百七十四話 やれること
熊、半壊ロボットときて、三種類最後のモンスターは何なのか。
その答えが、いま俺の目の前にいる。
「全身に金属の鎧を着こんで、武器を持ったゾンビか」
他二種と比べると、役落ち感が半端ない相手だな。
確かに鎧はゾンビの防御力をあげているだろうし、武器は攻撃力を高めているだろう。
でも、どうして十一階層の深層域に配置されているのか謎なほど、動きの鈍いゾンビは戦いやすい相手だ。
その理由について考えていると、答えが当の鎧ゾンビが実演してくれた。
鎧ゾンビは通路の中央にあった隠しスイッチを踏み、横壁から発射された鉄球が直撃した。しかし金属鎧の防御力とアンデット系のタフネスで、鉄球の直撃なんか意に介した様子がない。
「罠を食らっても無視できる耐久力があるから、配置されているわけか」
あの罠が、底に刃が突き出た落とし穴だったとしても、鎧ゾンビなら普通に這い出してくるだろうしな。
そう納得できたところで、俺は魔槌で鎧ゾンビの頭を殴りつけた。
槌やメイスなどの鈍器系は、もとから鎧の内側へ衝撃を与えるための武器。
鎧ゾンビがどんなにタフでも、思いっきり鈍器で殴れば、兜はへこむし、首も折れる。
確実に兜と頭骨を割り、首の骨を折っても、流石はゾンビ。即死はしないようだった。
鎧ゾンビは頭が完全に背中側に倒れ込んだ状態で、俺に攻撃しようと手の剣を振り上げる。
俺は攻撃される前に前蹴りで蹴り飛ばし、鎧ゾンビは仰向けに倒れる。
その倒れた際に、自身の体と床とで背中側に折れて垂れていた頭を挟んでしまい、それが止めとなったのか、薄黒い煙と化して消えた。
ドロップ品は、錆びが浮いた全身の金属鎧。
その鎧を拾って確認すると、あまり実用的だとは思えない作りをしていた。
「鎧の厚みが薄いのは現実通りだとしても、この柔らかさはなあ」
俺がいま手に取っているのは、二の腕につける部分。
筒状になっている金属は、俺がグッと握力を入れると少し曲がってしまった。
その感触は、飲み終えたスチール缶より少し硬いぐらい。
こんな柔らかい金属で鎧を作ったら、軽い打撃ですらへこんでしまいそうだ。
「ま、通常ドロップ品なら、こんなもんだろうな」
俺は錆びのある金属鎧一式を次元収納に入れる。
この鎧もダンジョン産の防具だから、そのまま使うのでも、調整するのでも、新しい鎧の材料にするでも、使い道はある。
「海外の探索者や日本鎧の製作者向けに需要はありそうだけど、成人男性と同じ背丈の全身鎧なんて、次元収納スキルを持ってない探索者が持っていくわけないか」
勿体ないことだなと思いつつも、俺は嫌な気づきを得ていた。
「待てよ。鎧ゾンビの通常ドロップが全身鎧ってことは、未探索通路を歩きまわっていれば、何十セットも手に入れられてしまうってことだよな」
ダンジョンで集めたドロップ品は、役所の買い取り窓口に持って行かなければいけない。そして俺が次元収納に入れているリアカーの容量は、おそらく全身鎧を三着ほど乗せたら満杯になってしまう。
これはまた、ダンジョンと役所を往復する日々が始まりそうだな。
その運ぶ手間を考えると、魔産エンジンを使えばダンジョンの外でもスキルが使えることを明かしてしまおうかとすら思ってしまう。
もちろん、イキリ探索者として目立つ分には構わないが、社会に貢献する形で目立つのは俺の本位ではないので、そんなことはやらないけどな。
俺は、願わくば鎧ゾンビはあまり出ませんように、と願いつつ、未探索通路の先へと足を進ませた。
第十一階層深層域の通路を奥へ奥へと進んでいき、モンスターが複数匹で現れるようになった。
そうして三種のモンスターが組んで襲ってくるようになって、気付いた。
複数種で組んでいると、深層域のモンスターたちが役割を持って戦ってくることを。
まず熊は、一匹で戦ったときと変わらず、爪と牙とで攻撃してくる。
半壊ロボットは、少し戦い方を変えて、腕にある隠し武器による短矢での遠距離攻撃を終始行ってくる。もちろん短矢の在庫が切れたら、盾と剣とでの攻撃にシフトしてくる。
鎧ゾンビは、一匹のときとガラリと戦い方を変え、そのタフネスを生かしてこちらの攻撃を封じようとしてくる。例えば、魔槌で殴った際、身体にあたった魔槌のヘッドを抱き込んで動けなくされた。
そうした連係をしてくるので、俺は対処法を考え、その結果基礎魔法の魔力盾を多用することにした。
「魔力盾」
俺が突き出した手の先に、魔力でできた薄く光る盾が現れる。
その盾で近寄ってきた鎧ゾンビを押しとどめながら、鎧ゾンビの頭部を水平に振り抜くようにして殴打する。こうして一気に振り抜けば、鎧ゾンビが自前のタフさを生かして武器を掴んで来ようとしても、その動きの鈍さから捕まえきることは難しくなる。
この魔力盾の役割はもう一つある。それは、半壊ロボットの腕から射出される短矢を防ぐこと。
頭部を破壊された鎧ゾンビが薄黒い煙となって消え、その煙を貫いてやってきた短矢。
魔力盾は短矢を二回受け止め、三回目を防いだ直後に壊れて消えた。
魔力盾が消えた瞬間に、俺は半壊ロボットへと駆け出す。
半壊ロボットも腕から四回目の短矢を発射して、こちらを迎撃しようとする。
「魔力盾」
新たに作った魔力盾で、半壊ロボットの短矢攻撃を防御する。
そして俺は、魔力盾の上辺の縁へと飛び乗ると、その縁を蹴れ飛ばして空中へと跳ぶ。目的は、半壊ロボットに一気に近づくこと。
半壊ロボットは、魔力盾に合わせていた照準を、急いで空中の俺に向けてくる。
半壊ロボットがこちらに突き出している腕。盾で覆われているその腕を狙って、俺は魔槌を振り下ろした。
魔槌が半壊ロボットの盾に当たり、その内側にある腕は諸共に破壊した。
盾と腕が短矢を発射する機構ごと潰れたことで、半壊ロボットは剣に戦い方を変える。
けど既に半壊ロボットは片腕が動かせない状態だ。
その片腕を動かせないハンデのお陰で、俺は終始優位に戦いを運び、やがて半壊ロボットの壊れた外装の内側にある歯車機構へと魔槌を撃ち込んで倒した。
「モンスターの厄介さが上がっているけど、まだまだ大丈夫だな」
戦い方を考えて、俺の強みを押し付ける戦闘運びをすれば、危なげなく勝てる相手だ。
俺はドロップ品を回収してから、更に通路の奥へと進んでいった。