百七十八話 十二階層の浅層域/奇妙な依頼
十二階層に入り、浅層域から未探索通路を調べて回る。
もう何度となくやってきた作業なので、代わり映えは出てくるモンスターぐらいしかない。
十二階層浅層域に出てくるモンスターは、リアルスライム、ゴブリントラッパー、大針鼠の三種。
リアルスライムは体内にあるコアを傷つけないと倒せないという、打撃がほぼ効かず、斬撃が有効な相手。ただし、打撃は通じなくても、魔法や効果付きの武器は通用するので、基礎魔法や魔槌がある俺の敵じゃなかった。
ゴブリントラッパーは、名前の通りにダンジョンの罠を利用してくるゴブリン。罠のある場所で戦うことを好み、戦いながら探索者に当たるように罠を発動させたりする。その習性がわかってからは、ゴブリントラッパーがいる場所の近くに罠があるとわかる便利な『坑道の鳥』でしかなくなった。
大針鼠は、最初見たときは丸まって転がってきたので、バランスボール大のバフンウニのように見えた。針の威力も高く、大針鼠が踏んで発動した罠によって出てきた木矢を、針がスパッと切ったときは目を疑った。でも俺には基礎魔法という遠距離攻撃があるし、魔槌の爆発で針ごと本体を爆砕することだってできるので、大した相手じゃない。
通常ドロップ品は、リアルスライムからは衝撃を与えると硬化する透明な粘液――ダイラタンシー液、ゴブリントラッパーからは素材不明の金属ワイヤがー十メートルほど、大針鼠からは針鼠の革衣が出た。
リアルスライムのダイラタンシー液は、次世代の防弾チョッキ素材として研究されているらしい。従来の粉と水を混ぜ合わせたものではなく、普遍的に単一の液体なので、粉の分布の濃度によって差が出るダイラタンシー現象の偏りなんかが起きなくて重宝しているらしい。
ゴブリントラッパーのワイヤーは金属なのに絶縁体らしく、電気から基盤を保護するためのシートに加工されるらしい。
針鼠の革衣は背中にビッシリと棘針がついた羽織で、気配察知スキル持ちの防具として需要があるという。
そんな三種のモンスターを倒しながら、浅層域の奥へ奥へと入っていく。
順路を外れてしまえば、全く他の探索者と出会わないのも同じ。
二匹一組、三匹一組、四匹一組、五匹一組と、一度に出くわすモンスターの数が増えるのも同じだ。
空間魔法の空間把握を通路の曲がり角近くに来る毎に使って、モンスターからの不意打ち対策が出来ているため、複数匹の場所でも危ない場面は滅多にない。
十二階層に入ったら罠の種類が変わるかとも思ったけど、十一階層と全く同じ種類しか見かけない。罠のスイッチと隠し部屋のスイッチの区別が突きにくいのも同じなので、全ての罠を魔力球で押して発動させる必要があるのも同じだ。
モンスター以外、十一階層と代わり映えしないことに、少し落胆を覚えながら、俺は魔槌でモンスターを倒しながら進む。
魔槌が進化したこともあってか、なんだか十一階層よりも楽にモンスターを倒せてしまっている。
楽に通路探索が出来ることは良いことなんだけど、戦闘で苦労らしい苦労すらなくなったのも確かだ。
「浅層域の未探索通路の解明は、早く終わりそうだな」
そんな感想を抱きながら、一つの未探索通路の終わりまで突き進むことにした。
十二階層の浅層域の未探索通路の解明作業は順調で、一週間で半分を超える区域を調べ終えることができた。
楽々と探索は出来ているが、解明できる区域が多いということは、出くわすモンスターの数もそれなりに多くなるということでもある。
モンスターの数を倒せば、その分役所に売り払うドロップアイテムの数も増えるわけだ。
リアカーの荷台に乗せたドロップ品を、役所の窓口に押し付けて換金する。
その際、窓口の職員が目を輝かせた。
「これは、第十二階層のモンスターのレアドロップですか?」
そう言いながら持ち上げたのは、真っ赤な水晶玉のようなもの。
それを見て、俺は頷きを返す。
「ああ、それはリアルスライムのレアで、リアルスライムの核だ。戦っているときに、リアルスライムの体内にあるのと同じだからな」
「おおー。第十二階層もそうですけど、十層を越えてからのモンスターのレアドロップ品は、判明してないのもあるので助かります」
