百七十話 魔力産出エンジン
第十一階層の中層域に入り込み、もう数日が経過した。
罠がある関係で進みが遅いが、ようやく四匹一組でモンスターが現れる区画まで来ることができるようになった。
そして、この区画で隠し部屋を一つ見つけた。
壁際の天井にある隠しスイッチを押したら入れる隠し部屋は、十畳ほどの空間と宝箱が一つあった。
宝箱の中身は、人間の顔程の巨大な魔石だった。この魔石は、魔槌の進化するために砕いた。でも未だ魔石の量が足りないらしく、魔槌は進化しなかった。
ともあれ隠し部屋を見つけたからには、ガードゴーレムの通常ドロップ品の謎機械を分解して、中身を調べることに部屋を使うことにした。
「リベット止めだから、ドリルで接合部を削らないといけないんだよな」
この日がいつ来ても良いように、既にインパクトドリルとポータブル電源は次元収納にある。
おれはドリルと電源を準備すると、ドリルの刃で謎機械のリベットを削り取っていった。
心臓の形を模している機械なので、左右と心房心室との四つに分解できた。
その四つのそれぞれの中を確認すると、特に何かが中に入っているというものではなかった。
残念に思うと同時に、何か変だという気持ちも抱いた。
「これがエンジンに相当するものなら、動力を生みだす何かがあって然るべきなんだけどな」
エンジンなら、爆発力でピストンを動かすことで、動力を生む。
この謎機械が魔力を生む装置であるのは間違いないので、魔力を生むに足る何かの仕掛けがあるべきだ。
しかし様々な方向から中身を見てみたが、そんな仕掛けがあるようには思えなかった。
「うーん……。あっ、もしかして」
俺は四つのパーツを、一つ次元収納に入れて、効果判定を使ってみた。
すると入れたパーツ――左心室にあたるもの――に含まれた効果を見ることができた。
「魔力を属性を添加して送る、か。じゃあ他のパーツは」
右心房が魔力を発生させ、右心室が魔力を増幅させ、左心房は魔力を調整する。そう効果判定で出た。
つまり、右側が基本的に魔力を作り出し、左側が魔力の調整を担っているようだ。
このパーツ事の効果を見れば、どこが一番重要化が分かる。
「右心房が動けば、他も連鎖的に動き始めるはずだな」
俺は右心房のパーツだけを次元収納から取り出して、より詳しく観察することにした。
パーツの内側を覗くことになるとは思ってなかったので、懐中電灯の類の用意がない。
だから俺は、天井から降る光を上手いことパーツの中に当てながら、中を精査していく。
そうしてようやく気づいたが、大静脈にあたる部分の造形の奥に、刻印らしきものがあることに気付いた。
奥まった場所にあるため、その刻印がどんな形かはハッキリしないが、この刻印こそが魔力を生む鍵だろうと直感した。
そして刻印が鍵だと分かった瞬間に、刻印の発動の仕方も何となくわかった。
「要は、この刻印のある部分に意識を集中しないといけなかったわけだ」
効果付きの魔具と同じような方法で意識を集中すること自体はしていたが、それは謎機械の全体に対してだった。
だから刻印のある場所に集中しないといけないと使えないなんてことは、他の探索者や研究者たちも、盲点で分からなかったんだろうな。
俺は分解した謎機械を次元収納に仕舞うと、別の謎機械を取り出した。ガードゴーレムなんて、もう何度となく倒しているので、謎機械の在庫は十分にある。分解した者を組み直すよりも、新しいものを出した方が早い。
俺は新しい謎機械の大静脈部分に手を当て、その大静脈に刻まれているはずの刻印がある位置に定めて、戦意を込める。
すると謎機械は、模した形の心臓よろしく、ブルりと大きく一度震えた。
その直後、左心室の出口に当たる部分から、高い圧力を感じるようになった。恐らくこの圧力が、謎機械が生みだした魔力なんだろう。
俺は試しにと、生み出されている魔力のあたりに手を入れてみた。
風呂の湯に手を差し入れたような、それよりは少し弱めの、周囲から押し込まれるような圧力がある。
あると思っていないと気付けない程度の弱さだが、確かな存在感がある。
俺は、この魔力が何かに使えないかと考えて、思いつきで基礎魔法を使ってみることにした。
「魔力球」
俺が魔力に差し入れている手で魔力球を生みだした瞬間、謎機械が生みだす魔力が魔力球に吸われていき、魔力球の大きさが一回り増えた。
その状態で発射された魔力球は、隠し部屋の壁に当たり、明らかに威力が上がっている音を立てた。
「おおー。魔法の威力を上げられるのか。それは凄い――が使い道がなぁ」
謎機械は、ゴーレムがドロップするだけあって、中型バイクのエンジンぐらいに大きい。これほど大きいと、次元収納以外だと、抱えて運ぶしかない。
