百七十九話 キャリー
役所で出会った探索者たちが俺に依頼した内容は、十階層のオーガ戦士に跳ね返され続けているので、突破する手伝いをして欲しいというものだった。
この依頼を俺が受けたのは、もちろん理由がある。
十階層を突破して十一階層に入ると、次からはダンジョンの出入口から十一階層に直接行けるようになる。
その法則について、俺は疑問に思ったことがある。
既に十一階層を突破した探索者が居た状態で十階層を突破した場合、ちゃんと出入口から十一階層へ他の面々も行けるようになるのか。
十一階層への直接移動は、この探索者パーティーが提案してきたことから、可能なんじゃないかと思われる。
だが不可能である可能性も捨てきれない。
どうせ十階層を突破するなんて、今の俺からしたら片手間にできてしまうこと。謎の部分をハッキリさせるために、手伝うことは無駄じゃないと判断した。
それに十一階層へ行けるか否かの他にも、オーガ戦士を倒した初回で手に入る、スキルの巻物。
あれがパーティーメンバーに初回の人がいたら、新たに手に入るのか否か。その点にも興味がある。
俺が予想するに、オーガ戦士を初回で倒した際に手に入ったスキルの巻物は、突破者と同伴だと手に入らなくなるはずだ。
そうじゃなかったら、この二年の間でスキルを大量に持つ探索者がいるはずだからだ。
なぜ予想がついているのに、わざわざオーガ戦士を倒しに行っているのか。
それは、万が一にも新たなスキルの巻物が手に入るのなら、是非にも欲しいからだ。
新しいスキルの入手は、かなり難しい。
俺がスキルの巻物以外で入手したスキルは、治癒方術の一つだけ。俺はソロで探索しているし、数匹一組でモンスターが現れる場所で主に戦っているので、他の探索者に比べてモンスターの討伐数は多いにも関わらずだ。
これほど新スキルの入手が難しいとなると、スキルの巻物を仕様していない探索者は、初期スキルと派生スキルの二つしかスキルを持っていない可能性が高い。それどころか、初期スキルだけしかもっていない可能性すらある。
その考えに従うと、スキルを新たに手に入れられそうな機会は、積極的に関わるべきだろうと判断したわけだ。
そんな依頼を受けた背景をつらつらと思い返しながら、俺は十階層までの道程を先頭で歩きつつ、魔槌でモンスターを撲殺してドロップ品を次元収納に入れていく。
ちなみに、今回のダンジョン行で手に入ったドロップ品は、倒した人のものという取り決めだ。
そして俺に同行している探索者たちは、俺にモンスターを倒すことを期待しているので、実質的に俺の独り占めという形になる。
正直言って六階層から九階層のモンスター、しかも一匹しか出てこない順路の敵なんか、十階層を越えた先の五匹一組のモンスターを常に相手している俺にとって雑魚も同然。
魔槌で一発殴れば、どのモンスターも倒せてしまう。
俺が楽々とモンスターを倒し続けている姿を、俺に依頼してきた探索者たちが見ているわけだが、彼らがする内緒話が聞こえてくる。
「なあ、おい。あいつって、初期スキルは次元収納だったよな?」
「見てればわかるだろ。ドロップ品を次元収納に入れているだろ」
「ならなんで、あんなに強いんだ。身体強化スキル持ってないんだろ」
「知るかよ。良いガタイしているし、鍛えているんじゃねえかな」
どうやら身体強化スキル持ちから見て、俺の戦闘力は異常に映るらしい。
俺はモンスターを倒した後で、ちらりと後ろに続く探索者たちの体躯を確認する。
日本鎧を着た状態なので、体格がハッキリわかるわけじゃない。
それでも、十階層まで行く実力があるとは思えないほど、彼らの体躯はダンジョンに入ったことのない一般人と大差ない。
たぶん常に身体強化スキルを使って行動をアシストしているせいで、迷宮探索という運動による肉体強化が行われていないんだろうな。
逆に俺の場合は、迷宮探索に多数のモンスターとの戦闘という強度の高い運動、そして治癒方術のリジェネレイトによる肉体修復の繰り返しによって、体力と筋力が育っている。
洗面所で自分の肉体を見た際、細い見た目ながらも発達した各部の筋肉による段差が出来ていて驚いたぐらいだ。
つまるところ後ろの探索者と俺とでは、肉体の出来が違うというわけだ。
そして、この肉体の違いこそが、彼らがオーガ戦士を突破できない理由でもあるはず。
身体強化スキルは、肉体出力の底上げをしてくれるものだと、俺は考えている。
だから膂力を上げれば上げるだけ、身体強化スキルが発揮する力も増えるはずだ。
その仕組みで考えると、探索者たちの肉体が貧弱だから、オーガ戦士を倒すだけの攻撃力が得られていないんだろう。
そんな評価を下しつつ、ダンジョン内をスタスタと歩いていると、後ろから休憩要請がきた。
「お、おい。もう第八階層に来たんだ。少し、休もうじゃないか」
ここまでの道程は順調で、しかも戦闘は俺だけが行っているので、彼らが疲れる要素が一切ない。
もしや、歩き続けるだけで疲れたとでも言う気だろうか。
「本気で言ってんのか?」
「そ、それはもう。見てみてくれよ、皆も疲れ切っているんだ」
言われて見やると、崩れた姿勢で歩いている。本当に疲労困憊といった感じだ。