「レアといえば、このレイピアは大針鼠のドロップだし、このガマ口の革鞄はゴブリントラッパーの罠道具詰め合わせだ」
「ゴブリントラッパーの方は判明してましたけど、大針鼠のレアがレイピアだというのは分かってませんでしたね」
職員が持ち上げたレイピアは、櫛のような円錐状で、短剣並みの短めの剣身をしている。その剣身も全体的に茶色で刃の先端だけが白いという、特徴ある見た目だ。
効果付きの武器ではないけれど、オーガ戦士を越えた先の階層で得られるレアドロップ品だけあり、攻撃力は高いだろう。
それこそ、作業の一部に機械ハンマーを使って作るタイプの日本刀と比べれば、このレイピアの方がモンスターに対する殺傷力は高いはずだ。
「では、この大針鼠のレイピアは、オークションに?」
「そうする気だ。そっちの方が高く売れるだろうしな」
「では、そのように手配させていただきますね」
職員の作業が終わり、これでドロップの売却は終わった。代金は銀行振り込みなので、後は帰るだけだな。
リアカーを持って東京ダンジョンに入り、リアカーを次元収納に入れ、そしてダンジョンの外に出る。
一仕事終えたし、今日は何を食おうかな。
そんなことを考えていると、俺の行き道を塞ぐ複数の人影が。
見やれば、日本鎧姿の探索者六人。
どういう用件かと思いつつ、俺はイキリ探索者を装って、威張った態度かつ大股で真正面から近づいた。
「んだあ、テメエらは。俺に何か用ってんのかぁ、ああッ!」
頭に被った頭骨兜を傾げながら、睨みつけるように体を動かし、言葉を放つ。
そんな俺のガラの悪い態度を受けてか、日本鎧の探索者たちは愛想笑いを返してきた。
「え、えへへ。じつは、骨仮面さんに、お願いがありましてえ」
骨仮面とは初めての呼ばれ方だが、いま被っている頭骨兜もその前の骸骨仮面も見た目骨だったから、間違いじゃないか。
「お願いだあぁあああ! 見も知らねえヤツの話を、俺が聞くとでも思ってんのかあああ!」
俺が周囲に聞こえるように大声の怒声で質問すると、探索者たちは愛想笑いを強める。
「情報収集をして、知っているんですよ。骨仮面さんは、魔石を集めているんですよね」
その言葉の後で、探索者たちは小さめの麻袋を差し出してきた。
袋の中には、第七階層の機械弓虫がドロップする、小さな魔石がギッシリ入っていた。ところどころに大きめの魔石があるのは、モンスターを倒した際に運良く手に入った魔石だろうな。
小粒ばかりとはいえ、小さな麻袋一杯の量があるのなら、魔槌の進化の助けにはなるだろう。
だが袋の中身を見て、俺は疑問を持った。
「これだけの魔石を差し出すって、俺にどんなことをやらせたいんだ?」
袋の中にある魔石を売り払えば、一千万円に売却代が届くかもしれない。
つまり俺にやらせたいことは、その一千万円と引き換えにしても良いと、この探索者が考える内容のはずだ。
俺が警戒しながらの問いかけに、探索者たちは俺が興味を持ったのだと思ったんだろう、詳しい依頼内容を話してくれた。
正直言って、話の内容自体は俺にとって不都合がないもの。むしろ魔石を集める手間を肩代わりしてくれたと考えるのなら、やっても良いと思える依頼だった。
「ほーん。やってやっても良いが、そんなダンジョンの仕組みの裏を突くような真似をして、ちゃんと目論見通りになるかは分からんぞ。ダメだったとしても、依頼料は先払いで、返さんからな」
「もちろん分かってます」
「成功した場合でも、その後にお前たちに不幸が巻き起ころうと、俺は責任は取らないからな」
「重々承知です」
そこまでいうのならと、俺は依頼を受けることにし、探索者の手から麻袋を取り上げた。
「そんで、今からか? それとも明日か?」
「そのお、お疲れだとは思いますが、出来れば今からで構いませんか?」
「ああああッ! 俺が疲れているように見えるってのか、おおおおん!!」
「い、いえいえいえいえ。言葉の綾です、申し訳ございません」
俺は頭骨兜の内側でフンと鼻息を吐くと、東京ダンジョンに入るための列に並んぶ。その後ろに、依頼者である探索者たちも並んだ。
そうして列を消化した後で、俺たちは東京ダンジョンの五階層へと仲良く移動したのだった。
 




