百六十一話 焼肉としゃぶしゃぶを食べながら
オーガ戦士と戦い終えた後、十一層の出入口から東京ダンジョンの外へと出ると、今日は役所に行かないことにした。
トレントを単独で突破したときも騒がれたんだ。オーガ戦士を倒したとなったら、また騒がれるに違いない。
オーガ戦士との戦いで精神的な疲れのある俺には、その手の騒動に対処するだけの心の余裕がない。
だから俺は一人で打ち上げするため、東京駅近くの高級焼き肉店に行くことにした。
ネット上の口コミで探索者も快く入店を許してくれるという店だけあって、頭骨兜を被った俺が店内に入っても、店員は嫌な顔一つせずに席に案内してくれた。
四人かけのテーブルが一つある個室の中に入り、俺はメニュー表を見て、適当に美味しそうな肉としゃぶしゃぶ一人前を頼んだ。
そして料理が来るまでの間、俺はオーガ戦士を倒した直後のことについて考えることにした。
「一番気になったのは、一気にアナウンスが来たことだよな」
今まで、あんなに一度に沢山のアナウンスが起こったことはなかった。
では、どうして起こり得ないことが起こったのか。
ゲーム的な考えでいくなら、幾つかの候補が思い浮かぶ。
「実績の解除か、もしくは階層突破かだな」
実績の解除とは、ゲームでキャラクターの行動によって、ゲーム内の制限が解除されたり功績が付与されるアレだ。
ゲームによっては、実績を解除すると特殊な技能やアイテムが貰えることがある。
オーガ戦士を倒すという実績を解除したことで、スキルのレベルが一気に上がったり、メイスが魔石を使わないのに進化したり下と考えれば道理に合う。
もう一つの可能性としては、オーガ戦士を倒したことで第十階層を突破したと判定され、それがスキルのレベルアップとメイスの進化に繋がったという考え方だ。
こちらもゲーム的にはあり得る話だ。
例えば、とある中ボスを倒した後に町売りの武器防具が更新されているなんてことは、ゲームにはよくある仕組みだからな。
つまりオーガ戦士を倒したことで、スキルのレベルアップ先が生まれたと考えられるわけだ。
どちらもあり得る考えではあるが、俺は実績解除型なんじゃないかと思っている。
「階層突破型だったら、俺には十階層突破でようやく候補がでたのに、萌園が五階層未満で火魔法を得たことに理由がつかないからな」
半ば実績解除型だと確信はするが、それはそれで問題だ。
なにせ実績というものは、ゲームですら解除条件が分からないことが多い。ましてや現実のダンジョンともなれば、どんな行動が実績になるかなんて予想すらできない。
「そう考えると、最初にスキルを三つの内から一つ選ぶことも、実績の解除の一つなんだろうな」
身体強化、気配察知、次元収納のスキル。
そのどれを選ぶかで、違った実績が解除される。そして解除された実績によって、その先の更なる実績の解除条件に繋がっている。
そう考えれば、俺や萌園が次元収納スキルを選んだことで、片や基礎魔法、片や火魔法という魔法スキルを得ることができたことに説明がつく。
この考えが正しいとするのなら、スキルの巻物の正しい使い方は、最初に選んだスキル以外の二つを取ることなんじゃないだろうか。
三つのスキルを入手すれば、最初に得られる実績の全てが開放され、無限の可能性が生まれるんじゃないだろうか。
ダンジョンの仕組みについてアレコレ考えている間に、頼んだ料理がやってきた。
テーブル中央にあるロースターで焼くための、色々な部位の肉が五皿。そして小型のIHコンロと、その上に乗せられたしゃぶしゃぶの鍋に、鍋に入れる用の肉と野菜たち。
「ごゆっくりどうぞ」
店員が一礼して去っていたので、俺はさっそく焼肉としゃぶしゃぶを楽しむことにした。
ちなみに、今の俺の姿は頭骨兜を被った状態のままだ。
実はこの兜、装着者が口を動かすと、兜の口元部分も動く設計になっている。そしてダンジョンの外なのに、眼窩と口の奥にある黒い空間はそのまま存在している。
であるなら、いまこそ頭骨兜を被ったまま食事ができるかどうかを試すのに絶好の機会なわけだ。
もしかしたら、黒い空間に阻まれて食事ができないかもしれない。
そんな懸念を持ちつつ、俺はロースターで焼いた肉を箸で掴むと、開けた口へと運んだ。
頭骨兜の顎は、俺の口の開閉に合わせて広がる。その広げた口の中に箸を進めていくと、やがて俺の口の中に焼けた肉の味が来た。つまり箸と肉は、頭骨兜の口の奥に広がる黒い空間を突破したことになる。
「むぐむぐ。単に、装着者の顔を分からなくするだけの能力ってことかな」
装着したまま食えることが分かったので、俺はパクパクと他の肉やしゃぶしゃぶを口に運んでいく。
腹具合を見ながら、店員を呼んで追加の肉を頼んだ。
店員は、俺が兜を付けたままパクパクと料理を食べている姿に驚いた様子だったが、高級店の店員らしく直ぐに接客用の笑顔に戻って注文を取って去っていった。
そして少しすると、さっき頼んだのとは別の店員が他の店員一名と共に、頼んだ料理を運んできた。
俺が追加で頼んだ品数は、そんなに多くないので、店員二人が運んでくる量じゃない。
恐らく、個室に変な客がいると知った店員が、他の店員に見てこいよと言ったんだろう。
まあ、こんな特異な見た目の装備を着た探索者が居たら、見に行きたい気持ちはわかる、そして店員たちの態度も、彼らの思惑がなんであれ、ちゃんと接客に相応しいもの。
なので俺は、食事に集中している風を装って、何も言わないことにした。
店員たちが去り、追加の肉をロースターで焼いていると、ふと気付いたことがあった。店員についてではなく、頭骨兜についてのことでだ。
「熱くも煙たくも感じないな?」
ロースターに焼かれた肉から立ち上る、薄い灰色の煙。
ロースター自体が備えている吸引力と、天井から下がっているダクトに吸い取られることによって、その煙は個室に充満することはない。
それでも、俺が身を乗り出しながらロースターで肉を焼いているからには、煙が顔にかかることはある。
その際、普通はロースターの熱気と立ち上がる煙で、熱くて煙たいと感じるものだ。
しかし頭骨兜を被っている俺の顔には、その熱気と煙を感じていない。
試しにロースターの上に頭を持って行き、直に立ち上がる煙に頭を突っ込んでみたが、やっぱり熱くも煙たくもなかった。
頭骨兜は視界が良く通っているし、口元は開閉できて肉まで食える。それなのに煙が兜の中に入ってきている様子は完全にない。
どうしてそうなるかの理由を考えると、答えは一つだけだろう。
「頭骨兜の眼窩と口元に広がる黒い空間は、装着者の害になりそうなものを遮断する働きがあるんだろう」
肉が口元の黒い空間を突破できることを考えると、遮断できるのは質量的に軽いものに限定されるんだろうな。
香辛料の目つぶしなんかは通さないが、目を狙って放たれた鏃は通過する。そんな塩梅なんじゃないだろうか。
「外からの熱も遮断できているってことは、兜の内側が熱くなりにくいってことだろうから、なかなかに使える兜だな」
俺は頭骨兜をつるりと撫でてから、焼肉としゃぶしゃぶを食べることに集中し直すことにした。