百四十九話 中層域移動中
第九階層の中層域の中を進み、未探索通路を目指して歩く。
ここでも多くの探索者が入り込んでいるため、戦闘が行われている場面に出くわすことはあっても、俺が戦闘することは少ない。
しかしながら収穫が全くないかというと、そうでもない。
探索者の多くは、樹皮人がドロップする木の槍を穂先の宝石を取り外し、柄の部分は通路に捨てて立ち去っていく。浮遊武器のドロップ品である武器も、嵩張る大型のものは放置。エジプト服マミーのドロップ品である服も、服にある装飾品を外した後の布は捨てられる。
俺はそれらの部分を回収して、次元収納に入れていく。
このドロップ品集めだけでなく、エジプト服マミーの真価は他のモンスターと組んだときだということも、他の探索者たちの戦いから知ることができた。
なんとエジプト服マミーは、治癒方術を使えるモンスターだったのだ。
樹皮人や浮遊武器が傷つくと、エジプト服マミーが金の錫杖を振るう。その次の瞬間には、樹皮人や浮遊武器にあった傷が癒えてしまう。
傷が治る鍵がエジプト服マミーだと探索者たちは分かっているようで、多少強引にでも先にマミーを倒そうと突っ込んでいくパーティーが多かった。
しかしエジプト服マミー――治癒方術が使えるなら神官マミーの方が通りがいいな――は、錫杖で防御して戦い粘るという後衛の典型の動きをする。そうして時間を稼げば、味方のモンスターが救援に来てくれると理解している動きだった。
そんな探索者とモンスターの戦いを見ていて、俺はマミーが自身にも治癒方術をかければもっと粘れそうなのにと思った。だが、アンデッドに治癒方術は特攻なんだったと思い出し、意見を撤回した。
「回復役に回復手段がないから、そんなに強敵ってわけじゃなさそうだ」
俺は小さく感想を呟くと、戦い終えた探索者の横を通り抜けて、さらに奥の道へと進んでいく。
進みに進んで、やがて三匹一組の区域に入り、そして四匹一組の区域へと移動した。
ここまで来ると、他の探索者の数は目に見えて少なくなった。
しかし、他の階層では全くいなかった実情を思い返すと、この第九階層の中層域の奥で探索者を見かけることは異常だと言える。
「でも、人が少なくなったお陰で、俺が戦う番がようやく来た」
俺の視線の先には、浮遊武器二匹と樹皮人二匹という組み合わせのモンスターが存在していた。
俺がメイスを構えながら近づくと、樹皮人たちが前衛に立ち、浮遊武器は周囲を飛び回っての遊撃の体勢を取ってきた。
俺がどのモンスターと優先的に戦うかを考えていると、先に浮遊武器の攻撃がやってきた。
今回の浮遊武器は、カトラスと短剣。どちらも俺に向かって、空中を真っ直ぐに突き進んでくる。その勢いは、人の手による突き入れを思い起こさせる鋭さがある。
俺はメイスで、浮遊武器二匹を打ち払う。
ここで全力攻撃のカウンターを行い、浮遊武器を破壊するという考えもなくはなかった。けど、俺が浮遊武器を相手にし始めた直後、樹皮人たちが歩を進めて槍を突き出そうとしている姿が見えて、そちらの対処に余力を残すため打ち払うだけにとどめた。
そんな俺の用心のお陰で、樹皮人二匹が同時に突き出してきた槍二本を、難なく回避することができた。
「それにしても、厄介だな」
浮遊武器は攻撃の予兆が掴みにくいし、樹皮人は槍による突きだけは技量がある。
真面目に相手していたら、対応するだけで体力が削られ、疲れによる失着から怪我を負うことになりそうだ。
ここは少し強引に行くべきだなと、俺は意識を切り替える。
そして自分から、浮遊武器にメイスを叩き込みに向かった。
「おりゃあああああ!」
俺が放った力強い一撃によって、カトラスの浮遊武器は剣身を砕かれて薄黒い煙に変わった。ドロップ品は、何故か大鎌だった。
俺は足元に落ちた大鎌の柄を蹴りつけて飛ばすと、大鎌はぐるぐると回りながら地面を滑るように移動し、樹皮人の足元へ。
樹皮人たちは槍を地面へと突き出して、近づいてくる大鎌を穂先で受け止める。
そうして樹皮人が行動を消費してくれている間に、俺は短剣の浮遊武器へと打ち掛かっていた。
俺がメイスの攻撃すると、短剣の柄がバラバラに壊れた直後に薄黒い煙に変わった。出てきたのは、波打つ剣身が特徴のフランベルジュだった。
浮遊武器のドロップ品のランダム具合に面白みを感じつつ、俺は樹皮人への攻撃に移る。
そして二匹の樹皮人程度、今の俺の実力なら取るに足りない相手だ。
「さて、回収っと」
ドロップ品を回収しようとすると、一つレアドロップ品が出ていることに気付く。
それは樹皮人のレアドロップ品だと分かる、樹皮人の見た目そっくりの形をした十五センチほどの可動式のフィギュア。
俺はそれを手に取った直後、次元収納の中に死蔵していたある物を思い出した。
「そういえば、メタルマネキンの人形もあったな」
次元収納から取り出してみると、作り込みの造形の違いはあれど、樹皮人フィギュアとメタル人形とで稼働方式に相似がみられた。
ということはだ――
「やっぱり、この樹皮人フィギュアも、意識を集中すれば動かせるんだな」
ダンジョン限定とはいえ、自分の意思で人形が動くというのは、やっぱり面白い。
試しにと、右手の上にはメタル人形を、左手の上には樹皮人フィギュアを乗せた状態で、その両方を動かそうとしてみる。
「うぐぐぐぐ。なかなか、難しいな」
同じ動きを両方にさせることは簡単だったが、別々の動きにするのはとても難しい。
人形を別々に動かせたところで、特に何が成長するというわけでもないだろう。
だが、このちょっとだけ出来て、しかし完璧には出来ない、というのがいけない。全くできないのなら諦めがつくが、少し出来るのなら完璧に出来るんじゃないかという希望が見えてしまい、止めどころを失うからだ。
思わず人形操作に熱中しそうになるが、ここがダンジョン内であることを思い出して、心残りを押し込むように二体の人形を次元収納へと入れた。




