二百話 区域を渡って
第十三階層中層域にて、モンスターを倒しながら未探索通路に踏み入り、そして奥へと進んでいく。
一匹ずつなら、ここのモンスターは簡単に倒せる相手ばかり。
機械化グールなら弱点の腹部を攻撃すればいいし、重騎士スケルトンは骨馬の脚の骨を折ってしまえば攻撃力の大半を削ることが出来るし、フレッシュゾンビは人間の見た目に寄せて精神的な負荷をかけるのが役目なようで強くない。
二匹一組で現れるようになっても、あまり連係が上手いとは言えない。
機械化グールは常に走って近づいてくるし、重騎士スケルトンも骨馬の突進が主攻撃。唯一フレッシュゾンビが弩による援護をしてくるが、こちらは弩の構造上、連射ができないので攻撃に間隔が空く。
そんな戦い方の結果、一匹ずつ相手にするときと、大差ない感じで俺は戦うことができる。そして一対一で楽勝な相手なので、苦戦のしようがないことになる。
「これは浅層域の方が手強かったまであるな」
難易度設定間違っているんじゃないかと感じながら、三匹一組から四匹一組のモンスターがでてくる区域を渡っていく。
この匹数になっても、さほど手強いとは感じない。ただちょっと、数が多くて倒すのが面倒に感じるぐらいだ。
これほどモンスターと戦いやすいと、楽に未探索通路を全解明できそうだなと、そう楽観していた。
いよいよ五匹一組の区域に入り、そこで俺はようやく違和感を抱いた。
五匹一組の区域といえば、未探索通路でも最奥の場所。
だから道によっては、少し歩けば行き止まりに行き当たることだってある。
そんなあと少しで終わりという道にしては、通路の先が見通せないのは変に感じた。
それに俺の感覚の話ではあるけれど、五匹一組の区域に入るのが少しや早いような気がしていた。
「もしかして」
俺は、俺が行った場所が自動的に書き込まれる魔法の地図を次元収納から取り出し、広げた。
俺が念じると、第十三階層中層域の地図が表示された。
地図は、ほぼ未探索な場所で占められていて、白地の部分が多くある。
しかし俺が歩いてきた道は、ちゃんと表示されている。
モンスターが一匹しか出てこない順路から、二匹三匹と数を増やしていって、俺がいる五匹一組の場所までの道が。
その一本しか伸びていない道をみて、俺は変だと感じた。
試しに第十二階層中層域の地図を、魔法の地図に表示させてみた。
するとやっぱり、いま俺がいる場所は、十二階層中層域でだと四匹一組の区域の只中の場所だ。
つまるところ十三階層中層域では、五匹一組でモンスターが現れる場所が手前側にまで延長されているということに――
「――それも違うな。これは、もしかしてだぞ」
俺は嫌な予感を確かめるため、五匹一組でモンスターが現れる場所を奥へと進んでいく。
単純に数が多くなって、一匹に集中して攻撃できる時間が少なくなっている。長々と一匹と戦っていたら、他のモンスターたちから攻撃を受けてしまうので、これは仕方がないこと。
だから手早く倒そうとするのだけど、モンスター側も数を生かすための戦いを始めていて、とにかく急所に当たらないようにと立ち回ってくる。
その結果、戦闘時間が延びることになり、徐々に道の進みが遅くなってきた。
それでも一組ずつ着実に倒して、奥へ奥へと進んでいく。
そしてとうとう、俺は自分の懸念が当たっていたことを示す事態と出くわした。
「ご丁寧に、三種類二匹ずつって、狙いすぎだろ」
俺の前にいるのは、モンスターが六匹。
そう、ここから先の区域は、モンスターが六匹一組で現れることを、あのモンスターたちは証明してくれていた。
「つまり十三階層中層域から先は、六匹一組の区域が最奥ってわけだな」
この区域があるからこそ、中層域のモンスターの個々の戦闘力は温い感じだったんだろう。浅層域の五匹一組と中層域の六匹一組を、同程度の難易度にするためにな。
なんともダンジョンはお優しいことでと感じ入っていると、こちらに六匹のモンスターたちが近寄って来始めていた。
あちら側の行動を正確に表すのなら、機械化グールと重騎士スケルトンの計四匹が突進してきていて、フレッシュゾンビは弩を放ってきた。
俺は、すっかり飛び道具の対処にもなれてしまったなと思いながら、自分に当たる軌道の一矢だけ戦槌を振るって撃ち落とす。
そうして防御している間に、機械化グールと重騎士スケルトンの混成は、あと少しでこちらに攻撃を通せそうな場所にまで近づいていた。
「騎士の突撃に従う、軽装兵士の図だな」
