百九十二話 正月二日
東京ダンジョンの入口から十一階層に入り、十三階層へと上っていく。
通いなれた道ではあるが、元日の今日はダンジョンの様子が違っているように感じる。
順路に出るモンスターが生き生きしているというか、元気がいい感じなのだ。
どういうことかと考えて、もしかしたらと思いついたことがあった。
「正月は役所の買い取りやってないっていっていたから、稼ぎに来ている探索者が少ないからかも?」
誰も来なくて暇していたところに、俺がやってきた。
そう考えれば、モンスターが張り切るのも無理ないことだろう。
理由はどうあれ盛大に迎えてくれるのならと、こちらも魔槌を食らわせて薄黒い煙に変えてやるしかないだろう。
そんなことを考えながら、順路を進んでいき、十三階層に到着。
早速、浅層域の探索に入る。
この階層も、順路以外に探索者が入っている通路は少なく、ほぼ全てが未探索通路になっている。
「十五層の中ボスで攻略ストップしているって話だから、十四階層の深層域あたりは探索済みの通路が多そうだよな」
そう思って調べてみると、ダンジョン用のアプリの地図では、十四階層の上への階段付近の通路は探索済みとなっている。それでも、奥の方は未探索になっている。
この探索済みの場所の範囲で十分に攻略組の探索者が実力つける活動できているあたり、十五階層に挑んでいる探索者の数の少なさが伺えるな。
とりあえず、この付近に人はいなさそうだしと、俺はスマホをジャケットの裏ポケットに仕舞い、十三階層の浅層域の探索を続ける。
鎌イタチも弓マネキンもバウンドボールも、以前に戦った経験があるから、一匹ずつなら大した相手じゃない。
では二匹一組ではどうだと、浅層域の通路の奥へと踏み込んでいって確かめてみる。
「うん。厄介さは各段にあがるな」
何組かと戦ってみたけど、組み合わせの妙で各段に強くなるな。
鎌イタチと弓マネキン、バウンドボールと弓マネキン、鎌イタチとバウンドボールの組み合わせは、それぞれに厄介さが違う。
鎌イタチと弓マネキンは、完璧に前衛後衛の役割分担が効いた戦い方をしてくる。鎌イタチが俺の足と首を狙って斬りつけ、弓マネキンは遠距離から力強い矢の一撃を放ってくる。
バウンドボールと弓マネキンは、バウンドボールが俺の体勢を崩す突撃をして、弓マネキンが強力な一矢でしとめにくる。もしくは逆に、弓マネキンの矢が俺を翻弄している間に、十分に跳ねまわって加速をつけたバウンドボールが砲弾並みの速度で突っ込んでくる。こうした戦い方の変化が厄介だ。
鎌イタチとバウンドボールは、バウンドボールが跳ねまわる陰に、鎌イタチが潜みながら攻撃してくる。攻撃の出がかりが読めないので、危うく首に刃の一撃を食らいそうになった。
それらの組み合わせに比べると、同種二匹の組み合わせは、単純に相手の手数が増えるだけで驚異ではなかったな。
「とりあえず、慣れるまで二匹一組を相手に経験を積むことにしよう」
三匹一組のところへ行くには、まだ実力不足だと判断したので、元日は時間が許す限り、ここで地力を培うことにした。
明けて正月二日。
この日も東京ダンジョンに入ることにした。
東京駅に着いて外に出ると、主義主張を行うデモ隊は、場所を旧皇居外苑ではなく東京駅に活動場所を移していた。
東京駅の丸の内広場では、プラカードを持って見かけた探索者を追いかけ回すデモ隊と、道路上に展開した街宣車の上から探索者に発破をかける天皇家を愛する勇士の方々の姿があった。
カオスな状況にウンザリしていると、俺の方にもプラカードを持った人がやってきた。
「命を粗末にする真似はするな! まともな会社で働くべきだ!」
声の方向に顔を巡らすと、自分は良いことをしているんだってイッた目つきで語る、五十頃の男性がいた。
スーツにコート姿なのを見るに、どこかの会社員だろうか。年齢から考えると、役職者だと思う。
俺は、この年嵩の男性に対し、肝が据わっているなと評価していた。
なにせ俺の見た目は、頭骨兜と背中に毛が生えたトカゲの皮に見える全身ジャケットの姿だ。
こんなモンスターかと見間違うような容姿の探索者を相手に、命大事にとか職に就けと言ってのけるんだから、その胆力はどれほどかと感心してしまうわけだ。
そして、東京ダンジョンを攻略して欲しいという、日本政府の方針に真っ向から反対する主張を公共の場でやるからには、公安に生涯睨まれる覚悟をしないといけない。
モンスターをぶっ殺し慣れている探索者と、日本国を動かしている政府から睨まれる真似なんて、俺のような不老長寿の秘薬を手にしたいと願うような小市民が考えることすらできないな。
まあ、この男性は自分の主義に酔っている目をしているので、そんな未来やリスクのことなど考えてないんだろうけどな。
相手にするだけ無駄なので、俺は無視して歩いていこうとする。
すると俺の通行方向で、プラカードを持った別の人が、何もない場所で転んだ。
何をしているのかと見ていると、その頃んだ人が俺に指を向けてきた。
「こいつが、俺のことを押した!」
その声が合図だったかのように、ワラワラと俺の周りに人が集まってきた。
あーなるほど、難癖をつけて吊るし上げようって魂胆なわけだ。
