百八十九話 お試し探索
役所内で、不良探索者らしき人物たちを打倒したからか、それ以降は絡んでくる人がいなくなった。
どうやら、俺のイキリ探索者っていう前評判に、法の抜け道を突いて無茶をしてくる危険なヤツという評判がくっ付いて、より敬遠されるようになったようだ。
正直不本意だけど、人が不必要に寄ってこないというのなら、今後の探索者生活のためにも良いなと受け入れることにした。
さて、十二階層深層域のモンスターは強敵揃いであり、数匹が一組で襲ってくると厄介さが増す相手でもある。
しかし人間は、続けていれば慣れるもの。
日本の探索者たちも、十二階層深層域に阻まれ続けても、やがて突破できるようになったぐらいだしな。
だから海外の探索者のことごとくを阻んでいるモンスターでも、未探索通路を解明するついでに倒し続けた経験を積んだ俺には、強敵とは言えない相手になっていた。
モンスターの相手に慣れ、手早く倒せるようになれば、その分だけ未探索通路を調べ回ることは楽になる。
だから、年内に調べ終えるのが無理だと思っていたのに、どうにか十二月の最終週には十二階層の深層域を全て調べ終えることができた。
「でもやっぱり、宝箱の中に出るラインナップは今までと変わらなかったな」
俺がダンジョンに入っている目的は、不老長寿の秘薬を見つけて自分に使う事。
その目的から考えると、モンスターが手強かったのに宝箱の中身が振るわないのでは、草臥れ損でしかない。
ともあれ十二階層の深層域は調べ終えた。
一度、十三階層へ上って、それから東京ダンジョンの外へ出ることにしよう。
俺は十二階層の順路へと戻り、そこから十三階層へと向かう。
十二階層の上へと続く階段を上っていき、黒い渦の中へ。到着した十三階層は、やはり今までと同じく石の回廊の光景だった。
いまの時間は、まだ昼を少し越えたぐらいなので、少し見て回る時間的余裕はある。
「そういえば、十二階層の深層域は、多くの探索者を阻んでいる。でも突破した先の十三階層からは、そんな話の情報はないな」
順当に考えたら、十二階層よりも十三階層のモンスターの方が手強くあるべきだ。
なにかしらの理由があるかもしれないなと思い、俺は十三階層の順路に出るモンスターと戦ってみることにした。
少し移動し、道中にあった罠を安全圏から発動させてみて今までと変わらないことを確認した後、十三階層で初となるモンスターと出くわした。
そのモンスターは、ぱっと見で細長い体躯をしたイタチ。モンスターだけあり、体躯は動物園で見た個体よりも二回りは大きく、尻尾を含めた全長で一メートルを越えている。
十二階層で虎が出たのに、十三階層でイタチかと、生物的な脅威度が下がっているような気が誰もがすることだろう。
しかしそれは、勘違いだ。
なにせモンスターのイタチは、尻尾が一つの大きな刃になっているのだから。
「なるほど、名付けられた通りの鎌イタチだな」
俺が感想を呟いた直後、鎌イタチはこちらに走り寄ってきた。走る速度は早く、二十メートルほどはあった距離が、数秒も経たずに縮まった。
鎌イタチは、俺が立つ場所の直前で地面から跳び上がり、空中で体を反転させる。そして尻尾の刃を、俺の首に目掛けて振るってきた。
俺は咄嗟に魔槌の柄を立てて防御し、鎌イタチの刃と魔槌の柄が衝突して金属音を奏でた。
こうして受け止めてみて分かったが、鎌イタチの攻撃の威力は軽い。
しかしそれは当然だろう。
なにせ尻尾の刃は鋭いので、素肌に当たれば大怪我は免れない。そして刃を当てるのなら、切り裂くことを重視した素早い身のこなし方が適当なので、体重は軽い方が動きを素早くできるんだから。
そして俺は、この素早い刃の斬りつけを体感してみて、どうしてこのモンスターが脅威たり得ないか理解した。
「探索者の多くは、日本鎧を装備している。鎧の装甲の前じゃ、鋭いだけの刃は届かないよな」
つまり鎌イタチの攻撃は、日本鎧に通用しない。
そして日本鎧を突破できないということは、探索者に怪我を負わせることも出来たいということ。
なら十三階層深層域を突破した探索者にとっては、楽な相手だろうな。
一方で俺は、革の全身ジャケットという、日本鎧よりも柔らかい防具しか着けていない。そのため鎌イタチの刃攻撃を食らうと、怪我をする可能性が高い。
