百五十一話 早々と深層域
第九階層の深層域。
つい先日に第八階層を突破したと思ったのに、もう第九階層の深層域だ。
それもこれも、十階層の中ボスを突破できない探索者たちが、九階層に集まっているからだ。
そして深層域には、中ボスを突破しようと頑張る人達が集まっている。
そのハズなのに、アプリの地図上にある未探索通路の領域が、中層域のときよりも広い感じだった。
順当に考えるのなら、十層の中ボスを倒すために実力をつけるのなら、深層域のモンスターを倒して回るべきだ。そしてモンスターを探し回るからには、未探索な部分の通路にまで入り込むことが多くなるはず。
しかしながら、現実はそうではないらしい。
なぜ理屈と現実が合わないかというと、それは深層域に出るモンスターの手強さの所為のようだ。
その理由を証明するかのように、九階層から十階層への順路上にて、探索者パーティーが一匹のモンスターと戦っている。
「置き盾は壊れても構わない! だから確りと防いでくれ!」
「やってる! だが、何発も持たないんだぞ!」
探索者たちは、喧々囂々にがなり立てながらの言い合いをしながら、モンスター――人間の背丈を越える大きさのカマキリであるキラーマンティスと戦闘していた。
体をスッポリと隠せる大きさで隙間のないスノコのような置き盾を持ち運ぶ二人が、キラーマンティスの正面に陣取って、左右の鎌の攻撃を防ぐ。
攻撃を防いでいる間に、他の面々が刀で斬り込んで、キラーマンティスに手傷を負わせていっている。
しかしながら、キラーマンティスの鎌が一振りされる度に、置き盾の表面から多くの木くずが飛ぶ。あの調子で削られると、十発も防いだら盾が壊れそうだ。
そんな両者の戦い方を見ていればわかるが、どうやら深層域のモンスターは、十階層を突破できない人たちには手強すぎるようだ。
そして手強すぎるから、深層域の通路の奥――モンスターが複数匹で現れる場所には踏み込もうとしないんだろうな。
俺は、自分がキラーマンティスと戦うのならどうするかを、探索者たちが戦う様子を見ながら考える。
キラーマンティスの攻撃は、左右の手にある鎌と、頭での噛みつきだ。
俺がメイスで攻略するなら、手鎌をメイスの強撃で破壊し、唯一残った攻撃手段である噛みつきを誘発させる。噛みつこうと頭を近づけたところで、メイスで頭を潰してやればいい。虫の魔物は頭を潰してもなかなか死なないと聞くけど、鎌と頭という攻撃かのうな部分を奪っているので、死ななかったとしても危険性はなくなるはずだ。
そんな想像を頭の中で組み立てている間に、探索者たちは戦闘に勝利していた。
キラーマンティスのドロップ品は、キラーマンティスの脚の六本セット。
どうして脚がドロップ品なんだろうと初めて知った人は思うだろうが、これは食料品――つまりカニの脚のように、殻を剝いて食べるものなのだ。
ちなみにマンティスの脚は、可食部分だけでも人間の片腕ぐらいの大きさがあり、そして味は濃厚なカニの味。
そんな食いでと味とで、カニの地位を脅かしている、恐るべき食品である。
美味しい食品だけあって、キラーマンティスを倒した探索者たちは、急いでマンティスの脚を回収してバックパックに入れている。
俺は彼らの横を通り過ぎ、深層域の通路の奥へと向かって歩くことにした。
移動を開始して少しすると、また別の探索者パーティーを見かけた。
戦っている相手は、骨の馬の上に乗っている、全身鎧のモンスター。リビングアーマーの上位種だと目されている、リビングナイトだ。
骨馬の上から馬上剣で攻撃してくる、リビングナイト。骨馬も前足を振り上げたり、後ろ脚で蹴ったりと、暴れている。
一方で探索者たちは、リビングナイトの周囲を取り囲むように布陣して、各々が刀を振るって攻撃している。
馬上剣が日本鎧の大袖に当たって傷をつけ、骨馬の後ろ蹴りが直撃して探索者の一人が吹っ飛ぶ。
しかし探索者たちは、剣を食らってもひるまずに反撃し、骨馬の蹴りを食らってもすぐに起き上がって攻撃を再開している。
そうした戦いぶりを見て、どうして探索者たちが囲っているのかの理由に考え至った。
リビングナイトの剣の攻撃は危険だが、日本鎧の防御力で対応できない程の強さがあるわけじゃない。骨馬の蹴りは厄介だが、肉がない骨だけの重量じゃ、探索者を一撃で昏倒させるほどの威力はない。
しかし、リビングナイトと骨馬が息を合わせた攻撃をしたら――走って勢いをつけて馬上剣を振るってきたら、鎧では防げない強力な攻撃になることは想像しやすい。
だから探索者たちは、弱い攻撃を受けることは前提として考え、リビングナイトを囲んで助走できないようにしているんだろう。
単独の俺では真似できない戦い方ではあるけど、数の理を活かした立派な戦法だと感心してしまう。
では俺なら、どう戦うのか。
昔からのことわざにある通り、将を倒さんとするのなら先に馬を倒すべき――先に骨馬の脚を折って行動不能にさせ、リビングナイトを馬上から落とす。そうすれば、後はメイスで金属鎧をベコベコにへこませてやればいい。
そんな風に戦い方を結論付けたが、まだリビングナイトと探索者たちの戦いは続いている。
戦い終わるまで待っているのも暇なので、俺は彼らの戦いを邪魔しない位置取りで、戦いの現場の横をを通り抜けることにした。
俺は後ろに聞こえる戦いの音を聞きつつ、未探索の通路がある奥へと歩いていく。
通路を進んでいくと、いままさにモンスターに止めを刺す瞬間の探索者パーティーに出くわした。
刀の刃を深々と入れられたのは、成人大の体格になったゴブリンこと、ホブゴブリン。左手に木の下地を革で覆った盾、右手に棍棒を持っている。
ホブゴブリンはかなり大暴れしたのだろうか、探索者の何人かが大袖の内の肩を押さえて痛がっている。しかし骨折までには至っていないようで、痛みを拡散させるための肩回しを行っている。
刀で刺されたホブゴブリンは薄黒い煙に変わり、そして革の盾を落とした。
それなりの防御力はありそうな盾だが、日本鎧には向いていないな。
俺の感想と同じことを思ったのか、探索者たちは盾を放置して別の場所へと向かって歩き始める。
俺は放置されている革盾を見て、岩珍工房にドロップ品の革を収め続けている関係から、そんな革を使っているかが気になった。
「おい! その盾、要らないなら貰っても良いよなあ!」
俺が大声で呼びかけると、探索者たちは鬱陶しいと言いたげな目を向けてきた後で「勝手にしろ」と言い捨てて去っていった。
許しが得られたので、遠慮なく革盾を拾わせてもらった。
拾って分かったが、この革盾に使われている革は中々に上質なものだ。
「オーク革に似た感触だけど、より上質なもののような?」
詳しくなんの革かは分からなかった。次元収納に入れても、簡易判定で出たのはホブゴブリンの盾というだけで、なんの革かまでは表されなかったしな。
「岩珍工房に送れば分かるかもな。その為には、下地の木と表面の革とを剥がさないといけないけど……」
面倒だから盾ごと送ってしまおうか。それともちゃんと分離してから革だけ送るべきだろうか。
岩珍工房に連絡して、どっちが良いか伺う方がいいよな。
俺は革盾の処遇について考えつつ、未探索通路がある方向へと歩くことを再開した。