百七十一話 自宅でスキルを使ってみた
魔石を得られるまで第十一階層の中層域の未探索通路の解明を続けることにしたけど、五匹一組でモンスターが現れる区域にまで行って宝箱を二つ開けるまで見つからなかったので、自宅に帰ってくるのが終電間近になってしまった。
贔屓にしているスーパーは閉店時間になってたので、今日はコンビニ飯。
体力も探索で使ったためクタクタだなと感じつつ、コンビニ飯をレジ袋に入れた状態で床に置いた。
「はぁ~。少し腹ごしらえしたら、確認してみるか」
俺はレジ袋から、俗に貧乏パンと呼ばれる安くて大きなパンを出すと、包装紙を破いて食べ始める。
もそもそとした食感と、ほんのりの甘さ。成長期の高校生時代に、おやつに食べたなと懐かしくなる。
口に入れたパンを嚙みながら、袋からコーラを取り出す。コーラの蓋を開けて、一口飲む。シュワっと炭酸が口の中で弾け、口にあるパンに適度な湿り気が入り、飲み込みやすくなる。
パンとコーラを交互に口にしながら食べ進め、パンを全てとコーラを半分ほどで、お腹がひと心地つくことができた。
「ふぅ。さて、スキルの実験をしないとな」
俺はダンジョンでやっているように、次元収納スキルを発動させる。
「次元収納スキル――ほぉほぉ。次元収納の中に魔石と魔産エンジンがあると、こうなるのか」
俺が一人で納得してしまったのには理由がある。
それは、スキルを使用しようとしたところ、魔石と魔産エンジンのどちらの魔力を使うのかと、脳内で選択肢が生まれたからだ。
俺は少し考えて、魔産エンジンの法の魔力を使ってみることにした。
そう選択した瞬間、次元収納スキルが発動し、次元収納から自宅の床へと魔産エンジンが出てきた。そうして次元収納から魔産エンジンを出したことで、スキルに魔産エンジンからの魔力が使えなくなったからか、直ぐに次元収納の出入口が閉じてしまう。
「ふむっ。こうしてスキルが使えるのなら、魔産エンジンは次元収納に入れっぱなしの方がいいのかもな」
そう思いながら、再び次元収納スキルを魔産エンジンの魔力で発動しようとしたところで、俺は気付いた。
魔産エンジンが停止していることに。
これは変だ。
なにせ魔産エンジンは、ダンジョン内で確認した際、基礎魔法の魔力球を二発で停止した。
つまりスキルを二回使う分ぐらいの魔力を産出しているはずなのだ。
それなのに、次元収納スキルを一回使っただけで、即座に停止してしまっている。
次元収納スキルの魔力の使用量が大きいのか、はたまた別の理由なのか。
「とりあえず、先に再起動だな」
俺は魔産エンジンの静脈にあたる部分に手を当て、機構の内側にある刻印へと意識を集中させる。
すると直ぐに魔産エンジンが動きだした。
しかし、なんとなく産出されている魔力の桁が低いように感じた。
いや低いというより、産出する魔力が徐々に上がっていっている感じで、最終的にはダンジョン内と同じぐらいになった。
「考えられる理由は一つだな」
ダンジョン内には魔力となる元が溢れているから、魔産エンジンが魔力を作り出し始めたら直ぐに最大量を生むことができる。
しかしダンジョンの外では魔力の元が乏しいか存在しないから、魔産エンジンは自身が生みだした魔力を種に更に魔力を生むことを繰り返すことで最大量に至れる。
そう考えれば、ダンジョン内ではスキル二回分で、ダンジョンの外ではスキル一回分で、魔産エンジンが停止する理由に説明がつく。
ダンジョン内では、スキルを一度使用しても、すぐに魔力の元を取り込んで再生産が始まるので、魔産エンジンは動き続けることができる。
しかしダンジョンの外では、スキルを一度使用してしまうと、魔産エンジンが魔力の元をすぐに取り込めずに止まってしまう。
この考察は証拠もない妄想の類だが、あながち間違っていないと感じる。
「とりあえず、再稼働させさせてしまえば、魔産エンジンの魔力でスキルが一度は使用できると分かったわけだ」
手間は少しかかるものの、これで自宅で次元収納スキルが使えるようになった。
それならと、俺は次元収納からあるものを取り出すことにした。
それは、今日魔石を見つけるためにモンスターと戦い続けたことで手に入れた、炎牛のレアドロップ品――炎牛のローストビーフだ。
まな板の上に乗せたローストビーフは、スーパーで見かけるものと違い、人の子供の胴体と同じぐらいの大きさと太さのある塊肉だ。
包丁を取り出して、とりあえず薄切りにしようとしたところ、対して研いでいない安物の包丁だというのに、するりと刃が入って切り分けることができた。
「肉が柔らかい。あまりにも柔らかい……」
俺は切り分けた肉を指で摘まみ、口の中へ。
するとまるで出汁を固めて作られていたんじゃないかと思うほど、口の中に肉汁が溢れると同時に肉の繊維が解けていく。
歯で噛む必要を感じさせないまま、牛肉特有の美味さを口の中に残した状態で、ローストビーフは胃の中に落ちていった。
「はふぅ。これはもしかすると、厚切りでもいけるんじゃないか」
俺は包丁を持ち直すと、欲張りって、拳一つ分の厚みでローストビーフを切り分ける。
もちろん、この状態のまま齧り付くわけにはいかないので、口に入る大きさに切り分けていく。
切り分けた肉の一つを、俺は指で摘まんで口に運んだ。
すると先ほどの薄切り状態では感じられなかった、歯で噛んで楽しむことが出来ることに気付く。
歯で一噛みするたびに、口から出そうになるほどの肉汁が溢れ、俺の舌と脳に恍惚な感情を与えてれる。
その美味さは噛む度に天井知らずに上っていき、その美味さを堪能するために再び肉を口に運ぶことを繰り返してしまう。
この美味さは危険だと思いつつ、切り分けた分の肉を食べきる手を止められなかった。
「これ以上はダメだ。次元収納に入れてしまおう」
このままいくと、腹がはちきれるまで食べてしまうだろうと感じて、俺は意志の力を総動員して次元収納に残りの炎牛ローストビーフを入れることにした。
「ふうっ。味見だけのつもりだったのに、結構食べてしまった……」
胃にある確かな重みを感じつつ、視線は飲みかけのコーラとビニール袋の中にあるコンビニのおにぎりへ。
コーラはこれから入るシャワー上がりに飲み切ってしまって、おにぎりは明日の朝食にすることにしよう。
俺は食休みを挟んでから、シャワーへと向かうことにした。