百六十五話 罠のある階層
俺がやることは変わっていないが、ダンジョンの通路には罠という変化がある。
その罠のお陰で、俺は未探索通路の解明に支障が出ていた。
「隠し部屋のスイッチじゃないと分かっていても、押してみないことには確かめられないしな」
俺は面倒だなと思いつつ、まず空間魔法の空間把握を使用する。
その効果で周囲の状況――とりわけ、他の人が居ないかを把握する。この空間把握は、取り立てて何かを発する様が見える訳じゃないので、使用したところで空間魔法スキルがバレる心配はない。
周囲に誰もいないと分かったのなら、隠しスイッチのある場所へ向けて、基礎魔法の魔力球を放つ。
全力で投げたドッチボールぐらいの速さで魔力球が飛び、床にあった隠しスイッチを押す。
次の瞬間、人ひとり分が落ちるぐらいの穴が、そのスイッチのあった場所で開いた。
やっぱり罠だったなと思いつつ、俺は穴に近づいて中を覗き込む。もしかしたら、落とし穴に偽装した隠し部屋の可能性も残っているからだ。
しかして穴はというと、深さは大人の胸程までしかないが、底には足裏から膝までの長さの尖った針が数本突き出ていた。
この落とし穴に落ちたら、あの針で足が貫かれるという設計のようだ。
針の数が少ないのは、第十一階層が罠が出始めた階層だから手心を加えているのか、それとも針と針の間に足がきて運よく怪我しなくても良いと考えてのことか。
「どちらにせよ、落ちたら怪我は免れないよな」
ここまでに見つけた罠も、どちらかというと、殺すためというよりも痛手を負わせる類のものばかりだった。
例えば、壁にある隠しスイッチを押すと、トウガラシと思わしき赤い粉末が噴霧する罠や、ピンポン玉ほどの鉄球が大人の胸元あたりの位置を狙って射出する罠があった。床の隠しスイッチは、落とし穴や、地面から跳ね上げられた板が顔面の位置を狙ってきた。天井のスイッチは、水が落ちてきた。
それらの罠は、少し工夫すれば、人を殺傷できるものに直ぐ変えられそうなものだ。
トウガラシを毒の粉にしたり、鉄球を矢にしたり、落とし穴の底にモンスターを潜ませたり、板の代わりに地雷にしたり、水の代わりに酸にすれば、十二分に人を殺せるだろう。
しかしそうしていないのには、何かしらのダンジョン側の理由がありそうな予感がした。
「人を殺すことが、ダンジョンの目的じゃないってことか? むしろ人がダンジョンを行き来できる技能を付けさせようとしている?」
そう考えると、色々と納得できる部分がある。
まずは、初期にスキルを選んで取得できる点。
ダンジョンが人を殺そうとしているのなら、最初にスキルを配布するなんて真似はしないはずだ。
次に、次の階層への順路にはモンスターが一匹ずついるのに、そこから外れると二匹、三匹と連れ立って現れる点。
ダンジョンが人が階層攻略をすることを拒否しているのなら、むしろ順路にこそ多くのモンスターを配置するべきだろう。
そして、順路から外れた通路の奥の方に、宝箱が配置されていること。
もしダンジョンが人を殺そうと考えているのなら、もっと人が来易い場所に宝箱を置いて、まんまとやってきた人たちをモンスターで刈り取る方が楽だ。事実、ダンジョンが現れて二年になるのに未探索通路が大量にあるのは、俺のような奇特な目的がある人物ぐらいしか、通路の奥まで行って宝箱を空けようとしてこなかったからだ。
そうして事実からの推測を列挙してみると、やっぱりダンジョンは人を殺して排除するための機構ではなく、別の目的があって出来たものなんじゃないだろうか。
「ま、俺には関係ないか。俺としては不老長寿の秘薬さえ手に入ったらいいんだし」
俺はダンジョンに対する考察を切り上げると、通路の奥への道行きを再開させた。
第十一階層浅層域のモンスターは、丸まった蔓草の回転草、骨の体なのに謎に空に浮かんでいる骨蝙蝠、そして某エイリアン映画の顔面に貼りついてくるアレに似た色と大きさになったアシダカグモな蜘蛛軍曹だ。
これら三種のモンスターに共通している点は、ダンジョンの罠を発動させないような設計になっている点だ。
