百五十七話 オーガ戦士・序盤戦
俺の番が来た。
第十階層へ続く黒い渦の中へと入る。
というか、あのバインダー持ちの探索者。ずっとあの場所に居続けているけど、本当に第十階層の入場チェックを仕事にしているのか?
そんな疑問も持ちつつ、俺は第十階層へと足を踏み入れた。
「へぇ。石造りの闘技場とは、粋な計らいなだな」
ローマのコロッセオを思い起こす作りの、円形闘技場。
中央にある舞台へと歩みを進ませつつ、周囲を見回す。
周囲をぐるりと囲む壁には、俺が入ってきた場所を含めて十個ほど等間隔に並んだ、複数ある舞台への入場口がある。その壁の向こう側の上方には、観客席が作られている。その観客席の末端から更に上には、ドーム状に天井が覆いとなっている。その天井が光を放ち、闘技場の中を昼日向のような明るさにしている。
そして俺が進む先には、一段高く作られた舞台があり、中央部には中ボスのオーガ戦士の姿があった。
舞台に上ってから、オーガ戦士を改めて観察する。
普通のオーガを一回り大きくし、さらに筋肉を増量した体格。額にある二本の角の後ろから頭を覆っている、革製の半兜。厳つい造りの顔に、緑色の線で形作られた戦化粧。胴体と肩を覆う分厚い革鎧。腰には剣帯を兼ねた革の覆いがあり、腰の左右に幅広の剣身がある直剣を一本ずつ帯びている。
威風堂々といった佇まいで強者の余裕を表現している、まさに鬼の戦士といった感じだ。
俺とオーガ戦士の距離は、大体十メートルほどある。剣やメイスの間合いには遠いが、基礎魔法は当てられる距離だ。
先制攻撃で基礎魔法を叩き込んでもいいのだけど、ゲーム的な考えだと、それをやるとオーガ戦士が逆上して手が付けられない状態になるのが鉄板だ。
ここは大人しく、オーガ戦士の動きを待ってから、俺の行動を決めるべきだろうな。
俺がそう考えながら待っていると、オーガ戦士が右手を上げて、一度大きく前へと振った。
攻撃ではない行動。どういう意味かと待っていると、オーガ戦士の背後にあった入場口から、赤鬼が一匹出てきた。
その赤鬼は、入場口から現れるや、急に走り出した。そして舞台へと一気に上がってくると、その勢いのまま、俺に突撃してくる。
「熱烈歓迎ってか!」
俺はメイスを構え、そして鬼が接近してきた瞬間、こちらの攻撃が先に届くようにメイスを振った。
メイスの十字架ヘッドが鬼の頭を粉砕し、鬼は薄黒い煙に変わって消える。だが、ドロップ品は現れなかった。
「呼び出した眷属のドロップがないのは、ゲームのお約束ではあるけど、そこは都合よく落としてくれても良かったんだがな」
メイスで殴りつけた感触から、あの鬼は第七階層に現れたのと同じものだと確信する。
そして俺が鬼を瞬殺したところで、オーガ戦士は新たな動きを始めた。
左右の腰にある幅広の剣を、それぞれ左右の手で握って引き抜いたのだ。
その構えが意味することに、俺の口からは乾いた笑いが出そうになる。
「おいおい。その剣って、人間なら両手持ちで扱うタイプだぞ。それを片手ずつの二刀流形式で扱うってのかよ」
俺の吐き出した愚痴を行程するように、オーガ戦士が前に出て来る。
その歩みはゆっくりとしたものだが、その体躯と直剣二本の威圧感は半端じゃない。
思わず怖気づきそうになる。
だが、俺は単独の探索者なので、自分一人で突破しなければいけない相手。
なら怯えている場合じゃないと、胸の内に勇気を奮い立たせる。
「悪いが、最初から全力で行かせてもらうぜ。まずは、治癒方術のリジェネレイト。そして、基礎魔法の魔力弾だ!」
リジェネレイトという怪我への保険で心の安定を、魔力弾という遠距離攻撃で戦いの主導権を得る作戦だ。
俺は左手の五指を揃えてオーガ戦士へ向け、その五本の指の先から魔力弾を一斉射させた。
五発の魔力の弾丸の狙いは、オーガ戦士の頭から胸元にかけて。
