百八十六話 強敵レアドロップ
十二階層の深層域にある未探索通路の解明は、日数をかけて徐々に徐々に進んでいる。
しかし、このままのペースでは、年末までに全解明することは難しい感じだ。
「とは言ってもなあ……」
日本では数か月前まで、海外では現在も、この階層区域は探索者にとっての壁だ。それも一匹ずつ現れる順路の話でだ。
複数匹現れる場所にソロで入って戦えば、苦戦してしまうのは仕方がないことだ。
多分他の探索者に言わせれば、こんな場所の奥に入ることも、ソロで挑んでいることも間違いだと言われてしまうことだろうしな。
でも、少しずつ戦い慣れたこともあって、この場所での複数匹のモンスターとの戦い方が段々理解出来てきた。
まず粘糸蜘蛛は、攻撃に使う前脚二本を潰す。そうすると残りの足で体重を支える関係で、頭が下向きになる。糸を吐く頭が下向きということは、糸が届く範囲が減少するということ。糸が撒かれる場所が限定されれば、その分だけ俺が戦いの中で移動できる場所が残る。
ここまですれば、粘糸蜘蛛は脅威ではなくなる。
あとは他のモンスターを倒してから、止めを刺せばいい。
大虎については、敵側に粘糸蜘蛛がいるか否かで戦術が変わる。
粘糸蜘蛛が居る場合は、大虎に粘糸蜘蛛の糸を踏ませるのが手っ取り早い。
大虎は粘着性の糸を踏むと、脱出しようとして暴れて転び、そのまま体も糸に絡み取られて動けなくなる。動けない相手に止めを刺すことは簡単だ。
居ない場合は、少し手間がかかるが、カウンター主体の戦い方に終始すればいい。
跳びかかってきたところを迎撃し、前脚攻撃を魔槌で打ち返し、噛みつきは顔面に攻撃を叩き込むチャンスだ。
大虎は動物型で生身のモンスター。攻撃を魔槌ではね返すだけで、勝手に大虎は傷つき、こちらが優位に立つことができる。
そうして怪我を負わせて弱ったところを、止めの一撃で仕留める。
ドワーフメイルの場合は、スキルを戦闘に使うか否かで難易度が変わる。
スキル使用前提なら、魔力盾で攻撃を止め、魔力弾でダメージを与えて隙を生みだし、魔槌で腕を中心に破壊していく。
片腕でも壊れれば、ドワーフメイルは大槌が振るえなくなる。そして大槌のないドワーフメイルなんて、背の小さなリビングアーマーでしかない。
後は普通に戦えば簡単に勝てる。
というか無制限にスキルを使うのなあら、フォースヒール一発で済む相手しな。
スキルを極力使わない方法の場合だと、魔槌のヘッドに爆発力を起こさせる特殊効果を使うことが、一番手っ取り早い。これさえ使えれば、ドワーフメイルの手から大槌を手放させることも、胴体に撃ち込んで爆砕することだってできる。
それも使わないとすると、ドワーフメイルの手を狙って、魔槌で攻撃することが建設的な攻撃だ。
ドワーフメイルは、大槌を失うと大幅に弱体化する。ならその手を砕いてしまって物理的に持てないようにすれば、良いという発想だ。
この戦い方は、特別なスキルや装備を必要としないので、他の探索者でも使える。むしろ、ドワーフメイルが動かす手の軌道に刃を置けばいいだけなので、日本刀のような刃物使いの方が楽に実行できるまである。
こうした戦い方が確立できたことと、俺が戦い慣れて実力が伸びたてきことも合わさって、危なげなく勝つことはできてはいる。
しかし身の安全を重視すると、未探索通路の解明作業に遅れがでる。
逆に身を危険にさらす戦い方をすれば作業は早まるが、俺が死ぬリスクが高まる。
そのため俺は、命の危険を極力減らしながらも、可能な限り早い解明作業が行えるバランスを取ろうと頑張っている最中なわけだ。
このバランスが確立できたら、未探索通路の解明作業は自ずとスムーズに進み始めることだろう。
第十二階層の深層域は、多くの探索者を阻む壁である。
つまり、攻略を目指す探索者は、この階層区域でモンスターとなるべく戦わずに済ませようとする。
大虎は素早いから無理だろうけど、ドワーフメイルと粘糸蜘蛛は足が遅いため、身体強化スキル持ちの探索者がスキル全開かつ全速力を出せば逃げ切れる相手だ。
そういった事情があるため、これらのモンスターのドロップ品はあまり出回っていない。
特にレアドロップ品となると、世界で十数例しかないという噂だ。
そんなレアドロップ品を、俺は入手することができた。
モンスターが数匹ずつ現れる場所の方がレアドロップ品が出やすいという噂の通り、五匹一組の場所で戦うようになって直ぐに、三種類のモンスターたちのレアドロップ品が出そろったわけだ。
「大虎が虎柄タキシードで、粘糸蜘蛛が純白のドレス、ドワーフメイルは革鞄に詰め込まれた鍛冶道具一式ときたもんだ」
虎柄タキシードなんて、大阪のヤな自営業の人でも着ないだろうな。
純白のドレスは、少しスカートにボリュームを足せば、そのままウェディングドレスとして使えそうな神々しさがある。
鍛冶道具一式は、ハンマー、ヤットコ、鑢や砥石など、鍛冶仕事に必要なものが燃料以外は揃っているように見える。
しかし鍛冶道具なんて、現代社会でも揃えることが出来るものだし――と考えかけて、ハッとする。
「もしかして鍛冶に使う道具も、ダンジョン産や自作にした方が、出来上がった武器に差がでるのか?」
ダンジョンの特殊な物理法則で分かっていることは、手作りの武器と防具はモンスターに強く、機械で生産される行程が増える度にその強みが減っていくというもの。
だから総手製の日本刀は、一般流通している武器の中で破格の対モンスター性能をしていると考えられてきた。
しかし、その点に疑問を抱く事実があった。
海外で日本刀作りの行程を真似し、全て手で作りあげた剣が日本刀と同等の切れ味を発揮しなかった。
なぜその差が生まれたのか。
理由は定説だと、海外の鍛冶師の腕が悪かったというものだった。
しかし、使っていた道具が性能を左右している考えたら、どうだろうか。
日本刀を作る鍛冶職人は、使うハンマーも金床も火鋏も、玉鋼の端材などから全て手作りして作り上げるという。
一方で海外の鍛冶師は、出来合いのものを買っているんじゃないだろうか。
そうした自作の鍛冶道具と、機械的に作られた鍛冶道具では、作り上げる武器や防具に差が出てくるんじゃないだろうか。
「仮定を重ねた妄想だけど、役所の職員に伝えて売ってみるのもありか?」
ドワーフメイルの鍛冶道具について、どうするべきかの考えを保留にして、俺は未探索通路の解明作業を続けることにした。