二百三話 お願い事
若返り薬を発見して、俺は意気込んで第十三階層中層域の未探索通路を探し回った。
俺が求める不老長寿の秘薬は、いわば若返り薬の凄い版だ。この十三階層に当たって不思議じゃない。
そう思って日数をかけて探し回り、宝箱は五つ見つかったものの、残念ながら不老長寿の秘薬どころか若返り薬のような未知の宝物も見つけることができなかった。
宝箱の中身は、鬼が持つような棘付きの巨大棍棒が一つ、大きな魔石が一つ、十キログラムの米袋ぐらいの大きさの袋に一杯に入った銀貨、そして綺麗な金属鎧一色。
魔石は魔槌に使用したが、やっぱり進化はまだのようだ。棍棒も金属鎧も重量自在の効果がある魔具のようだけど、俺には必要ないから売りに出す。銀貨も手元にあっても邪魔なだけなので売る。
そんな風に、俺が求めていた方向性とは違うものばかりだったが、宝箱の中身は確実に良くなった感じはある。
でも、宝箱の中身は完全にランダムだって、低階層の宝箱で検証済みだったはずだから――
「――これは、俺の運が悪いってことか?」
もしくは、若返り薬を手にした際に、しばらくの幸運を使ってしまったかだな。
ともあれ、あまり芳しくない成果に、意気込んでいた分だけ肩透かしを食らった気分になる。
しかし気を沈めていても仕方がないと、心を奮い立たせる。
「次は十三階層の深層域だな。あっちの未探索通路を解明する。中層域の宝箱が復活する日数が経ったら、中身の確認をするのもいいしな」
俺は予定を口に出して決定すると、今日は引き上げることにした。
役所にドロップ品と宝箱の中身――もちろん若返り薬以外――を売リ払った。あまり大したものじゃなかったので、役所に即金で買ってもらったため、大した儲けにはならなかったみたいだが、金には困ってないので良しとした。
そうして一日の探索が終わった後、自宅にてまったりと休んでいると、岩珍工房から電話がかかってきた。
珍しいと思って出てみると、店主の岩見珍斎が世間話の後で用件を切り出してきた。
『もうそろそろ防具の更新の時期じゃないかと思って、電話をかけさせてもらったんですよ。送ってもらっている革の代金も、大分貯まっていますし』
つまりは、ご機嫌伺いというわけだ。
俺は改めて、自分の防具である革の全身ジャケットを見た。
あれを作ってもらった時期は、たしか第八階層を攻略中の頃だったはず。頭装備は十階層で入手した頭骨鎧に置き換えたけど、ジャケットはそうだったはずだ。
そして俺はいま、第十三階層で戦っている。つまりは五階層分、戦い抜いたことになる。
その間、怪我をしない立ち回りと大事に整備しながら着てきたから、全身ジャケットには傷らしい傷は少ない。でも、歴戦を経た証明のように、草臥れは目立っていた。
まだ着れはするだろうけど、これから六匹一組でモンスターが現れる場所に立ち入ることが多くなることも考えると、防具更新には丁度いい時期なのかもしれない。
「そうですね。お願いしたいところですけど、ちょっと手持ちに防具に仕えそうな革の在庫がないんですよね」
十二階層では針鼠の革や虎の敷物とった革が手に入ったが、十三階層の浅層域と中層域には革をドロップするモンスターはいなかった。
だからといって、十二階層のモンスターの革で防具を作ってもらうのは、せっかく防具を作ってもらうからにはに入る中で一番良いものを使いたいという気持ちがある。
「もう少しダンジョンの階層を進んでみて、良い革が手に入るようになったら、申し込みますね」
『そうしてくれると助かります。久々に腕の振るい甲斐があるってもんですよ』
「俺ぐらいしか、十層以降のモンスタードロップ品の革で、革の防具を作ったりしないでしょう」
『ダンジョンで実際に使う物という意味では、その通りですよ』
「実用以外なら、注文があるんですか?」
『幸いにして小田原さんがドロップ品の革を定期的に送ってくれるんで、その革を使った革鎧が、観賞用として需要がありまして』
「十階層以降の革で作るなら、実用性のある物にしたらいいのに」
『革の出場所が場所なので、どうしても目が飛び出るほどの金額になっちゃいますので』
詳しい値段を尋ねてみると、億に届く金額を告げられて、思わず目を丸くする。
「そんなに!?」
『革の希少性を考えて、革の産業を守るためには、このぐらいの金額じゃないと売りに出せないんですよ』
世界のダンジョン事情は、第五と第十階層の中ボスで足止めを食らっていたり、十二階層を突破できなかったりと、国ごとに差がある。しかし押し並べて、外国では第十二階層が攻略上限なのは変わらない。
このダンジョン情勢を加味すると、十二階層深層域のドロップ品である虎の敷物とスパイダーシルクは、外国だと滅多に市場に出回らない希少品だ。
そんな希少品を使った防具や服を売るとなったら、価格談合というわけではないだろうけど、下手に低価格で売り出してしまっては業界全体から睨まれることに繋がるので、常識的な範囲で高値を付けるしかない。
その常識的な価格というのが一億円規模というのが驚きだけど、金持ちは本当に金を持っているからなあ。
病気治しや欠損治しのポーションで百億円単位で金が動くんだから、防具一つ服一つにもそれぐらいの値段を払う人はいるのが、金持ちの普通なんだろうな。
「じゃあ、俺が十三階層から先の革で防具を作ったら、それと同じ物を他に売る祭は何十億円って金額になるわけですか」
『そうしないと、他とつり合いが取れないですよ』
なにせ日本の市場以外では、十三階層より上のドロップ品は手に入らない。
そのドロップ品で作った品物となれば、海外では青天井で値が競り上がることは間違いない。
でも日本で十三階層のドロップ品を売り払って、そんなに高額な代金を受け取ったっけと、疑問に感じてしまう。
日本の市場に回すために低価格で買い取りをしているのか、それとも海外へ売った際の大量の差額で探索者用の基金を充実させているのか。
日本政府の闇が垣間見えそうな気がするが、俺には関係のない話だから頭から追い出すことにした。
仮に日本政府が不当な手段で探索者の利益を掠め取っていたとしても、俺の目的である不老長寿の秘薬を手にすることには直接的には関係ないから、気にするだけ損だ。
「じゃあ、新しい革が手に入ったら、防具製作のお願いをするんで」
『はい、お待ちしております』
電話を切ると、俺は防具を作る約束もしたしと、明日から第十三階層深層域へ入る決意を固めたのだった。