そんな大きい物体を抱えて、モンスターと戦うなんて、俺には無理だ。
「定点攻撃型の魔法使いなら、やり様はあるんだろうけど」
火魔法スキルを得た萌園のように、魔法スキルは基本的に次元収納スキルからの派生であると目されている。つまり魔法を使える探索者は、押し並べて次元収納が使える。
次元収納に魔力を生む謎機械を入れておき、モンスターとの戦いが始まったら、謎機械を出して魔力を作り、その作った魔力で強化した魔法でモンスターと戦う。
そういう戦い方もできるんだろうけど、その戦い様を思い浮かべると、間抜けに感じてしまう。
「これがもっと小型ならな――って、小型化したのが、あの杖ってことじゃないか?」
俺は次元収納から杖を取り出す。この杖はオーガ戦士の戦利品である、戦意を込めると火魔法を発射するもの。
この杖の仕組みを予想するに、戦意を与えると魔力を生み、その魔力を火魔法に変換して打ち出すというもののはずだ。
つまり、謎機械と同じ仕組みが、この杖の中にも作られているだろうということ。
違う点は、謎機械が延々と魔力を生んでいるのに対し、杖の場合は戦意一回につき魔法一発という点。
たぶん、謎機械は生みだした一部の魔力を次に魔力を生むことに利用していて、杖は生みだした魔力を一度で全て使い切るのが、動きの違いになっているんだろうな。
「そう考えると、この謎機械は効果付きの魔具の原型ってことになるのか?」
少し疑問は残るが、それは俺が考えるべき部分じゃない。
俺は試しに、一度大静脈から手を離してみた。
謎機械が生みだした魔力の一部を稼働に使っているのなら、一度動きだしてしまえば、俺が戦意を与える必要はないはずだからだ。
果たして結果はというと、俺の予想通りに謎機械は延々と魔力を生みだし続けている。
「謎機械じゃ味気ないし、魔力産出エンジン――短縮して、魔産エンジンってことにしようか」
別に誰に語るわけじゃないので、安直なネーミングに済ませよう。
この魔産エンジン。一度次元収納に入れてから取り出しても、魔力を作り出し続けている。
一度動きだせば、延々と動き続けるのか。動きを止める方法があるのか。
その点を確かめるため、俺はもう一度魔力を放出している大動脈にあたる部分に手を差し入れて、魔力球を発射してみた。
再び魔力球は魔産エンジンの魔力を吸い込んで大型化し、壁に衝突して消える。
この魔力球が魔力を吸い込んだ瞬間、明らかに魔産エンジンが放出する魔力が一気に減った。そして減った状態が徐々に回復して、一分ほどして元の放出量に戻った。
もしかしてと考えて、俺は魔力球を二連射してみた。
すると、一発目と二発目を比べると、二発目の方が明らかに魔力球が小さくなっていた。
加えて、魔産エンジンが稼働し続けるための魔力も二発目が奪い取ってしまったのか、魔産エンジンは魔力を作り出す事を止めてしまった。そしていくら時間を置いても、再稼働はしなかった。
「ある一定の出力以上を使っちゃうと、エンジンが止まってしまうわけか。でもそうなったら、もう一度刻印に戦意を注げば、再稼働は可能と」
俺が戦意を与えると、直ぐに魔産エンジンは再稼働した。
そしてこの現象から考えるにと、もう一度魔産エンジンを調べると、魔力を放出する大動脈にあたる部分にツマミが存在していることに気付いた。
そのツマミを捻ると、一瞬だけ魔力の圧力が増したものの、それから直ぐに魔産エンジンの活動が停止になった。
「魔力を完全に放出する弁があって、それがエンジン停止スイッチ代わりになっているわけだ」
上手く作られていると思う一方で、魔産エンジンを上手く使えないかを考える。
「作り出してくれる魔力を利用すれば、ダンジョンの外でもスキルが使えるか? スキルが外でも使えるのなら、その効果は魔石と同じだ。なら魔産エンジンが生みだす魔力に武器を漬けて置けば、魔武器になるか?」
新しい疑問が浮かぶが、俺が利用すべき使い道は考え付いた中では一つだけ。
「自宅に設置すれば、自宅内で次元収納スキルが使えるようになるか?」
幸いなことに、魔産エンジンは普通のエンジンと違って爆音を発するわけじゃない。むしろ刻印に戦意を入れた際に震える以外には、物音を立てることはない。
なら自宅に置いて使用しても、騒音で周囲から苦情がくることはないはずだ。
「となると、魔力を生んでいる状態の魔産エンジンを次元収納に入れても、その魔力を使えるのかの検証が必要だ。もし使えないようなら、自宅で次元収納から魔産エンジンを取り出すために、スキルを使うための魔石が一つ要るな」
先ほど宝箱にあった魔石を使ってしまったことを悔やみながら、モンスターがごく稀に落とす魔石か、通路の奥にある宝箱から出ることを狙って、俺はダンジョン探索を再開することにした。