百五十五話 宝箱の中身は
東京ダンジョンに入るための列に並びつつ、俺はスマホで自分の銀行口座の預金額を確かめる。
日本円の方は昨日とあまり差がないが、外貨の方には三千万アメリカドルが入金されている。
俺は今日と昨日の円ドル為替をネットで調べ、スクショを取る。そしてスマホアプリの電卓で、日本円に変換して、その金額に目にした瞬間に目をつぶった。
現実を直視したくない。
こんな金額を持っていると知られたら、色々な方面から厄介事がやってくること請け合いだ。
一等前後賞六億円で、見も知らない親戚が大勢出てくるという。
それを考えると、三十億円以上なら、墓場の下から祖先が蘇って来ても変じゃない。死者が復活するのではなく、死んだ人の名前を騙ってでも騙そうとする人が出てくるという意味でだ。
しかしながら、病気を治すだけのポーションで、三十億円を超えるわけだ。
なら、俺が手に入れようとしている不老長寿の秘薬の場合は、どれだけの金額になるんだろうな。
下手したら、先進国の国家予算ぐらいの金額になってしまうんじゃないだろうか。
その可能性を考えると、やっぱり俺が単独でダンジョンに挑んでいるのは正解だな。
数千億円もの大金を提示されたら、俺を殺してでも不老長寿の秘薬を手にしようとするだろう。見も知らない探索者はもとより、苦楽を共にしてきた仲間であろうとだ。
少なくとも俺は、他の人が不老長寿の秘薬を手にしているのを見たら、『ころしてでもうばいとる』を選ばないとは言えないしな。
「とにもかくにも、第九階層深層域の未探索通路を調べ終えるのが先決だな」
俺はガイコツヘルメットの内側で呟きつつ、東京ダンジョンの中に入った。
第九階層深層域。その未探索通路の踏破と解明は、順調に進んでいる。
五匹一組で出るモンスターたちの連係は危険度が高いが、俺は徐々に戦い慣れてきたこともあり、危なげなく倒せるようになってきた。
狙い目はキラーマンティス。攻撃力全振りで防御力が紙なモンスターなので、左右の鎌の攻撃さえ避ける実力があるのなら、強撃一発で倒しきることが出来る。
キラーマンティスを倒して数を減らせば、それだけモンスターたちからの圧力が減る。圧力が減れば俺はより戦いやすくなり、モンスターを打倒するスピードが上がるわけだからな。
モンスターたちをバシバシと倒し、次元収納へとドロップ品をポンポンと入れて進む。
このドロップ品も、中々に良い値段で売れる。
リビングナイトのドロップ品の金貨だけでも、一匹倒す毎に数枚でるので、一日倒し回ると百万円近い収入になる。
キラーマンティスの足肉も一つにつき高級カニ一匹と同じぐらいの値段で買い取ってくれるので、倒し回れば一日で数十万円になる。
ホブゴブリンの革盾だけは、盾から剥ぎ取った革を岩珍工房に送りつけているので、収入にはならない。しかし、将来に岩珍工房で新しい防具を作る際に割引されることを考えると、金額以外の意味で直接的に一番良い収入と言えるかもしれない。
各モンスターたちのレアドロップ品である武器も、外国向けのオークションに出せば、一つ数十万円で売れる。
海外では、日本の日本刀のような手作りの武器というのが、個人的な趣味で作られるものしか残ってなかった。その手造りの武器も、基本的には既存の鋼材を用いた機械打ちだったので、タタラ吹き玉鋼かつ全工程を手で行った日本刀に比べると、モンスターへの攻撃力が弱かった。
そして岩珍工房でもそうだったように、少しでも上手な手製の武器防具には注文が殺到しているため、外国の探索者がマシな手製の武器を入手することは大変に難しくなっている状況だという。
だから俺がオークションで売り払う、ダンジョンでドロップした武器は、ちゃんとモンスターに攻撃が通じる貴重な武器として需要があるのだそうだ。
ちなみに、どうして俺が海外の事情を知っているかというと、武器をオークションで落札した人のお礼状に書いてあったからだ。イタリア語だったので翻訳ソフトのお世話になったけどな。
ともあれ、俺は未探索通路の解明のついでに金が稼げるし、海外の探索者は武器を購入できるしで、win―winな状況であるわけだな。
ドロップ品のことのついでに、第九階層深層域の宝箱の中身について分かったことがある。
それは明らかに、中身が良くなっているということ。
今までも、同じ階層でも奥へ行くほど、そして層を越える度に、宝箱の中身は良くなっていた。
しかしそれは、同じ物の数が多くなったり、品質が少し向上した似た物が入っていただけ。
だけど第九階層深層域の宝箱からは、確実に新しい種類の物が入っている。
病気治しポーションもそうだが、他に俺が見つけたもので言うと、毒消しポーション、軽度の欠損を回復させるポーション、銃の魔武器や、効果付きの魔法の杖なんかもあった。
欠損回復ポーションは、役所に売り払うと騒動を呼び込みそうだったので、自分で使った。
俺が五体無事なので、明確に欠損していた部分はない。それでも、虫歯治療で空けられた穴が元に戻り、不必要になった歯の詰め物が歯から取れた。あとは、視力が幼少期の頃と同じぐらいに戻ったり、肌に艶が出たり、髪が微量増えたりしたぐらいが、顕著に実感できた効果だな。
銃の魔武器は、ウッドストックの片手用小型のフリントロック銃。海賊映画に出てきた、あんな感じ。
使い方は、この武器を手にした瞬間に何となくわかり、意識を込めて撃鉄を起こすと魔力が銃身に装填され、引き金を引くと魔力の弾が銃口から発射される仕組み。
つまり、この銃は基礎魔法の魔力弾を発射するだけのものだ。
魔法の杖の方は、意識を込めながら振ると、火の矢が出てきて飛んだ。こちらは火魔法と同じ感じだろう。
片や基礎魔法、片や火魔法を発動させる武器。
俺や魔女っ娘な萌園には、あまり必要のない武器ではある。
「これがゲームなら、この手の武器を使って経験値を溜めることで、基礎魔法や火魔法を覚えることが出来るってのが定番だけど」
俺も萌園も、次元収納スキルを選んだから、基礎魔法ないしは火魔法を覚えられた。これは間違いのない事実だ。
でも、身体強化や気配察知スキルを選んでも、これらの武器を使えば、魔法系のスキルを得られるとしたら、また探索者業界に激震が走ることになるだろうな。
その未来を想像すると面白みは感じたが、混乱の元であることは変わりないので、銃と杖の魔武器はひとまず次元収納の中に死蔵することに決めた。
放出するタイミングは、探索者たちが頑張っても超えられていない、東京ダンジョンの十五階層に、俺が到着したときだ。
そこまで至れば、俺も攻略の最前線に入ることになるから、基礎魔法や火魔法を身体強化スキル持ちが得ても、不利はなくなるだろうしな。
そんな決め事をしながら、第九階層の未探索通路の解明を薦めていき、冬に入る直前の頃に作業を終えることができた。