百八十一話 中層域、調べ中
十二階層中層域の未探索通路の解明を続けつつ、モンスタードロップ品を役所に売却する日々を送っていった。
破裂蓑虫のドロップ品の金属片は、結局すべて売ることにした。ゴリラゾンビの木の実詰め合わせも、食べる分は残して他は売却。ブラッドソーセージも、十匹分の三十キログラムだけ次元収納の中に入れて、他は売却だ。
正直、大した金にはならないけど、ブラッドソーセージだけは買い取り窓口の職員に有り難がられた。
「世界各国から、ブラッドソーセージの問い合わせが多くて。小田原様が大量納品してくれるお陰で、問い合わせの対応ができております」
「言っておくが、俺が納品するのは未探索通路を調べ終えるまでだからな。ブラッドソーセージが入用なら、専属の探索者でも抱えるんだな」
「承知しております。小田原様が放出してくださっている間に、ブラッドソーセージの顧客様方々も在庫を抱える程度には買い集めるでしょうから、猶予はできるはずですので」
「というか、世界の顧客がどうして日本に問い合わせているんだ。世界中、どこにだってダンジョンはあるし、モンスターも同じものが出るって話だろ。なら、自国の探索者に採取を頼めばいいだろうに」
「海外だと、ダンジョンの十階層を越えて活躍している探索者は、とても珍しいんです。ブラッドソーセージがドロップする十二階層に至っている人となると、ほんの一握りだという話です」
「そんなに日本と他の国だと差があるのか?」
「海外ですと、手製の武器と防具を入手することが、大変に難しいんですよ。手に入れても、製作者は素人に毛が生えた程度の技量しかないので、モンスターとの戦いで破損する事例が多いようですよ。それに、政府がダンジョン攻略を支援している国も少ないですし」
「聞いたことがあるな。とある土地にダンジョンが現れ、その土地の所有者がダンジョンから得られる利益を独占しようとして、政府と揉めたとかなんとか」
「アメリカの事例が有名ですね。経済的に弱い国の場合だと、ダンジョンの対策を放置することを選んだところもあります」
ダンジョンからは色々な物をドロップ品として集めることが出来る。
しかし、工業力が育った国でないと、ドロップ品を十全に活用できないという前提条件がある。
例えば鉄にしても、大規模な製鉄技術を持つ国でなければ、ダンジョンから鉄を得られても活用することが難しい。せいぜい、小型炉で鍋や刃物に打ち直すぐらいしかできない。
レアアースや希少金属を活用しようとするなら、製鉄以上に専門的な冶金技術が必要になる。
だから化学的技術が育っていない国だと、ダンジョンなんて命を取りに来るモンスターが跋扈している危ない場所でしかないため、その国の政府が放置を選んでも仕方がない。
そして政府の主導がないということは、その国では人が個人的にダンジョンに入って活動することになるわけで。個人でモンスタードロップ品を得たとしても、売り先を開拓しなければ現金収入はない。つまり草臥れ損が確定しているわけだ。
これじゃあ、ダンジョン探索なんて進むはずがないな。
「つまり、日本が一番ダンジョン攻略が進んでいるから、特定のドロップ品の収拾要望も来てしまうってわけか」
「色々なドロップ品を毎度沢山納品してくださる、小田原様には頭が上がらない思いを抱いております」
「おだてても、俺は自分の都合優先する。良い様に使えると思うなよ」
「肝に命じまして」
暖簾に腕押しな対応だなと思いつつ、雑談も終わったので、買い取り窓口から離れることにした。
役所の中を進んで出口に向かう中、居合わせた探索者たちの小声が耳に入ってきた。
「なあ、あの骨頭。ソロなのにメッチャ強いって本当のことなのか?」
「あの人と同行したって人から話を聞いたんだ。十階層のボスオーガを手下も含めて瞬殺したんだってよ。しかもハンマーで」
「えっ、オーガってハンマーが弱点なのか!?」
「馬鹿ッ! うんなわけねえだろうが。あのボスオーガ、自動回復付きだぞ。多少殴ったり斬ったりしただけじゃ、すぐに回復されてジリ貧だ」
「要するに、あの骨頭は、ハンマーでボスオーガを殴り殺せる力を持っているってことだ」
どうやら、俺の十階層での戦いぶりが知れ渡っているらしい。
話の発生源は、俺に依頼してきた、あの探索者たちでしかあり得ない。