騎士は馬の突撃力を生かして敵を突き崩し、兵士は大事な兵器である馬を守るため横に侍る。
そんな中世の騎士華やかなりしときにはあったであろう隊列に、俺は魔槌に意識を通じさせて第一ジェットバーナーを点火することで返答とした。
つまり、ぶっ倒してやるからかかってこいというわけ。
俺の心意気が通じたのか、重騎士スケルトン二匹が揃って槍を突き出してきた。槍の突きは点の攻撃だが、二点に攻撃箇所が増えれば、その分だけ当てやすくなる。
だが俺は、この場所に至るまでの間に、重騎士スケルトンの突進からの槍突き攻撃の弱点を理解していた。
俺は横へと身を躱しつつ、それでも俺へと当たりそうな槍が伸びきてくる。
俺の身体に当たる直前の、重騎士スケルトンの手まで伸びきった、この瞬間だ。
俺はジェットバーナーで加速力がついている魔槌を振るう。素早く回った魔槌のヘッドが、強かに重騎士スケルトン一匹が持つ槍の先端を打撃した。
槍という長柄の武器の先端を叩くと、てこの原理で、柄の元を持っている手には多大な衝撃が走ることになる。
つまりスケルトンの骨しかない手には、殴れば頭蓋骨も砕く魔槌の一撃の威力が倍増されて伝わるということ。
結果、スケルトンの手は、伝わった衝撃の負荷に耐え切れずに骨折し、折れた手首から先が骨の腕から脱落して槍も落としてしまう。
こうして武器を失ったスケルトンの横へと移動しながら、そのスケルトンが乗る骨馬の前足に向かって、振るった戦槌を振り戻して攻撃した。
骨馬は脚一本が砕かれ、倒れ込み始める。
その姿を見届けることなく、重騎士スケルトンからほんの少しだけ到着が遅れていた機械化グール二匹へ、俺は襲い掛かった。
急所である腹部に打撃を通じさせるように、魔槌を思いっきり当てる。
各一発ずつの攻撃では、腹部の中にある何かが壊れる感触が伝わってきた。
急所に攻撃を食らった機械化グールたちは、即座に薄黒い煙に変わって消えた。
俺はその煙の中を突っ切って、少し離れた位置にいるフレッシュゾンビへと走る。
しかし俺が到着するよりも、フレッシュゾンビたちが次矢を装填する方が早い。しかも狙いを吐けようとしている先は、俺の頭と胸元だ。
仕方ないと、俺は自分の盾になる存在を生じさせることを決めた。
「魔力球!」
俺が前へと差し出した手の先から、俺の胸から上を隠す程度の大きさの魔力球が発射された。
フレッシュゾンビたちは、狙いをつけようとしていた俺の頭と心臓がある場所が魔力球に隠れてしまったことで、即座に矢を発射することができなかったようだ。
フレッシュゾンビたちは再度狙いをつけ直し、今度は俺の腹と脚に向かって矢を放ってきた。
「やっぱり、そうくるよな!」
予想していた通りの軌道だったので、俺は矢が放たれたと分かった瞬間に、魔力球の陰から出る形で横跳びした。
フレッシュゾンビたちの矢は、魔力球の下を通過していったため、俺には一本たりとも当たらなかった。
俺は、フレッシュゾンビたちがまた次の矢を装填しようとしている間に、接近し終えることができた。
「ご苦労様!」
フレッシュゾンビたちの頭部を、俺は魔槌で殴りつけることで薄黒い煙に変えてやった。
最初の頃は殴ることに躊躇していたフレッシュゾンビだったけど、この場所に来るまでの道中で殴るのに慣れてしまったな。
人と同じ姿形をしたモンスターを倒しても、一切罪悪感を抱かなくなった自分に驚きつつ、放置する結果になってしまった重騎士スケルトンたちへと向き直る。
重騎士スケルトン二匹。
一匹は骨馬に乗っての再突撃をし始めている。手首が脱落した方は、脚が折れた骨馬から下り、床に落とした自分の槍を拾い上げている。
こうして一匹ずつ別々に行動してくれるのなら、一対一を繰り返せばいいだけなので、対処は楽だ。
というわけで、俺は重騎士スケルトンを一匹ずつ順番に倒して、戦闘に勝利した。
戦闘を終え、ドロップ品を回収しつつ、俺は反省していた。
一見危なげなく勝てたものの、やはり数の暴力は厳しい。
こちらが先手を握ろうとしても、匹数に勝っていることによる手数の多さで、どうしても攻撃の先手をモンスター側に渡してしまう。
戦闘の理想は相手に何もさせずに勝つことと聞いたことがあるけど、今の俺の状況はそれからは程遠い。
「まあ、どうせ六匹一組の場所を巡らないといけないんだ。嫌でも多対一の戦闘に長じることになるだろうさ」
俺は気楽に心構えることにして、未探索通路の奥を目指して再進出することにしたのだった。