「でもまあ、避けられない、速さじゃないよな」
俺は鎌イタチの接近攻撃――今度は足の脛を狙っての薙ぎ払いを、狙われた脚を上げることで回避する。その上げた足で踏み付け攻撃をするが、鎌イタチもするりと逃げて回避した。
仕切り直しとなった場面だが、俺は鎌イタチに戦い難さを感じていた。
こう素早い敵に使うには、戦槌のような鈍器は向いていない。振るって威力を乗せないとダメージが出ないのからな。
日本刀のように押し当てて引けば切れるタイプの武器の方が、素早い敵を倒すのには向いている。
ここでもまた、既存チャートの装備の探索者が有利になる条件が判明だな。
「まあ、やり様はいくらでもあるさ」
俺は何度か鎌イタチの攻撃を避けていくと、鎌イタチの方も回避され続けることに怒りを感じたのか、急に勝負を決めにきた。
出会い頭にやってきたような、俺の首を狙った、尾の刃での薙ぎ払い。
やってきて欲しかった攻撃に、俺は予定していた通りに後ろに一歩退きながら刃を避け、前に置いていた足を上へと振り上げた。
俺の足は、軽く蹴り上げることで、鎌イタチを空中に数秒余計に浮かすことに成功した。
鎌イタチは、空中で藻掻いて早く地面に戻ろうとしている。
俺は鎌イタチが空中にいる間に、一つ目のジェットバーナーを点火して加速を得た魔槌を振るい、攻撃した。
空中の鎌イタチに魔槌が衝突し、俺の手には鎌イタチの柔らかい肉と脆い骨が砕ける感触が伝わってきた。
この魔槌の一撃が即致命傷になったのだろう、鎌イタチは攻撃を受けた衝撃で地面へと叩き込まれる前に薄黒い煙に変わった。
「素早さ全振りなら、防御値が紙なのは当然か」
この打たれ弱さも、探索者が苦にならない理由なんだろうな。
鎌イタチが消えた後にドロップしたのは、大きなイタチの毛革――拾い上げて伸ばしてみると毛革のマフラーだと分かる。首に巻き付け、造形を残した頭に尻尾を噛ませて固定するタイプだ。ちなみにこのマフラーの尻尾は、刃じゃなく、普通のイタチと同じもふもふ尻尾だ。
このマフラーは、俺が地元に住んでいた頃の神社の初詣で、和服を着た老婆が首に巻いていた記憶が――いやあれは、イタチじゃなくてキツネだったかな。
ともあれ、動物のマフラーは需要がありそうだな。革自体の量はさほどないから、岩珍工房に送る必要性はなさそう。役所に売るのでいいな。
鎌イタチの次に出くわしたのは、俺の身長ほどもある、巨大なバランスボールに似たモンスター。スライムの亜種だと考察されている、バウンドボールと名付けれた敵だ。
名前の通り、通路をぼよぼよと飛び跳ねながら近づいてきて、俺との距離が近くなったら、天井に壁にと跳び回り始めた。
「これはまた、面倒な敵だな」
バウンドボールは、巨大な球形なので、跳びかかってくると避けるのが難しい。
俺は余裕をもって避けようとしたのに、跳んできたバウンドボールが肩に掠ってしまう。
その瞬間、バウンドボールの予想外の重量を体感することになった。
見た目はバランスボールなので中空構造だと思っていたのだけど、どうやら中には液体が詰まっているようだ。しかも水よりも重たい液体がだ。
その重さから、俺は掠り当たった肩に強く突き飛ばされたような衝撃を感じ、思わずタタラを踏んでしまう。
同時に、再び既存チャートに従う探索者だと、十二階層深層域より楽だと感じるわけだと納得する。
「跳んできたところに刃を合わせt斬りつければ良いだけだもんな。倒し易い相手だろうさ」
だが俺の場合だと、バウンドボールが跳んできたのに合わせて魔槌を振るって当てると、バウンドボールの重量が魔槌の柄から手首へと負荷となって伝わってきた。
ここで下手に力を抜けば魔槌が吹っ飛んでしまうので、俺は手首に渾身の力を入れることで、どうにかバウンドボールを撥ね返した。
鎌イタチとは別方向での、打撃武器が通用しにくい相手だ。
俺は魔槌だけで戦うことを早々に諦め、空間魔法スキルの空間把握で周囲に他に人がいないことを確認してから、基礎魔法を使うことにした。
「魔力球、続けて魔力弾」
俺が放った魔力球に跳んでいたバウンドボールが当たって弾き飛ばされる、その飛ばされた方に合わせるようにして魔力弾を放って命中させる。
バウンドボールは魔力弾が二、三発当たってもダメージは無かったようだが、一気に五発連続で撃ち込まれると体の弾性の許容量を越えたようで、弾の大きさの穴が空いた。
