一話 イキリ探索者(偽)
今から二年前、世界各地でダンジョンと呼ばれる、モンスターを生み出す地下迷宮が現れた。
そのダンジョン内では、とある法則が働いているため、現代武器である銃火器がモンスターに大変効きにくくなっていることが、ダンジョンが出来てから少しして分かった。
普通の銃火器が効かないため、モンスターを倒すには、専用に製造した武器で戦うことになる。
その武器の大半は接近用で、ダンジョンでモンスターを倒す祭には、危険を冒して戦うしかない。
そんな危険な真似をしてまで、世界の各地で人々はダンジョンに入っていく。
どうしてかといえば、ダンジョンは単にモンスターを吐き出す場所ではなく、現代の科学技術からしても摩訶不思議な物品が入手できるからだ。
確認されている物では、飲めば傷をたちまち治す水薬、食べれば軽い毒や病気が消える丸薬、熱源不用で常に湯を沸かし続ける薬缶、などなど。
確認されていないが、欠損した四肢を復元したり、若返ったり、不死になったりできる薬も、実在すると目されている。
それら摩訶不思議な物品の仕組みの一端でも解ければ、人間の科学技術はさらに飛躍するであろうことは間違いない。
そのため、それら物品には需要がとてもあり、高値で取り引きされている。
つまり、不思議な物品を手に入れ、売却で換金し、億万長者になるべく、モンスターと戦ってでも、人々はダンジョンに挑むわけだ。
現代に現れた新たなゴールドラッシュに挑む者を、ダンジョンを歩き進む者――迷宮探索者と呼ぶ。
そんなダンジョンに対する認識が書かれたパンフレットを、俺はスマホの画面で見ながら暇つぶしをしていた。
なんのための暇つぶしかというと、東京ダンジョンの出入口近くに作られた、迷宮探索者用の役所建物内での迷宮探索者登録の待ち時間だ。
『お次、番号439番の方』
機械的なアナウンスが流れ、俺は手元の整理券に目を落とし、呼ばれた番号と同じことを確認する。
本来ならすぐにでも窓口に行くべきところだが、ここからが、俺の独自迷宮攻略法を始めなければいけない。
そう、自分の実力も分からないのにイキった態度の、典型的な迷宮探索者を装わないといけないのだ。
俺は心を決めてスマホをツナギのポケットに入れると、ゆっくりと窓口へと向かう。
『番号439番の方』
再度のアナウンスを耳にして、俺はこの後の展開について少し心苦しいと思いつつも、事前に立てた予定の通りに振舞うことにした。
「何度も呼ばなくたって、分かってるってんだよ!」
俺は顔を顰めたり苛立った声を作ったりしつつ、大股でズンズンとあるいていき、整理券を窓口へ叩きつけた。
窓口の向こうに座っている女性職員が、表情を消しても消しきれなかったのか、薄っすらと嫌な客が来たと言いたげな顔つきだ。
職員も、自身の表情が繕い切れていないとわかっているのだろう、半端なビジネススマイルに変わる。
「今日はどのような御用件で――」
「ああ!? 迷宮探索者の登録に決まってんだろ! 早く登録証を寄越せよ、なあ!」
俺が拳で窓口の机を叩きながら脅し言葉を吐くと、職員は怯んだ様子になる。
「と、登録ですね。では、こちらの端末で、登録情報を記入して――」
「チッ。おら、貸せよ。ちゃっちゃとな」
職員からA4ノートほどの電子タブレットを奪うと、記入にイキる必用はないので、むっつりと黙って必要事項を記していく。
記入欄全てに記入し終えてから、見直しして記入漏れががないことを確認した。
それから職員に端末を返す。
「おらよ。これでいいんだろ?」
「は、はい。確認させていただきますね」
職員が端末情報を確認中、苛立った様子を装うため、俺は腕組みと貧乏揺すりをしながら待つ。
足を上下に動かす貧乏揺すり、意識してやると、足の筋肉に結構効くんだな。
そこはかとなく足に乳酸が溜まってきた頃、ようやく職員のチェックが終わった。
「確認を終えました。では、この登録情報で、探索者登録いたしますね」
職員が端末に指を当てると、直ぐ近くでガガガと機械が動く音がした。音の元を確認すると、職員が座っている場所の横にあるプリンターのような機械が動いていた。
その機械から、免許証のような大きさのプラスチック板が出てきた。
職員が機械から出てきたプラスチック板を、首から掛けるストラップに組みつけてから、差し出してきた。
俺はそれを、奪い取るようにして入手した。
「これがあれば、俺はもう探索者ってことでいいんだよな?」
「は、はい。ですが、ダンジョンには注意すべき点がありまして」
「そんなの調べ済みだ! 普通の武器じゃ、ダンジョンモンスターには効かないってんだろ! 知ってんだよ!」
「えっとその、ごく浅い階層なら、普通の武器でモンスターを倒せるんですけれど……」
「ああんッ!? 俺みたいなド底辺は、弱っちいモンスターを倒してればいいっていいたいのか、オオゥ!?」
「そ、そんなこと、言ってません!」
職員が涙目になったのを見て、ちょっと脅し過ぎたと反省する。
「チッ。他に何かあるのか?」
「い、いえ、ありません」
俺が窓口から離れると、散々脅されたというのにも関わらず、職員は「ご安全に」と見送る言葉をかけてくれた。
ううぅ。オリジナルチャートでイキリ探索者になる必用があったとはいえ、普通に職務をこなしているだけの職員に涙目になられて、罪悪感が凄い。
しかし、これからのチャートには必用な事だったと、俺は自分自身を無理矢理納得させて、探索者用の役所建物を出た。