百六十七話 探索完了と特別待遇
正直言って、罠の存在がある以外は、今までやってきた未探索通路の解明と同じ作業なので、特段の何かがあるわけでもない。
俺は順調に未探索通路を一つずつ調べていき、見つけた宝箱や隠し部屋からお宝を回収していく。
宝箱に罠があるかないかについては、通路の上に置かれている宝箱はありとなしが半々で、隠し部屋の中にある宝箱には罠が一切なかった。
第十一階層浅層域を全て見回って、発見できた宝箱の数は十二個――中々に多かった。
その十二個のうち、罠があったり隠し部屋にあったりした宝箱は、七つ。通路に置かれて罠がなかった宝箱は五つ。
七つの方の内訳は、雷が出る効果が付いた短剣、宝箱に満杯の金貨と銀貨、欠損回復ポーション、病気治しポーション、リジェネレイトと同じ効果の丸薬、手首から肘までの大きさの宝石が幾つもついた黄金の籠手。
五つの方は、良く効くポーション二つ、片手に収まる袋に入った金貨、効果なしの直剣、大粒のルビーがついた黄金の指輪、金属製の上半身鎧。
どうやら罠があったり隠し部屋にあったりする宝箱の方が、良い物が入っている確率が高いようだ。
「俺がこれらを役所に売りに出したら、オーガ戦士を突破した探索者の中で、十一階層の宝箱を漁る専門の人とか出てきそうだな」
罠アリの宝箱うち、俺でも売却金額が予想できそうなのは、宝箱一杯に入った金貨と銀貨だ。
恐らくだけど、この金貨銀貨を売り払うだけで、一千万円を超える収入があるだろう。
それと同じ価値を生む罠アリの宝箱は七つ――単純計算で、全て回収すれば七千万円の儲けになる。
以前に下の階層で、宝箱の中身は一週間ほどで復活していた。
この法則が十一階層にも当てはまるのなら、毎週七千万円手に入り、一ヶ月なら二億八千万円の儲けとなる。
もちろん、市場原理の法則を考えたら、十一階層の宝箱の中身を売れば売るだけ、売却益は下がっていくだろう。
でも短期的に三億円近い金額が毎月手に入るのなら、宝箱の中身を漁ることだけをやる人が出てきても変じゃないだろう。
「仮に宝箱の中身の復活が、一ヶ月に一回、半年に一回や、一年に一回でも、収入としては十二分だろうしな」
むしろ一年に一度、ちょろっと十一階層を巡るだけで、七千万円の収入を得られるなら、その他の時間を自由に使える。
ダンジョンに稼ぎに来ているひとなら、やらない理由がない好条件の労働だろう。
もちろん、十一階層を安全に行き来でき、罠アリの宝箱を確実に開けられる技量がないといけないけどな。
俺は浅層域の未探索通路を全て調べ終えると、十一階層の出入口に戻り、魔法の地図を広げる。
スマホのアプリを起動し、十一階層の地図を呼び出すと、魔法の地図に描かれた道を参考に、未探索だった部分を地図に書き入れていく。もちろん、通路上の罠のある場所と、宝箱の位置も書き入れる。宝箱の罠については、もしかしたら有り無しが入れ替わる可能性があるので、どの宝箱にも罠があるかもとだけ書き入れることにした。
そうして十一階層の浅層域の地図が完成したところで、次元収納からリアカーを出し、モンスタードロップ品と宝箱の中身を荷台に乗せる。宝箱の中身のうち、ポーションと丸薬は全部次元収納に入れたままにした。
なにせ不用意に売り払うと、前に売った病気治しポーションみたいに数十億で売れて、今以上に悪目立ちをする危険性がある。
将来に不老長寿の秘薬を手に入れた際、それを奪われる可能性を下げる意味でも、以前の病気治しポーションはたまたま手に入ったというスタンスでいる方が安全だろうという判断で、ポーションの類は売らないことに決めた。
その代わりじゃないけど、ドロップ品の中には、今まで放出を控えていた、レアドロップ品もある。
蜘蛛軍曹は、ガラス付きの木枠に入った蜘蛛軍曹の標本。これが三つ。
骨蝙蝠は、骨蝙蝠の翼と頭部を利用して作られた、頭骨の両眼窩には小さい宝石がはめられている、ボーンネックレス。これは二つ。
回転草は、ピスタチオみたいな種。次元収納の効果判定によると、食べると一時的な身体能力の上昇効果があるらしい。ただし種の色によって効果が違い、茶色は腕力、緑色は脚力、白色は思考能力が向上するようだ。他にも色があるかもしれないが、俺が取得できたのは、この三色が一つずつだけだ。
