百九十四話 外と内
ダンジョンが現れて二年――いや、今年で三年目になる。
だからダンジョン関連のあれこれに、色々な変化が現れるのは仕方がないことではある。
それでも、東京駅丸の内広場に広がる光景には、閉口するしかない。
初七日内と休みがとり易いのにダンジョンの役所の営業が本格再開の新年の六日になったからか、まで以上に大量のプラカードを掲げる人たちが集まっていたからだ。
「XXXXXXXX」「XXXXXXXXXXX」「XXXXXXX」
あまりにそれぞれが口々に主張するので、逆に何を言っているのか分からないことになっている。
遠目から確認するだけでも、デモ隊は東京駅だけでなく、東京駅周辺にある探索者が泊っているカプセルホテルや簡易宿泊所、探索者向けに飲食物を販売するフードトラックにまで押しかけているようだ。
相手にするのも面倒な相手だ。あの中を突っ切って東京ダンジョンに行く気になれない。
どうしたものかと考えていると、東京駅にいた探索者たちが丸の内広場ではない方向に流れていく。
その方向にある看板を見て、俺も行き先を変更した。
東京駅から地下通路を通って、大手町駅へ。
そして大手町駅から皇居近くの出口から外に出て、そこから旧皇居外苑へ。
この道順なら、なぜデモ隊がいないのか。
それは俺と道中一緒だった探索者の一人が、彼の仲間に語って聞かせてくれた。
「駅構内でデモをやれば、許可の出ない場所でのデモってことで、鉄道警察に逮捕される。だから駅の一部の地下通路にデモ隊は入ってこれない。大手町駅の出口から先は、普通の警察の範囲だけど、デモをやるには警察の届け出が必要だからな。警察が許可を却下したんだろうな。使用目的が治安を乱す恐れがあるしな」
「んじゃあ、どうして東京駅の前の広場じゃ、あんなにデモ隊が集まったままなんだ?」
「どこもかしこもデモ禁止じゃ、無茶をするヤツが出てくるのさ。それなら、人を集めやすい上に対処が楽な場所に集めちまおうってことだろうさ」
「対処が楽だって? あれでか?」
「東京駅から東京ダンジョンに通じる安全な道はある。東京駅周りの宿泊所やフードトラックは災難だが、そこに被害が出たら逮捕できる口実が作れる。あと一所に人を集めれば顔写真が取り易いから、公安がデモ隊に参加した人物の資料を作り易くなるだろ」
「ほへー。良く知ってんな、そんな話」
「これでも探索者になる前は、警官の一人だったからな。その手の話には明るいんだ」
語って聞かせている人物について、俺は何も知らないから、彼が語った内容が本当か嘘かはわからない。
しかしデモ隊に煩わされることなく、探索者たちが東京ダンジョンに来れる事実は、発言が本当である証明のように思えた。
外の騒動からは距離を置くとして、東京ダンジョンの第十三階層浅層域の探索を続けよう。
多数のモンスターと戦い慣れるため時間をかけてきたが、十二分に俺の地力が成長したと判断できたので、今日から奥の方を本格的に調べ回ることにした。
早速、五匹一組のモンスターたちが現れたが、俺は冷静に対処する。
鎌イタチは、こちらの何処を攻撃しようとしているかを見極め、攻撃した瞬間にカウンターの一撃で倒す。
バウンドボールは、跳びかかってくるのと反対側へ衝撃が走るように殴ると、動きが止まる。その状態で手で掴んでしまえば、手の中でボヨボヨ動くだけの物体になる。
弓マネキンの対処は、飛んでくる矢を魔槌で打ち払いながらや、手で掴んだバウンドボールを盾にして防ぎながら、接近して殴って倒す。弓マネキン自体の防御力は、メタルマネキンと同程度なので、致命傷を与えるだけなら簡単だしな。
こうした諸々の対処法を編み出したお陰で、未探索通路の解明はスムーズに進んでいく。
解明作業自体は、もう手慣れたものだ。
