百九十話 環境変化
第十二階層を突破したことは、俺が十三階層のモンスターの通常ドロップ品を売りに出したことで証明された。
買い取り窓口の職員からは――
「これで小田原様は、一流の探索者の仲間入りですね」
――と褒められたものの、あまり嬉しくない。
名前が上がるということは、それだけ人が寄ってくるということ。
イキリ探索者の演技も、不良探索者成敗の警察沙汰も、一人で十二階層を突破したという成果に寄ってくる人間を弾くには弱い。
人間は、どれだけ相手が危険人物だろうと、自身の利益になると思ったら危険を踏み越えてくるものだ。
俺だって、不老長寿の秘薬があるかもしれないと、一人でダンジョンに入るっていう危険を冒しているぐらいだ。
俺に利用価値があると分かれば、有象無象が寄ってくるに違いない。
幸いにして、俺の顔は探索者になった当初しか公開していない。雑誌にインタビュー記事が乗ったころから、カマキリヘルメット、ガイコツヘルメット、頭骨兜と、顔バレを防いできた。だから外見からの情報で、俺の自宅や故郷がバレる心配はない。
唯一の懸念は、役所の職員が俺のことを『小田原様』と名字で呼ぶ点だけど、こちらも有り触れた名字なので心配はいらないだろう。
そう思っていたのに、役所経由で取材の申し込みが来た。もちろん相手は、江古田記者だ。
『十二階層突破、おめでとうございます! つきましては、取材をさせていただけたらって思うんっすけどー、良いっすかね?』
耳敏いことだなと思いつつ、俺は考え合って取材を拒否した。
断りの文面は――
『未だ誰も突破していない十五階層を越えた後なら、取材のスケジュールを空けてやる』
――とした。
この文面なら、江古田記者は勝手に、俺が十五階層を突破するために頑張っているんだろうなと納得してくれるはずだ。
これで取材の件は一段落と思ったところに、見も知らない記者からも取材要請があるのだと職員から伝えられた。
名刺を預かっていると差し出されたが、俺はその名刺を受け取るや直ぐに破り捨てた。
ここは一つ、他からの取材を拒否するためのパフォーマンスをするべきだと考えたからだ。
「いいか。俺が駆け出しの探索者だった頃に取材を申し込んだ江古田記者だから、いまでも取材を許すんだ。名刺だけ寄越せば取材を受けてくれるだろうって、顔繋ぎにも来ねえ恥知らずは相手しねえよ。顔を出しても、追い返すだろうけどな!」
俺が悪いイキリ探索者っぽい言葉を吐いたが、名刺を渡してきた職員は『小田原様ならそうするだろうなと思っていた』と言いたげな顔をしていた。
ともあれ、俺が破り捨てる前にちらっと名刺にあった肩書を見たが、どこぞの新聞社の役職者だった。そんな相手に失礼千万な物言いをしたんだ。この悪行は取材業界に広がり、俺への取材は取りやめようという機運が出るはず。いや、出てきてくれないと困るんだ。
さて、今の時期は年末。
クリスマスや有馬記念が終わり、寺の坊主が師走っている時期だ。
あと数日後には訪れる大晦日と元旦に、俺はどうしようかと悩んでいた。
年末年始ぐらい故郷に戻るべきだろうかと。
こうして悩むぐらいだけあって、俺と両親は仲が良いとは言えない関係だ。
両親は共に放任主義者で、俺が何するのも無関心。俺は親から教育らしい教育を受けた記憶がないほどだ。
親からの唯一の教えと言えるのは、俺が何かをしでかしたら自分でどうにかするようにって言われたことだ。
だから俺は、好きなアニメの登場人物の発言を真実だと認識する常識のないクソガキとして小学生卒業まで育ち、中学生に上がったときに常識がないことが恥ずかしいことだと知って買い与えられたスマホでネットから常識を学んだことで、どうにか少し変な性格の学生ぐらいに戻ることができた。
こんな風に幼少期をアニメを常識の下地にして生きてきた人間だからこそ、今でもアニメなどのサブカルにどっぷりなんだけどな。
ともかく、そんな放任主義の親だからと、俺も親に相談することなく勝手に高校卒業と同時に地元企業に就職し、いまはその職場を辞めて探索者にジョブチェンジしている。
そんな自分の半生を思い返してみて、年末年始に帰省なんて気の迷いが起こったことに笑ってしまう。
「実家に帰る必要はないな。年末年始も、ダンジョンに入るとしよう。あとちょっとで、前人未到の十五階層突破が見えてきているんだしな」
俺は言葉を口に出して決心すると、年越し用のカップ蕎麦と小型の鏡餅を買うため、アパート近くにある大型スーパーへと繰り出すことにした。
折角の年末だ。これぐらいは準備して、行事に参加した感じを出すのはアリだろうからな。