回転草の種は売るかどうか迷ったが、俺に必要とは思えないので、効果を教えて研究用として売り払うことに決めた。どうして効果が分かったかは、実際に自分で食べて確かめたことにしよう。
そう決めて、俺は東京ダンジョンの外へ出て、役所の買い取り窓口へ。
宝箱のお宝、レアドロップ品、通常ドロップ品の順番で売り払っていく。
宝箱の宝と蜘蛛軍曹の標本とボーンネックレスは、海外勢も参加できるオークションへ。回転草の種は効果の説明を沿えて、日本の研究機関へ。
オークションは売却代が決定するのに時間がかかるので、種と通常ドロップ品だけが今日の収入だ。
十一階層の浅層域の解明を続けてきた今までドロップ品を売ってきた感覚からすると、今日の収入は十万円ほどだろう。
正直、十一階層の浅層域とは思えない売却代だ。九階層でドロップ品を回収して回った方が稼げるからな。
まあ、俺の銀行口座にはサラリーマンの年収を越える金額が入っているし、その内の十億円ぐらいを投資信託用の口座に突っ込んで手堅い銘柄での運用を任せているので、稼ぎを気にする必要はないけどな。
さてドロップ品の売却も終えたしと窓口から立ち去ろうとして、職員に呼び止められた。
「あのー、小田原様。これらのドロップ品を売ってくださるということは、やっぱり十一階層に踏み入っているのですよね?」
丁寧な問いかけに、俺はイキリ探索者を装って返答する。
「あ゛っ? 俺が十一階層に入って、なにか悪いって言いたいのか、おおんッ?」
「いえ、そうではなくてですね。十一階層に立ち入れる探索者は一流として扱われますので、上役からVIP待遇をするよう通達がありまして」
「ほほう、VIP待遇ねえ」
特別扱いを喜ぶ振りをしながら、提案を受けるか考える。
とりあえず、その待遇の中身を聞かなければ、判断がつかないな。
「んで、そのVIP待遇とやらは、どんな感じだ?」
「職員の一人が専門として対応する形になります。ドロップ品の売却についても、別室でお待たせすることなく対処いたしますし、装備品についての都合も政府の伝手から優遇させていただきます。その他、探索者として政府へのご意見がございましたら、間違いなくお伝えすることをお約束いたします」
かなり至れり尽くせりな待遇のようだ。
政府としては、日本の象徴たる方が住まう皇居の前にある東京ダンジョンは、一刻も早く消し去って欲しいところ。この考えは、天皇制を強く支持している、大戦前から続く名家や富豪も同様だろう。
だから、その目的を果たすためなら、優秀な探索者に便宜を図るぐらい、どうってことないんだろうな。
そんな優遇措置に対する、俺の返答は決まっている。
そもそも、俺は不老長寿の秘薬が手に入ったら、すっぱりと探索者を辞める気でいる。
けど政府や名家から優遇措置を受け入れたら、勝手に辞めと揉めそうに感じる。
そんな未来を防ぐためにも、俺は『誰かの下に付くことを嫌がるイキリ探索者』を装うことにした。
「ウゼエ。俺はドロップ品や宝箱の中身を売って金を得る。そんで、お前らは金を払う。それ以上の関係なんて望んじゃいねえんだよ。どうせ特別扱いしているんだから、インタビューとか受けろとか言ってくんだろ。俺のやることに干渉して来ようとすんな、ボケが」
「えっ!? で、でもその、色々と優遇措置が」
「俺の格好を見りゃ分かんだろ。装備品は自前で揃えてる。政府の伝手なんぞ要らねえんだよ。税金を安くしてくれんのか。もしそうであっても、エリートサラリーマンの生涯年収と同等の金さえ手元に残れば、あとは余剰だ。その余剰から金を取られたところで、痛くも痒くもねえ。なら、俺が優遇措置とやらを受け入れる理由が、どこにある」
徹底的に拒否する姿勢で言い放つと、職員は仕方ないといった表情のあとでビジネススマイルになる。
「小田原様のお心積もり、拝聴いたしました。これ以上のご提案は致しません」
「ああ、そうしてくれ。俺は勝手にやる。これからもな」
自分のハンドルは自分で握るという態度で、俺は受付から離れた。
俺が役所の出入口へ向かう中、周囲から他の探索者たちの視線が来る。
その視線の多くは、特別待遇を拒否するなんて、貰えるものは貰っておけよ、馬鹿な奴といった、蔑みのもの。
そして俺は、こういう馬鹿な真似をする探索者に近づこうとする人はいないだろうと、他者を寄せ付けないという目的を果たせていることに、内心で大変に満足していた。