狙いは違わず、発射軌道は命中を辿っている。
しかしオーガ戦士も中ボスだけあり、魔力弾を掲げた剣の腹で受け止めようとしている。
魔力弾が命中。五発中、三発が剣に当たり、一発が逸れて外れ、一発がオーガ戦士の革鎧の胸元に当たった。
魔力弾を食らった剣の部分に、若干の歪み。革鎧も命中箇所が若干抉れている。
だが、オーガ戦士の被害はそれだけで終わってしまった。
こうして俺の初撃が終わったところで、オーガ戦士は悠然とした歩みを止めて急に走り出した。
オリンピック級の短距離陸上選手顔負けの速度に、俺は面食らいながら、もう一度魔力弾を一斉射する準備に入る。
「魔力弾!」
今度は顔ではなく、腹部を狙っての五連射。目的は、魔力弾の着弾の威力で、少しでもオーガ戦士の突進速度を送らせるため。
その俺の目的は成功し、オーガ戦士の腹部に五発の弾丸が当たり、オーガの走る速度はオリンピック級から高校生級にまで落ちた。
しかしそれは、オーガ戦士が魔力弾を腹に食らってでも、左右の手に握る剣による俺への攻撃を優先した結果でもある。
「脳筋戦法は止めてくれ!」
俺はメイスを掲げて防御態勢になり、そしてオーガ戦士の剣撃を食らう直前に、軽くジャンプする。
オーガ戦士が振るった左右の剣を、俺はメイスのヘッドと柄で受け止める。そして、その威力に押される形で、後方へと吹っ飛ばされた。
もちろん、直前でジャンプしていたことからわかるように、これは距離を取るために俺があえて吹っ飛ばされただけ。
俺はちゃんと着地し、次の行動に支障がないようにしている。
さあ、オーガ戦士の次の行動はと確認すると、オーガ戦士は俺に背中を向けて舞台の中央に戻っていく。
どういうことかと首を傾げてみて、俺がいま立っている場所が舞台の外であることに気付く。
「もしかして、舞台上から出た探索者は追撃しないのか?」
それなら舞台の外から遠距離攻撃をすれば――と考えて、そんな真似は許さないだろうなという確信を得る。
多分だけど、舞台中央で待機状態のオーガ戦士を攻撃してしまうと、この舞台から出た人を襲わないという縛りはなくなる。
そして、この事実がいままでネットに公開されていなったのは、この十階層へ挑むような探索者の大部分がパーティーを組んでいるからだろうと結論付けた。
舞台上に仲間が残っているのなら、他の仲間が助けようと舞台に上らざるを得ないし、出入口へ逃げ帰る際には追撃の有る無しなんて気にしている余裕はないだろうしな。
「もう一つの可能性は、追撃しないのはオーガ戦士だけで、追加で現れる鬼の方は普通に攻撃してくるってこともあり得るよな」
俺は追撃がないことに一息入れつつ、舞台に舞い戻る。
俺がメイスを構えると、再びオーガ戦士が攻撃を仕掛けてきた。
俺は舞台上を円を描くように走り逃げつつ、魔力弾を放ち続けていく。そしてオーガ戦士が魔力弾を食らいながらも接近して攻撃してきた瞬間、メイスで防御してあえて吹っ飛ばされることでオーガ戦士から距離を取る。そして逃げ続けながら魔力弾を放つ。そんな行動を繰り返していく。
こんな行動だけで勝てると思っているほど、俺はお目出度い頭をしていない。
これは単なる時間稼ぎ。
俺がオーガ戦士の動きを見極め、そして反撃に繋がる作戦を思いつくまでの、観察と考察のための時間を稼ぐ行動だ。
そしてオーガ戦士の攻撃を二度食らっただけで、反撃の糸口は掴みかけている。
「さあ、もっと見せてもらうぞ。お前の攻撃パターンをな!」
敵の行動を把握し、その行動の中にあるスキを突く。
一狩り行く協力ゲーや、死に覚えの侍アクションでよくやる、あの要領だ。
だけど現実には死んでもコンティニューがないので、いのちだいじにの心構えで、一つ一つオーガ戦士の行動を把握していくことに腐心した。