百八十五話 苦戦久々
第十二階層の深層域。
本格的に未探索通路の踏破を開始したところ、モンスターの凶悪っぷりが上がったことを実感した。
もちろん出てくる三種類のモンスターが変わったわけじゃない。
しかしモンスターたちが複数匹になると連係することは今まで通りだけど、その連係の凶悪さが他の場所と段違いだった。
まず俺が出くわしたのは、大虎と粘糸蜘蛛のコンビ。
では戦おうとしたところで、粘糸蜘蛛が先制攻撃で糸を吐きだしてきた。
この糸に絡まれたら、ソロで仲間の助けがない俺は一気に不利になる。
だから回避一択しかできないのだけど、その回避した方向に大虎が飛びかかってきた。
「うおッ!?」
驚きながらも、俺は大虎の前脚の攻撃、続けての噛みつき攻撃を間一髪で避け続ける。
避ける中でどうにか体勢を立て直して、俺は反撃した。
今度は逆に大虎がしなやかな動きで、筋肉の厚い部分で俺の攻撃を受け止め、そしてしなやかな体の特性による衝撃の緩和でダメージを軽減する。
そんな攻防が三度続いた直後、唐突に大虎が大きく後ろ上方へと跳び退いた。
跳んだ大虎の向こう側には、すっかりと糸を吐きだす準備が整った粘糸蜘蛛の姿。
「やばッ!」
俺は横っ飛びで、その場から離脱。
その一瞬後、俺がいた場所に大量の糸が撒かれ、石の床が白色に染まった。
からくも糸から逃げ切った俺だったが、その直後には再び大虎に襲われることになった。
大虎の攻撃を避け、体勢を取り戻して反撃し、大虎が防御の後に跳び上がり、そこに粘糸蜘蛛が吐いた糸が来る。
同じ攻防が繰り返されて、俺は自分の不利を悟る。
時間をかければ、いずれは敵のコンビネーションに慣れて、俺が優位に立つことができることだろう。
しかし、その問題の時間が、あまり残されていない。
なぜそう思うのかというと、床に撒かれた糸の所為。
このまま攻防を続けていけば、最終的には床が糸で覆われてしまい、俺はその糸に足を取られてしまう結果になる。
その段階になったら、おそらく大虎も脚を糸に取られて動けなくなるだろう。
しかし粘糸蜘蛛は、普通の蜘蛛が蜘蛛のの巣で自分を絡め取られないよう動けるように、吐き出した糸の上を歩ける可能性が高い。
この俺の予想が正しければ、俺は足が動かせない状態で、動きは鈍くとも重機並みの馬力を持つ粘糸蜘蛛と真正面から戦わなくてはいけなくなる。
流石に重機並みの力を跳ね返す自身はないので、床が糸で埋まるより先に決着をつける必要がある。
俺は三度目の粘糸蜘蛛の糸吐きを待って、作戦を仕掛けることにした。
「魔力弾!」
俺に飛びかかってきた大虎に対して、指先から魔力弾を発射。空中にいた大虎の顔面に当たり、大虎は痛がって空中で身を捻り、俺へ至る途中地点で着地した。
その着地場所は、俺が狙った通り、粘糸蜘蛛が二回目にまき散らした糸の上。
大虎は足が床にくっ付いたことに驚き、そして剥がそうとして変に力を入れたのか、体勢を崩して床に倒れる。身体にも糸がくっ付き、起き上がれないようになる。
絶好の攻撃機会だけど、俺は大虎は無視して粘糸蜘蛛に走る。
粘糸蜘蛛は新たな糸の発射準備中な様子だったが、俺が接近してくるのを見て、糸ではなく前脚での攻撃に行動を変化させた。
大きな前脚を振っての攻撃。
俺は身をかがめて避けると、さらに粘糸蜘蛛に接近。
ここで粘糸蜘蛛は、発射を止めていた糸を吐こうと口を開く。
この至近距離で食らったら、俺は全身糸塗れで一寸も動けなくなること間違いない。
だから俺は、手を差し出すように突き出して、叫ぶ。
「魔力盾!」
俺と粘糸蜘蛛の間に、半透明に輝く俺の全身を隠せる大きさの盾が出現。
その盾に、粘糸蜘蛛が吐き出した糸が直撃した。
吐き出した勢いのまま魔力盾に衝突した糸は、跳ね返されて発射主の粘糸蜘蛛の顔に絡みついた。
そうして顔全体を覆われて視界を失ったからか、粘糸蜘蛛はピタリと動きを止めてしまう。