バウンドボールは傷ついた体からちょろちょろと液体を漏らしながら、再び天井や床や壁に跳ね回って攻撃準備を始める。
しかし、穴が開いてしまった段階で、既にバウンドボールは詰んでいる。
俺は跳びかかってきたバウンドボールに、再び魔槌で殴りつけた。
バウンドボールの体に魔槌がめり込む。先ほどは単純に撥ね返す結果に終わったが、今回は違う。
魔槌に殴られた衝撃で、バウンドボールの穴が裂けて広がり、中身の液体が勢い良く零れ落ち始めた。
バウンドボールは跳ね退いていった先で、再び天井や床を跳ね回ろうとしたが、中身が乏しくなっていく度に跳躍力が失われ、やがて跳び上がれなくなった。
その段階で致命傷判定になったのか、バウンドボールは薄黒い煙に変わって消えた。
ドロップ品は、ウォーターサーバーに組みつけるワンウェイの水ボトルのような、液体が入った大きな容器。
調べたところによると、この容器の中身は適度な油分と栄養素が入った美容液らしい。
この大きさと詰まった溶液の重さから、探索者の多くが捨てていくドロップ品なのに、他所にないほどの美容液の品質から女性たちからの需要は高いという。
それほど手に入れたいって思っているのなら、既存チャートの探索者の装備なら倒し易いモンスターだろうから、専用の探索者をお抱えにして乱獲でもさせればいいのに。
バウンドボールを倒した後に出くわしたのは、十三階層浅層域に出る最後の種類である、矢筒と弓を装備したメタルマネキンだった。
メタルマネキンが手にしている弓は、端についた滑車に複雑に弦が張られたものだ。
その弓をギリギリと音を立ててながら引き絞り、矢を放ってきた。
鏃が大物を仕留めるための、重たくて大きなものなので、矢自体が飛ぶ速さは目で追えないほどじゃなかった。
俺は体勢を低くすることで飛んでくる矢を避けつつ、床にある罠を見極めて踏まないよう気をつけながら、壁際へと移動する。
その間にメタルマネキンは準備を終えて、次矢を放ってきた。
俺はその矢も避けながら、既存チャートの探索者なら優位に立てるだろうなと考えていた。
「日本鎧の装甲袖は、もともと矢止めのための装備って話だし、メタルマネキンの弓矢を止めるのもわけないだろうな」
メタルマネキンは一定の間隔で弓矢を放ってきている。
だから日本鎧の袖で一射目を防ぎつつ突進すれば、二射目の前か後にはメタルマネキンを日本刀の圏内に捉えることは難しくないはずだ。
逆に俺は、盾の用意がないので、メタルマネキンの弓矢を防具で防ぐことは難しい。
ただ防具では防げないだけで、防ぐ手段がないわけじゃない。
「じゃあ行くぞ、魔力球」
広げた手を突き出して、基礎魔法の魔力球を発射。
俺が走るより少し遅い速度で、魔力球は弓を持つメタルマネキンへと突き進む。
そして俺は魔力球の後について走る。こうすれば、魔力球が矢を防ぐ盾になる。
だがメタルマネキンも考える頭はあるらしく、魔力球に隠れる俺の胴体部を無視して、俺の足を狙って矢を放ってきた。
しかし、移動中は絶えず動いている足に、飛び道具を狙って当てるのは難しいもの。
それに俺は足を狙ってくると予想していたので、予期できていれば避けることは難しくない。
結果メタルマネキンの矢は、俺の足に当たることなくダンジョンの床に当たって撥ねた。
この一手の損失で、俺はメタルマネキンを魔槌を振るって当てられる圏内に捉えることが出来た。
「でりゃあああああ!」
気合を入れて魔槌を振り下ろせば、メタルマネキンの頭が吹き飛んだ。そしてメタルマネキンは薄黒い煙に変わって消え、代わりに滑車付きの複合弓を落とした。
俺は弓を手に取りつつ、興味から弦を引いてみた。
弓の滑車は引く力の補助をしてくれているはずなのに、ダンジョン探索漬けで筋肉がついているはずの俺でも、弦を引くのに苦労する弦の強さだった。
「この弓を使えば、機械で作った矢でもモンスターにダメージを与えられるのか。それとも手作業で作った矢でないとダメージを与えられないのか」
疑問はあるが、俺は弓矢を使う気はないので、この弓は役所に売却だな。
こうして一通り三種のモンスターと戦い終えたので、これは今日の探索を終えることにしたのだった。




