百九十一話 新年の光景
大晦日は自宅でカップ蕎麦を啜りながら、某ソシャゲの特番をネットで視聴し、除夜の鐘を聞きながら就寝。
翌日の朝早く、俺は何時もの頭骨兜に革の全身ジャケット姿になり、電車で東京駅方面へ。
東京駅で電車を乗り換えて国会議事堂前駅で下りると、皇居の敷地の横、国会議事堂の裏にある神社――日枝神社にやってきた。
どうしてこの神社にしたかというと、この格好を見ればわかる通り、新年の参拝をした後で東京ダンジョンに入る予定にしているので、近場の神社を選んだだけ。
けど、俺と同じ考えの探索者はいるようで、朝早い時間だというのに日本鎧や剣道着にジャケット姿の人がチラホラいる。
俺も、神社の手水で手袋を脱いだ手を清めてから、本殿へ延びる賽銭箱に金を投じる列に並ぶ。
列は短かったが、祈りが長いひとが多くて、少しずつしか列が進まない。
探索者っぽい格好の誰もが黙って必死に祈っている様子から考えると、ダンジョンの安全か、新しいスキルが欲しいとか、大金が欲しいとかだろうな。
そんな観察をしている間に、俺の順番になった。
賽銭箱に千円を投じ、鈴を鳴らし、二礼しようとして、頭骨兜を被ったままなのを思い出す。
探索者たちに顔を見せるのは、先日の騒動もあって嫌だったけど、神様への礼節の前には些細な問題だろう。
俺は頭骨兜を頭から取り、胸元で抱えながら、二礼二拍手してから、祈り始める。
祈る内容は、頑張ってダンジョンを探索するので不老長寿の秘薬を入手する加護が欲しいという願い。
一つだけの願いをサッと終え、俺は一礼してから頭骨兜をかぶり直す。
列から外れて神社から去ろうとすると、列に並んでいた探索者たちが俺の方を見ているようだった。
「……なんか用か、あ゛あ゛ッ?」
イキリ探索者っぽい演技で頭骨兜をかぶった状態で凄むと、俺を見ていた人達が、さっと顔を逸らした。
その人達の反応を見渡してから、俺は我が物顔な歩き方で神社の外へ。そして歩きで東京ダンジョンへ。
皇居の外回りの道を辿って歩いていると、皇居ランナーが走っていた。
新年なんだから休めばいいのにと思う一方で、新年だから走っているのかもなとも考えられる。一年の抱負は元日からって言うし。
皇居ランナーは、走っている道から探索者の格好を見慣れているのか、俺に対して何か知らのリアクションを取ったりせずに追い抜いていく。
そんな感じで東京ダンジョンの近くまでやってきたけど、来たことを後悔する光景が広がっていた。
天皇家の新年行事に参加するために、旧皇居外苑から坂下門を通って中に入ろうとしている、政府関係者とその護衛。政府関係者が来るからと配備された大量の警官。ダンジョン関連の苦情を政治家に叫ぶデモ隊。ダンジョンを攻略して皇居の安全を守るべきと探索者へ語っている、黒い街宣車を引き連れてきた右翼っぽい方々。
そして東京ダンジョンのある旧皇居外苑では、大晦日から今朝まで酒盛りしていたらしき探索者たちが車座で屯している。そして、そんな探索者を介護している役所の職員の姿もある。こんな寒空の下で寝たら凍死するから、役所の対応は適切なものだろうけどね。
探索者たちの手元足元には、酒瓶やら酒の缶やら発泡スチロールの器やら紙コップやらが散乱していて、素面な探索者がゴミ袋を片手にそれらのゴミの回収をやってもいる。
カオスな状況に、俺は頭が痛くなる思いだ。
でもまあ、東京ダンジョンの中に入れば関係ないだろうと思いながら、ダンジョンに入るための列に向かう。
その途中、酒に酔った探索者たちに説教をしている職員の一人が、俺に大声を投げかけてきた。
「あの! 今日から五日まで、通常のドロップ品の買い取り、やってませんよ! 高階層モンスターのレアドロップ品や宝箱のアイテムなど、オークションに出品するものだけ、臨時窓口で買い取ってます!」
情報を伝えてきた職員の顔に覚えはないけど、どうやら俺が大量にドロップ品を持ち込む探索者だとは分かっているらしい。
俺は手を振って了解の意を返しつつ、東京ダンジョンに入るための待機列に並ぶ。
並んでみて初めて気づいたが、列から少し離れた場所で警官の列ができていて、その向こうにプラカードを持った人達が喚いていた。
「探索者優遇政治を止めろ!」「ダンジョンを世界遺産に!」「武器を持った危険人物たちは排除すべき!」「モンスターだって生き物! 殺害反対!」
主義主張は勝手にすればいいけど、あの人達の内でどれだけの人数が、本音の本気で主張しているんだろうか。
ネットの陰謀論とかだと、他の国から金貰って抗議を展開しているプロ市民だって話があるけどな。
新年からご苦労な事だと思いつつ、待機列の順番が来たので、俺は東京ダンジョンの中に入った。