罠は発動スイッチを見極め、そこに魔力球や魔力弾を撃ち込んで誤作動させて罠の種類を確認する。
通路上で出くわす部屋や、隠しスイッチで開く隠し部屋の中を確認し、罠や湧き水の有る無しを確かめる。
宝箱があれば、罠が設置されても無事なように、魔槌の先で蓋を開けて中身を回収する。
そうして数本の通路を最後まで確認したら、自動的に俺が歩いた道が表示される魔法の地図を使い、見落とした隠し部屋や通路がないかを確認しつつ、スマホのダンジョンアプリの地図に手書きで魔法の地図にある図を書き写す。
手慣れた作業に問題が起こるはずもなく、そして宝箱の中には相変わらず不老長寿の秘薬はない。
「病気治しや欠損治しのポーションは出るんだよな。新年のご祝儀で、一か二本、オークションに出品してしまおうかな」
俺には治癒方術スキルにメディシンという、各種ポーションを作成する方法を持っている。
だから病気や欠損治しのポーションは、作ろうと思えば幾らでも作れる。探索は一人でやっているし、次元収納の中にストックが何本かあるので作る必要がないから、実際は一本も作ったことはないけどね。
ともあれ、順調にモンスターを倒し続けているので、レアドロップ品と魔石も数は少ないものの手に入るようになる。
鎌イタチからは鎖鎌が、弓マネキンからは微細な彫刻と宝石がある宝飾の矢が、バウンドボールからは金属製の筒が、レアドロップ品として出た。
これらのレアドロップ品についても、他の探索者が見つけていないのか、一般的な情報がないドロップ品だ。
鎖鎌は、茶色い革を巻かれた手持ち、その上から刃の付け根までの柄にはイタチの毛革が巻かれ、柄の尻の部分から三メートルほどの鎖がついている。
意識を集中させてみたものの、鎌の刃や鎖に変化はない。効果はないようだ。
宝飾の矢はシャフト部分に、凄く丁寧な彫り物と、その柄に見合った大きさとカッティングの黄色い宝石がある。芸術品としては高値が付きそうだけど、矢という武器として考えたらいまいちな気がする。シャフトの彫り物に気流が当たったら、変な音が鳴りそうだしな。
金属製の筒は、両手で掴んで円周が余るぐらいの大きな茶葉缶のような形で蓋が付いていた。蓋を捻り開けてみると、ガラス式のスクリューが入った内蓋がついていた。その内蓋も開けてみると、中は空っぽだった。しかし金属製の滑らかな内側から、これは魔法瓶じゃないかという予想がたった。
「ちょっと水を入れてみて、臭いを確かめてみるか」
水を入れて金気臭くなってしまったら、水筒として使えないしな。
次元収納から2リットルのペットボトルを出し、その中にある水を水筒に入れてみた。大きさからして、このぐらいの量があれば満杯になるはずだからな。
そう考えて注いでいくが、ある程度の量の水が水筒の中に入った直後、その水位から上に水が上ってこない。
不思議に思って水を入れ続けるが、二リットルあったはずの水が、一リットルも入らなさそうな水筒の中に全部入ってしまった。
「これは、あれだな。ファンタジーラノベによくある、マジックバック。あれの水筒版だ」
俺は水筒を傾けて水を手に少し出してみてから、水筒の中を再び覗き込む。やっぱり水位は先ほどと変わらない。
手に出した水の臭いを嗅ぐが、金気臭さはまったくない。ちゃんと水筒と使えるものだ。
「ラノベのそれや俺の次元収納スキルのように、容量が無限ということはないだろうけど」
どのぐらいの容量が入るのか確かめないことには、下手に流通させると世界の水源バランスが崩れそうで、恐ろしくて売る気にならない水筒だな。
この浅い層域に湧き水のある部屋を見つけてあったよなと、今日の分の探索を終えた帰り際に寄ってみて、その湧き水で水筒の容量を量ることに決めた。