俺が仲間がいないで一人でいる探索者だから、簡単に餌食にできると思ったのだろうかな。あと日本鎧を着ていないから、ライト層かコスプレ主体の探索者と思われているのかもしれないな。実際、俺の見た目はコスプレっぽいしな。
「ZSEFVBHUIK!」「OKMJYGVFESZ!」「POKJNBFDWQ!」
耳に入れる気のない人間の言葉って、意味のない羅列に聞こえるんだなと新たな知見を得たところで、俺は棒読みの大声を張り上げる。
「うわー! 大勢の人に襲われそうだ! これは殴りつけても正当防衛が認められるんじゃないかなー!」
俺が暴力的な発言をすると、俺を囲ってきた人たちの言葉の勢いが衰えた。危険人物に絡んだんじゃないかと怖くなったんだろうな。
しかし狡い人物はいるようで、先ほど自分で転んで難癖をつけた男が、俺に勝ち誇ったような口調での声を投げかけてくる。
「何を言っている! こっちは無辜の市民だ! 武器を持っている探索者が傷つけたら立派な傷害だぞ!」
法律的に、この人物の主張が正しいのか、俺には判別できない。
ただ一点。この人が勘違いしていることがあることは分かった。
なにせ俺のメイン武器もサブ武器も、次元収納の中。つまりいま俺の手元に武器はないんだからな。
「俺の格好をよく見てみろよ。どこに武器を持っているんだ? むしろ、そっちがプラカードっていう、木の棒付きの板という武器を振り上げているよなあ? ってことは、正当防衛成立じゃね?」
俺が凄みながら一歩踏み出すと、俺を囲んでいた連中が一斉にプラカードを下げた。
難癖をつけてきた人も、本当に俺が体に武器を帯びていないと分かったようで、主張がトーンダウンする。
「ぶ、武器を持ってないからと言って」
「言っておくが、俺は格闘技経験も武道の経験もない、普通の日本国民だ。だから人に囲まれて身の危険を感じたからという理由で暴力に訴えても、警察の世話に何てならないだろうし、民事裁判になっても勝てそうだよなあ?」
俺が事実を列挙しながら頭骨兜越しに睨むと、すっかり周りの人達は意気消沈してしまったようで、俺から離れて別の人に絡みに行ってしまった。
他に人がいなくなって仕方がないと、俺は難癖の男性に顔を寄せる。
「味方がいなくなっちまったな。それで、お前一人で同じ主張ができるのか。多人数や法律の穴を傘に着なきゃなにもできない、腰抜け君がよお」
俺が侮った言葉を吐きかけると、男は顔を真っ赤にして俺の顔面を殴りつけてきた。
俺は顔面に衝撃を感じつつ、馬鹿だなと思った。
俺の頭は頭骨兜で覆われているので、人の力で殴ったところで痛くも痒くもない。
それどころか、こういうデモ隊が集まっている場所は、得てしてジャーナリストたちも居るものだ。
まさに男が俺を殴った瞬間、パシャパシャとカメラのシャッターが押された音がした。それも複数だ。
多分、俺が人に囲まれたときからシャッターチャンスを狙っていたんだろう、五人くらいのカメラやスマホを構えた人たちが横にいた。
「よっしゃ、スクープ! デモ隊の一人が無抵抗の探索者を殴った写真だ!」
「チッ。画質と画角が悪い。良い写りの写真があれば、高値で買うぞ!」
「チクショウ。こっちはデモ隊の擁護記事を流すぞ! 早く原稿を書くんだ!」
親探索者派と、中立派と、親デモ隊派の取材陣が、それぞれ俺が殴られた光景の写真を使ったプロパガンダ工作を始める。
今はネット社会だから、スクープが手に入ったら即座に社用のSNSに投稿するのが普通なんだろうな。
また変なことで注目が集まりそうだなと、俺は楽観的だ。なにせ頭は頭骨兜で覆っているので、『探索者のガイコツ仮面』と判明はするだろうが、『日本人の小田原旭』とまで辿れるかは微妙な線だからな。
一方で難癖をつけてきた男は、顔を写真に撮られたことが嫌だったようで、顔を手やジャケットで隠しながら逃走を始めていた。今更顔を隠したところで遅きに逸しているだろうにと、逃げる背中に哀れみを送っておいた。
それにしても、デモ隊も取材陣も、新年の初っ端から商魂逞しいことだ。
デモ隊に商魂ってのも、違うか。いや、逆に合っているのか?
どちらでもいいなと思考を切り上げて、俺は東京ダンジョンへと向かった。
そして今日も、第十三階層の浅層域のモンスターを倒しての地力上げを行い、三匹一組の区域でも問題なく戦えるまで経験を積むことができたのだった。
探索を終えて東京ダンジョンを出て驚いたが、江古田記者から身の安全を確かめるメールが来ていた。どうやら俺が殴られた場面が結構なニュースになっていたようで、どうして自分に取材させてくれなかったのかという苦情がメールに書かれていた。
そして恐るべきは、ネットの特定力。
俺は被害者の立場だから身元の特定は手加減されたようで、東京ダンジョンにいる変わり者の探索者という紹介のされ方で、探索者としての活動実績の情報が出回っていた。
一方で難癖男の方は加害者だからと、身元から生い立ちから家族構成、現住所や付き合っている彼女が某国のスパイという情報まで網羅されていた。
俺は集合した人の力の怖さを知り、やっぱり不老長寿の秘薬を手にする際は、誰にも知られないように注意するべきだと心に誓ったのだった。