回転草は、その軽い質量で、罠のスイッチを踏み込めないので罠が発動しない。骨蝙蝠は、そもそも飛び続けているので、罠を踏むことはない。蜘蛛軍曹は、ちゃんとした質量があるものの、仮に罠のスイッチを足の一本で踏んだとしても、他の七つの脚で体重を分散することでスイッチを押し込まないで済んでいる。
つまり、この三種のモンスターと罠のある場所で戦うと、人間側だけが罠を踏むことになるわけだ。
モンスター側は自由に動けるのはズルいと思うが、その罠のある分だけ探索者に負担かがかかるからか、モンスターは十一階層という場所にしては弱い感じがあるので、釣り合いは取っているんだろう。
「ラノベにあるダンジョンマスターもののように、本当にダンジョンを作った存在がいそうだな」
なんて予想を零したところで、モンスターと会敵する。
どうやら二匹一組の場所に入っていたようで、蜘蛛軍曹と骨蝙蝠の組み合わせだ。
この二匹でどちらをより注意するべきかは、やっぱり蜘蛛軍曹の方だ。
蜘蛛軍曹は、アシダカグモを巨大化したような見た目から推測できるように、めちゃめちゃ素早く移動してくる。それこそ会敵したと思った次の瞬間には、すでに手の届く距離に近づかれているぐらいにだ。
「だけど、見えない速さではない!」
そして蜘蛛軍曹が狙ってくるのは、必ずと言って良いほど、人間の喉元だ。
急所を狙ってくる点は脅威ではあるが、一直線に進んできた上に飛びかかってくる先が分かるのなら、防御することは可能だ。
例えば、喉元の前に腕や剣などの障害物を掲げておくだけでも、蜘蛛軍曹の跳びかかりに対処できる。
俺の場合は、魔槌のヘッド部分を置いておけば、勝手にぶつかってダメージを負ってくれるので楽ができる。
俺は、掲げた魔槌から跳びかかってきた蜘蛛軍曹に当たった重さを感じた瞬間、柄を振るって大きく蜘蛛軍曹を弾き飛ばした。
蜘蛛軍曹は自分で出した速度と、魔槌のヘッドの硬さと、俺が武器を振るうのに使った腕力によって、外殻の一部が拉げる被害を受けながら後方へと殴り飛ばされた。
そのダメージによって混乱したのか、蜘蛛軍曹は弾き飛ばされた先で身動きを止める。
俺は動かない蜘蛛軍曹に近づいて、魔槌のヘッドで叩き潰した。
蜘蛛軍曹は薄黒い煙に変わって、通常ドロップ品である剥き身のタラバガニの脚――に似た姿形と味の蜘蛛の足八本セットを落とした。見た目からわかる通り、可食できるドロップ品だ。
俺は蜘蛛足を次元収納に入れると、次にヒラヒラと飛んでいる骨蝙蝠に近寄る。
この骨蝙蝠の攻撃方法は、ヒラヒラと飛びながら攻撃の機会を伺い、翼を畳んで急降下しながら敵の身体に牙を突き立てる。
その噛みつきがどの程度の威力かは、俺は噛まれたことがないのでわからないが、十一階層のモンスターという点を考えると生半な防具なら貫通できるぐらいの噛力はありそうだ。
俺は骨蝙蝠の動きを見ながら、片手を突き出す。
「基礎魔法、魔力球」
俺の突き出した手の平から魔力の球が発射され、天井近くを飛び舞っていた骨蝙蝠へ。
骨蝙蝠は接近する魔力球に対し、翼を大きく振るって、ひらりと避けてみせた。そして攻撃を失敗した俺をあざ笑うように、ヒラヒラと舞ってみせてくる。
その動きにイラッと来るものがあったが、しかし俺が魔力球を放ったのは攻撃とは別の目的だ。
魔力球は俺が狙った通りに、骨蝙蝠のやや後ろの上方の天井にあった隠しスイッチを押した。
罠が発動し、天井からバスタブ一杯分ほどの水が一気に落ちてきた。
その水は、ヒラヒラと舞っていた骨蝙蝠に当たり、水の重量によって骨蝙蝠を地面に叩きつけた。
骨蝙蝠は地面に落ちてすぐに起き上がったが、普通の蝙蝠と同じく地面から即座に飛ぶ能力はないようで、ワタワタとした動きで壁へと向かって這い始める。恐らく壁伝いに天井に戻って、そこから再び飛ぶんだろうな。
しかし再び飛ぶのを待つ理由もないので、俺は魔槌で骨蝙蝠を粉砕した。
骨蝙蝠のドロップ品は、通常の骨蝙蝠の牙。次元収納の効果判定によると、弱い病気が牙についているらしい。
どんな病気なのか気になるところだが、身をもって体験するわけにもいかないので、大人しく次元収納の中に入れたままにしておく。




