めて、後々考えよう。
オーガ兵士と棘付き蔓人を一匹ずつお代わりした後で、三種類目のモンスターと会敵。
そのモンスターの見た目は完全に猛獣で、俺はどう戦ったものかと悩んでしまう。
「ライオンかよ。しかも、鬣が立派な雄なんて」
現実のライオンよりも、毛並みが艶々としていて金色に輝くいている獅子の姿は、格好良くて見惚れてしまいそうになる。
まさに王者の風格というか、黄金の王者といった感じがある。
俺が様子を見ていると、金獅子はゆったりとした歩みで近づいてきて、予兆もなく跳びかかってきた。
「うおおぉおおぉ!?」
俺は驚いて悲鳴を上げつつ、金獅子が振るった前脚を、横へと転がって回避する。
金獅子の前脚には爪が大きく伸び出てきていて、爪の一つが鎌の刃のような鋭さを持っていた。もしあの前脚の爪で斬りつけられようものなら、四本の傷跡が俺のジャケットに刻まれてしまったことだろう。
俺は回避成功に安堵しつつも、続いて迫ってきた金獅子の噛みつきを、顎下から上へと蹴り上げることで防いだ。
「そっちがその気なら。やってやるよ!」
魔槌を振り回して、金獅子の顔面を連続して殴りつける。
金獅子は頭骨が硬く出来ているのか、魔槌を二、三回当てたぐらいじゃビクともしない。
それならと渾身の力で魔槌を振り下ろすと、金獅子の額を割ることに成功した。
攻撃は通じると喜んだのも束の間、いつの間にか俺の足元に、金獅子の右前脚が伸びてきていた。
「しまっ――」
俺が失態に気付いた直後、金獅子は右前脚で俺の足を掴んで引っ張った。
肉球のある足で、器用に掴んだもんだな。
俺は内心で悪態をつきつつ、転びそうになる体勢を堪える。
金獅子は、前脚で引き寄せた俺の足に、噛みつこうと口を開いている。
足は掴まれているし、伸び出た爪がジャケットに食い込んでいるから、引き抜けない。
間合いが近すぎて、魔槌のヘッドを振るうには距離が足りない。
俺は咄嗟の判断で、魔槌の柄の先を金獅子の割れた額へと突き込んだ。
金獅子は傷ついた頭を小突かれて、反射的に口を閉じる。幸い、俺の足に到達する前だったので、閉じた口に齧られることはなかった。
「この、このこの、このこのこの!」
俺は連続して柄の先で突き、金獅子の口を開かせないようにする。
しかしこのままでは、どちらも致命傷を与えられない千日手状態になる。
俺は更なる打開策を考え、そして思いつきを実行する。
魔槌から右手を離すと、左手一本で柄を突き込んでから、右手を揃えて金獅子の目へと突き入れた。
俺の手にある手袋の攻撃力が足りないからか、金獅子の目を潰すことはできなかった。
でも、それでいい。
「魔力弾!」
俺の金獅子の目に触っている手指の先から、魔力弾が人差し指から小指にかけて一発ずつ放たれた。
合計四発の魔力弾は、金獅子の目を貫通して、目の中で暴れ回った。
金獅子は目を潰され、頭蓋内を滅茶苦茶にされて、前脚の肉球から俺の足を離してしまう。
距離さえとれればこちらのもの。
俺は攻撃するのに適切な距離まで下がると、思いっきり踏み込んだ渾身の一撃を金獅子に与えた。
割れていた額に更なる追い打ちを食らったことで、金獅子は撃沈となった。
金獅子が薄黒い煙に変わって消え、ドロップ品に金獅子の鬣で作ったと思わしき襟巻が出た。
「寒い時期には嬉しい毛の長い襟巻だけど、革防具には使えそうにないな」
猛獣モンスターからは革が出ることが期待できたのに、肩透かしな結果になった。
「いや、まだレアドロップがある」
金獅子のレアドロップ品は、きっと毛革であるに違いないと考え、レアドロップ目的で乱獲することを決めた。




