十六話 高収入
次元収納がレベルアップし、容量が増えた。
その容量、元の八倍だ。
いきなりの大容量アップに、上がり過ぎじゃないかと感じたが、よくよく考えてみると変なことではなかった。
次元収納を箱だと考えると、縦横奥行きの幅を倍にすると、元の容量の八倍の大きさになるからだ。
つまり順当に『次元収納LV2』と言える能力になっているわけだ。
ちなみに、この理屈で次元収納がレベルアップするのなら、LV3では元の二十七倍、LV4では元の六十四倍となる。
いや、もしかしたらLV3はLV2の、LV4はLV3の縦横奥行き倍になるかもしれない。
そうなったら、加速度的に容量が爆増することになる。
「元が登山リュック一つ分と考えると、いまのLV2でも大概だけどな」
元の八倍量ということは、リュック八個分ということであり、つまりは八人分の物資を一人で運搬できるということだ。
探索者たちの多くが十人未満で組んでいることを考えると、一人でパーティーの荷物を預かることが出来る計算だ。
飲食物は現実世界からダンジョンに持ち込む必要がある事を考えると、ダンジョンの奥へ行くパーティーであればあるほど有能なスキルであることは間違いないだろう。
「それなのに不遇スキル扱いなのは、次元収納の容量増加した際の情報が少ないことが示す通りに、レベルアップまで探索者を続けた人がいなかったからだろうな」
未だダンジョンが現れて二年しか経過していない。
そういった初期期の状況だと、ゲーム的に考えると、即効性のある能力が重宝される。
例えば、攻撃力や防御力が高い武器防具だったり、使用条件が簡単なスキルだったり、効果が単純な回復アイテムだったりが、有り難がられる。
能力が高いけどデメリット付きの武器防具や、限定条件で最強なスキルや、ステータスブーストアイテムなんかは、攻略法が考察されてきた後から重宝がられる。
次元収納のスキルは、容量の増え方からも分かるように、明らかに大器晩成タイプ。
スタートダッシュが大事な初期では、顧みられにくくても仕方がないといえる。
だが大器晩成のタイプであればあるほど、現在活動中の探索者で唯一と言っていいはずの、次元収納スキル持ちの俺は、後の活躍が期待できる。
「俺の目標は、不老長寿の秘薬を手に入れること。未だに確認されていないってことは、早熟型のスキルだと辿り着けない場所にあるってことのはずだ」
俺は俺の目的のために、オリジナルチャートを突き進む決意を再び固めた。
「ともあれ、まずは次のレベルアップだ。次は新スキルが手に入るといいな」
次元収納が進化すると、どんなスキルに成るのかも気になるが、やっぱり戦いに使える新スキルが欲しい。
そのためには、モンスターを倒し続けることが必用だ。副次効果で、ドロップ品売却で収入があるしな。
メイスを振り回し、モンスターを倒して回った。
良い時間になり、来た道を引き返しつつ、更にモンスターを倒していく。
そうして、他の探索者の影が見え始めたところで、メイスは次元収納に入れた。大量のモンスタードロップが入ったままだが、レベルアップで容量が増えたことで、メイスを入れることが出来ている。
他の探索者たちと合流し、その後ろに続いて歩く。
この探索者たちは、先日の人たちと違って、俺にモンスターを擦り付けたりせず、自分たちで倒しながら先導してくれている。
しかし、この浅い層に出るモンスターのドロップ品は眼中にないのか、放置して先へ行ってしまう。
拾って売れば小金になるため、俺は遠慮なく、その放置されたドロップ品を回収する。
イキリ探索者っぽさを演出するため、「へへっ、儲けた儲けた」と小声で言いつつほくそ笑むことも忘れない。
もし先導する探索者たちが、後で返せと言ってきたら、ゴネにゴネてから返すことにしよう。その方が、結局はドロップ品を渡すのかよ、って小物感が出るだろうしな。
そうこうしている間に、ダンジョンの出入口に着いた。
結局、先導してくれていた探索者たちは、俺にドロップ品を返せとは言ってこないまま、迷宮の外へと出ていった。
では有り難くもらっておくことにしよう。
俺は次元収納から三つのレジ袋を取り出し、それぞれに粘土、革と卑金球、レアドロップ品と分けて入れていく。
レアドロップ品は、イボガエルの舌が二つと、コボルドナイフが一つ、そして小指の爪の先ほどの魔石が一つ。どれも一度に三匹のモンスターが現れる、あの通路で出てきたものだ。
もしかしたら、二匹の通路よりも、三匹の通路の方がレアドロップが出やすいのかもしれないな。
その三つのレジ袋を持って、ダンジョンの外へ。
旧皇居外苑に戻ったところで、早速探索者用の役所へ。
ドロップ品の買い取り窓口でレジ袋三つを渡すと、中身を見た職員は驚きもせずに整理券を渡してきた。
俺は若干拍子抜けを感じつつ、椅子に座って順番を待ってから、出金窓口へ。
今回の収入は、約十万円にもなった。
内訳を聞いてみると、通常ドロップ品が合計で約一万円、イボガエルの舌が二つで一万円、コボルドナイフが二万円、小さな魔石が五万円だった。
小指の爪の先ほどの魔石が、五万円で売れることに、ちょっと驚く。
でも、魔石は次世代エネルギーとして期待される物質である上に、武器や防具を魔具にすることにも使えるため、需要が高い。
むしろ五万円という価格は、順当どころか少し安い値付けのように感じられる。
イキリ探索者を装うとして、ここは魔石の値付けが少ないことをゴネるべきか、それとも約十万円という大金を手にして喜ぶ場面か。
俺は少し考えてから、トレーに乗っているお金を掴むと、ツナギのポケットの中に急いで突っ込むことにした。
「うっし、今日はこれで豪遊でもすっかな!」
俺はウキウキとした足取りを演じながら、役所の外へと出ていく。
そして東京駅で電車に乗り、自宅の最寄り駅で下り、すぐ駅近くの銀行で自分の口座に十万円を全額入金した。
「運が良かったとしても、一度にこれだけ稼げるんなら、探索者の成りてが事欠かないのは当然だな」
一日で十万円稼げると言うことは、単純計算で一年で三千六百五十万円を稼げるポテンシャルがあるということ。
これは浅い層での稼ぎなので、ダンジョンの奥へ行けば、得られるであろう金額は上がるはずだ。
「多少休みを入れたとしても、年収一千万円はかたい。これは、就職することが馬鹿らしいと思う人が探索者になる流れができているな」
会社員時代の俺でも、年収は一千万円もなかった。
モンスターと戦うという危険はあるが、この収入を得られると考えれば、悪くない働き口だろう。
「俺としては不老長寿の秘薬を手にするまでしか、探索者は続ける気はないけどな」
やはり命懸けでモンスターと戦うのはリスクが大きい。
不老長寿の秘薬という、普通の生活を送っていては手に入らないものを手に入れるためだからこそ、俺はダンジョンに挑んでいる。
金儲けを考えるのなら、多少給料が安かろうと、命の危険がない真っ当な仕事をする方がいい。
なにせ命は、どんなに大金を積んだところで、買い直すことはできないんだからな。
「でも今日は大金がはいったことだし、ちょっと良い夕食にしようかな」
俺は駅近くの洋菓子店でショートケーキを、スーパーで高クオリティーの冷凍食品を幾つか買うと、自宅で小さな晩餐を開いて楽しむことにしたのだった。