しかし聞こえてくる話からすると、俺に依頼したというより、十層に入った俺の後に付いていったって感じで話している感じだな。
彼らが自分たちから話すとは思えないので、十階層に入り待ちをしていた際に待機列にいた他の探索者たちが、どうやって十一階層へ行けたのかを問い詰めた可能性が高いな。
俺に依頼するってことは、あの探索者たちは何度となくオーガ戦士に跳ね返されただろう。その度重なる攻略失敗を知っている人が、あの場にいても変じゃないしな。
そんな俺の話が広まっている様子はあるが、俺にキャリーを依頼してくるような人はいないみたいだな。
それは自分の力で突破したいと思っているからか、それとも俺への報酬を用意するのが難しいと考えているからか。
どちらにせよ、他人を連れて中ボスを倒してもスキルの巻物が手に入らないと分かったからには、二度とキャリーなんてする気はないけどな。
十二階層の中層域にある未探索通路を次々と制覇していく中で、俺は多数のモンスターを倒していっている。
数多くのモンスターを倒せば、それだけドロップ品が出る。そして多くのドロップ品を入手する機会があるということは、レアドロップ品も手に入る確立が上がるもの。
いま倒したゴリラゾンビと暴走オークの混成五匹を倒したところで、ようやく三種のモンスターのレアドロップ品が出そろった。
「破裂蓑虫は、ボーリング球大で紐が付いた炸裂球。暴走オークからは、小さな袋に入った粉の興奮剤。そしていまゴリラゾンビがドロップした、ゴリラゾンビの剥製。これでレアはコンプだな」
炸裂弾は、昔に歴史の授業で習った、モンゴル侵略軍の『てつはう』に似たアイテム。紐を持って振り回して勢いをつけ、敵へと投擲する爆発物だ。
威力はそれなりにあり、直撃なら暴走オークすら一撃で倒せるし、爆発で飛び地った破片でモンスターをズタズタにして瀕死に追い込むことができる。
レアドロップ品なので数が手に入り難いのが難点だが、十二階層を調べ終わるまでに幾つか確保しておきたい、攻撃用アイテムだ。
興奮剤は、摂取すると全身がカッと熱くなって活力がみなぎり、そして頭からモラルや理性がふっ飛びそうになる効果がある。
俺は自分でほんの少し――粉粒二つほど舐めてみただけで、劇的な効果を体感できた。
十二階層中層域へ行く道すがらに、何種類かのモンスターにも試してみたが、生物系のモンスターは全て我を忘れて暴れ回るという醜態を見せてくれた。
ブラッドソーセージ目当てに暴走オークを積極的に狩っているためか、この興奮剤の小袋を三つ入手している。
一つはごく少量でも自分で使ってしまったので次元収納の中に保管することにして、他二つを役所でオークションに出品した。
その際、オークションの経営者が、ダンジョン由来の興奮剤だからと安全性確認の治験をして、興奮剤の効果が既存のどの薬よりも高くて安全であると評価した。それこそ、性欲が枯れ果てた老人を被験者にした場合でも、股間が現役を取り戻し、そして心臓や肉体への負担はごく僅かだったという。
そんな効果と評価を知って、興奮剤を競り落とすオークションは白熱している。
二つ出品したどちらも、オークション終了まで日があるというのに、すでに億の大台に乗っている。
この世には、どれだけ不能改善をしたい金持ちがいるんだろうか。
そしていま出たばかりの、ゴリラゾンビの剥製。
台座に乗って、腐っても筋骨隆々な肉体を見せつけるように、胸を張って腕を上げたポーズで固まっている。
剥製だから当たり前だが、腐り落ちそうな筋肉や、変色した骨が見える部分が見える。
しかし臭いを確かめてみると、腐敗臭は一切しない。頭骨兜を外しても感じないので、剥製にした際に徹底的に消臭されているようだ。
剥製に触れてみると、何らかの方法で腐った見た目だけを保存してあるようで、腐って見える筋肉に触れても腐り崩れないし腐汁もでてこない。しかし手触りだけは、腐った肉を触っているそのままだ。
ゾンビ映画やモンスター映画好きが買うかもしれないなと思いつつ、ゴリラゾンビの剥製を次元収納に入れた。
さてと、あと少しで中層域の未探索通路も調べ終えることができるけど、急ぐ必要もないな。
今日はこれまでにして、明日以降に作業を回すことにし、ダンジョンの外へと出ることにした。




