百六十四話 第十一階層
第十階層から第十一階層へ。
出入口のある場所へと、俺は降り立った。
周囲を見回し、他の階層と見た目に違いがないことを確認しようとして、違和感に襲われた。
探索者が居ないのは、十階層のオーガ戦士が強敵なので越えられる人が少ないからなので、いいとする。
それよりなにより問題なのは、今までの階層では隠し部屋の開閉にしか使われていなかった、通路や部屋の中にある隠しスイッチの存在だ。
「あからさまに通路の真ん中にあるってことは、隠し部屋のスイッチじゃないな」
分かり切っていることを口にしてから、俺はどうするべきかを考える。
とりあえず、スマホのアプリで東京ダンジョンの十一階層のマップを見ることから始めることにした。
俺がいる場所は、十一階層に入ってすぐの場所。つまりは、十二階層への順路の只中だ。
あのスイッチが懸念しているものなら、地図の上に何らかの印が付いているはず。
俺のその見解は当たっていて、アプリの地図で通路の真ん中にある隠しスイッチの場所には、『罠』を示す印がついていた。
「十一階層からは罠が出るとは知っていたけど」
実際に見ると、これは面倒だなと、思ってしまう。
これから先、モンスターだけでなく、罠の存在まで気にしないといけない。
むしろ、単身でダンジョンに入っている俺としては、罠を食らって動けなくなることが一番拙い。
そう考えると、治癒方術が次元収納の次に覚えられたのは、大きなアドバンテージだ。
罠を食らっても怪我を治せるし、仮に毒などであった場合でも治せるからだ。
「でも、即死罠って可能性もあるからなぁ……」
極力罠を踏まないよう気を付けないと、うっかりと死にかねない。
俺は通路の真ん中にある罠を踏まないよう気を付けながら越えて、その先へと進んでいく。
そうして歩いていく中で気付いたが、そんなに頻繁に罠が置いてある感じでもないようだった。
大まかに、五十メートルから百メートルぐらいの頻度で、床や壁なんかに隠しスイッチが一つあるだけ。
だから罠の心配を殊更にする必要はなさそうだった。
しかし問題もある。
それは、隠しスイッチが隠し部屋を開くためのものなのか、それとも罠なのかの判別がつかない点だ。
加えて、これは俺の予想だが――
「――宝箱にも罠があるのがありそうなんだよなぁ」
十階層を超えるような探索者は、目的をダンジョンの攻略にしている人が殆どだ。
ダンジョンの通路を奥まで探索して宝箱を得ようという探索者は、これまでの階層以上に少なくなる。
そのため十階層以降で宝箱に何が入っていたかの情報は、とても少ない。
宝箱に罠があるかないかの情報すらないほどに、少ない。
だから俺は、十一階層以降の宝箱に可能性を感じている。
誰も見つけていない不老長寿の秘薬が、宝箱の中に眠っているんじゃないかってな。
「なんて考えている間に、モンスターと会敵したわけだが」
現れたモンスターは、見た目だけなら、西部映画に出てくるような丸っこい草。たしか、ダンブルウィードとかいう名前の植物。
それが地面を転がりながら近づいてくる。
オーガ戦士を突破して入った十一階層のモンスターにしては、あまりにも弱そうな見た目だ。
思わず警戒を解きそうになるが、気を引き締めて丸草のモンスターを観察し直す。
それで分かったが、このモンスターの体は多量の蔓草が絡みついて球になっていて、その蔓には長い棘がびっしりと付いている。
ぶつかりでもしたら、あの鋭くて長い棘なら素肌を貫通しそうだ。
「でも、所詮は草だしな」
回転しながら近づいてくる草のモンスターに対して、俺は魔槌を振るって打撃した。
その瞬間、俺は妙な手ごたえを感じた。
打撃力を吸収されるような、空気が抜けてへこんだゴムボールをバットで叩いたような、そんな明らかに打撃が通用していない手応えがあった。
どうやら回転する草の絡み合った草の厚みが、こちらの打撃を吸収してしまうようだ。恐らく斬撃も、草の厚みによって、ある程度の回数なら防御しきることが可能だろう。
それらの特性から考えるに、この回転草のモンスターは、防御力に特化したモンスターというわけだ。
道理で、攻撃手段が蔓の棘だけだという貧弱さなわけだ。
「んで、草なら燃やすのが定番だが」
次元収納から赤スライムの粘液を出してかけるのもありだが、折角魔槌を使っているのだから特殊効果を使わない手はない。
俺は魔槌を二十回空振りさせて、ジェットバーナーに火を入れる。
そして、その状態になった魔槌を、回転草へと叩き込んだ。
回転草は、バーナーによって推進する魔槌の攻撃を、その草の厚みで受け止めた。だが直後に起こった魔槌のヘッドが起こした爆発によって、バラバラになった。
バラバラに散った回転草が、薄黒い煙に変わっていく。
その光景を見ながら、俺は少し反省していた。
「爆破すればこうなるって、ちょっと考えれば分かったよな」
俺のボディースーツの前面には、爆殺された回転草から跳び出した棘が幾つも突き刺さっている。その棘も、回転草が薄黒い煙に変わったのに合わせて、同じように薄黒い煙に変化した。
俺は棘が刺さったいた部分を確かめると、そこには毛穴ほどに小さな穴が開いていた。
どうやら棘は突き刺さったものの、先端部だけしか刺さらなかったようだ。
「流石は岩珍工房の制作物。防御力はちゃんとあるみたいだな」
俺はホッと安心しつつ、次から回転草をどうやって倒すべきかを考えながら、第十一階層の浅層域の通路の奥へと向けて歩き出した。