このチャンスに、俺は粘糸蜘蛛の横合いに移動する。そして頭と胴体の継ぎ目を狙う。
魔槌にある二つのジェットバーナーの内、即点火可能な方を点ける。そして加速力を増した状態になった魔槌を、狙った場所へと振り下ろした。
殴り潰したことで、粘糸蜘蛛は頭と胴体が分かれ、薄黒い煙に変わる。
俺は粘糸蜘蛛を倒しきったことに安堵するより先に、床の糸に囚われている大虎へと駆け寄る。
粘糸蜘蛛が消えたいま、大虎を拘束する糸も消えてしまう。その糸が消えきる前に、大虎に致命傷を負わせたい。
そう願いながら、俺は魔槌を大虎へと振り下ろす。その直前に、床の糸は完全に消えてしまっていて、大虎は身を翻して避けた。
だが避けるタイミングが若干だけ遅かったようで、俺の魔槌は大虎の後ろ脚に掠り当たった。
直撃とは言えない攻撃だったが、この一撃で大虎は後ろ足の片方に怪我を負って上手く動けなくなった。
跳躍力が消えた大虎なら、仕留めることは難しくない。
その後はあっさりと、俺は勝利することが出来た。
ドワーフメイルと粘糸蜘蛛の組み合わせもヤバかった。
ドワーフメイルの大槌も、粘糸蜘蛛の前脚も、当たれば大怪我間違いなしの攻撃だ。
そんな両者が互い違いに攻撃してくるものだから、致命傷を食らわないよう逃げ続けるしかない。
そして下手に攻撃して俺が足を止めれば、強力な攻撃を相打ち覚悟で差し込んできて危険だ。
この連係を崩すには、こちらも一撃必殺の心持ちで敵の片方を倒すしかない。
俺は、鎧よりかは多少柔らかい、粘糸蜘蛛を先に潰すことにした。
魔力盾でドワーフメイルの行動を阻害しながら、粘糸蜘蛛の口に糸が溜まっていないタイミングで、その頭を叩き潰した。
口に糸がなかったことで、粘着性の体液が頭の割れ目から吹き出ることはなく、俺は魔槌を割った頭から引き抜くことに成功。
あとは一対一で、ドワーフメイルを倒すだけ。
多少の苦戦はありつつも、しっかりとドワーフメイルを倒しきった。
ドワーフメイルと大虎の組み合わせは、ドワーフメイルが前衛を担い、大虎は遊撃のポジションを取る。
俺がドワーフメイルと戦っている間に、大虎は横合いに回り込んで来て跳びかかってくる。
では大虎を先に相手にしようとすると、今度はドワーフメイルの突撃攻撃がやってくる。
仕方なしに、俺は敵側の思惑の通りに戦うことにした。
真っ当にドワーフメイルと戦い、魔槌で装甲をボコボコにしていく。
横合いから跳びかかってくる大虎は、魔力盾や魔力弾で出鼻を挫いて跳びかからせないようにする。
そうした地道な攻防の末に、時間をかけて二匹を倒すことに成功した。
同種同士の組み合わせも面倒だった。
大虎二匹は身軽な動きで撹乱しながら攻撃してくるし、粘糸蜘蛛は二匹で糸を吐き散らして床を糸で埋めようとしてくるし、ドワーフメイル二匹は片方がやられてももう片方が俺を殺せればいいという酷い相打ちを狙ってくる。
まだ二匹一組でモンスターが現れる区域での戦闘だ。
ここで自分の地力を伸ばすため、俺は面倒臭く思っても、真面目に戦うことに決めている。
たとえ、治癒方術で治せばいいやと大虎の攻撃を食らう前提で反撃したり、動きが鈍いんだからと魔力球と魔力弾の滅多撃ちで粘糸蜘蛛を倒したり、アンデット系なんだからと治癒方術のフォースヒールでドワーフメイルを駆除したりは、思いついているけどやらないことにしている。
さて、今までの未探索通路を踏破してきた経験から、もう少し先にいくと三匹一組の区域に入りそうだ。
一匹でも強敵が、二匹でもっと強敵になっていた。
では三匹はと考えて、げんなりとしてしまう。
「地道に経験を詰み上げることが、結果的に不老長寿の秘薬を手にする道の最短ルートってわけ」
俺は、面倒な戦いを嫌がる気分を鎮めるように、自分の目的を口に出して自身を納得させたのだった。