「……なあ。お前らって、どんな感じでダンジョン探索してんだ?」
「どんな感じってのは?」
「どのぐらいの時間動いて、どのぐらいの時間休憩するのかって聞いてんだよ」
「そういう意味なら、一時間ほど移動と戦闘をして、三十分くらい休むな」
「モンスターと戦う場所は、順路付近なんだろ?」
「もちろんだ。複数匹モンスターが現れる場所に行くなんて、危険すぎる」
なんとも程度の低いことだと呆れてしまう。
複数匹のモンスターと戦い慣れていないのに、どうしてオーガ戦士の他にオーガもでてくる十階層に挑んでいるのだろうか。
この程度の実力じゃ、俺が手伝って十階層を突破させても、十一階層から先で詰みそうだな。
ま、俺には関係ない話だな。
「悪いが、早く十階層に行きたい。休憩はなしだ」
「え、そんな!?」
「十階層の戦闘も俺がやる。遠慮なく疲れてくれ」
聞く耳持たないという態度で、俺は先へ進む。
後続の探索者たちは、仲間内で不満を言いながらも、俺について移動してくれている。
そんな感じで移動し続けて、十階層に到着。オーガ戦士へ挑戦する待機列に並ぶ。
探索者たちは疲労困憊といった姿で階段で休んでいた。しかし、直ぐに順番になって十階層へ。その後は、すぐ脱出できるよう、白い渦の前に陣取った。
一方で俺は、一人で闘技場の舞台へと進み出ていった。
オーガ戦士がひと鳴きし、闘技場に等間隔に並ぶ入場口から、オーガたちが六匹出てきた。
俺と探索者五人の分で、六匹の追加ってわけだ。
現れたオーガたちは、一斉に俺へと殺到してくる。
そして前回とは違い、オーガ戦士もオーガたちと歩調を合わせて同時に襲い掛かってくる。
その違いに少し面食らったが、所詮はどちらも倒した経験のある相手。
俺は敵からの攻撃を回避しつつ、オーガたちを先に狙って倒していく。
魔槌一振りごとに、オーガ一匹が薄黒い煙と変わって消えていく。
戦い始めて三分も経たないうちに、舞台上は俺とオーガ戦士だけになった。
オーガ戦士は軽度の回復能力を持っているので、下手な攻撃は隙になるだけで意味がない。
だから俺は、オーガ戦士が攻撃してくるのを待ち、避けつつカウンターで魔槌をオーガ戦士の頭に振り下ろした。
オーガ戦士の頭蓋骨と首の骨が折れ、薄黒い煙に変わって消えた。
そしてドロップ品はというと、通常ドロップの宝物詰め合わせだけで、初回突破特典のはずのスキルの巻物が入った宝箱もない。
「予想していた通りってわけだ」
俺は宝物を次元収納へ入れてから、連れてきた探索者たちに声をかける。
「おい。さっさと十一階層に行け。そんでちゃんと外から十一階層に行けるか確認しろ」
俺がつっけんどんな物言いをすると、探索者たちは慌てて十一階層へ続く黒い渦へと移動し、飛び込んだ。
俺は逆に十一階層に行く必要がないので、十階層の白い渦に入って、ダンジョンの外へ出る。
探査者たちは、待機列に並び直し、東京ダンジョンに入り、直ぐに戻ってきた。
どうやら十一階層にちゃんと行けるようになったらしい。
「そいつは良かったな――」
と労いの言葉をかけた後で、俺は脅す声色で続ける。
「――言っておくが、今回は俺がオーガ戦士に用があったから、ついでにお前らを連れて行っただけだ。他の連中に、俺にオーガ戦士を突破する手伝いをして貰えばいいなんてこと、言ったりするんじゃねえぞ。もしそんなことを言いでもしてみろ、酷いことになるからな」
「ひ、酷いことって、どんな?」
日本は法治国家だ。無体な真似はできないだろう。
探索者たちの顔は、そう物語っていた。
だが甘い。法に触れる方法以外にも、懲らしめるやり方などいくらでもあるんだからな。
「お前らが勝手に俺の後に続いて十階層に入ったと、オーガが追加で沢山現れて迷惑したと、言いふらして回る。役所の中でも、ネットの中でもな」
「俺たちが弁解すれば、分かってくれるはずだ。なにせ俺たちが並んで歩いている場面を見た人は、ダンジョン内に沢山いたはずなんだから」
「本当にそうかな? 道中でもお前たちは、先を進んで戦い歩いていた俺の後について来ていただけで、お互いにロクに会話もしちゃいない。見ようによっては、寄生していたように見えるんじゃないか?」
「そんなこと」
「そもそもの話、俺を利用して十階層を突破したのは、探索者のマナーとして大丈夫なのか? 人によっては、それだけで寄生だと言われかねないと思うがな」
十階層のオーガ戦士は、探索者にとって壁の一つだ。
そこをパーティーメンバー以外の助力で突破したなんて、決して誇れるものじゃない。
ゲームでも、こうしたキャリー行為は忌避されているし、ズルだと糾弾する人すらいる。
では探索者は、ゲーム愛好家たちより、民度が良いだろうか。
俺は、そう思わない。
キャリー行為をしているヤツがいると知ったら、絡んできたり苦情を言ってきたりすることだろう。
俺は他者を寄せ付けないソロプレイだから良いが、この探索者たちは誹謗中傷に耐えきれるかな?
「なににせよ、言わなきゃいいんだ。俺が、お前たちを、十階層を越えさせたってな」
俺が脅し終わると、探索者たちは青い顔で了承の頷きを返したのだった。