十五話 初収入&レベルアップ
鉄パイプとレジ袋をそれぞれ手に持って、東京ダンジョン近くにある役所に入る。
俺が役所に入った姿が物珍しいのか、周囲から視線が来る。
役所の中にいた探索者の中には、わざわざ俺の存在を仲間に教えるような人もいるようで、こちらを指で示しながら内緒話する人たちもいた。
そんな注目を浴びながら、俺はイキリ探索者を装うため大股で移動する。
モンスタードロップ品を買い取る窓口へ行き、カウンターにレジ袋を乗せた。
「買い取ってくれ」
端的に告げると、職員がビジネススマイルを向けてきた。
「確認しますね」
職員はレジ袋の口を広げて、中を見た。そして、イボガエルの革、ドグウの粘土、コボルドの卑金球が、無造作に突っ込まれている様子に、笑顔に陰りが生まれる。
「あのー。次からは、出来れば、せめて粘土は別の袋でお願いしたいんですが……」
もう分けなさそうに告げる職員に、俺は了承の位を示すため頷きかけ、イキリ探索者はそんな反応はしないなと途中で考え直す。
そこで俺は、頷く動きから顎を突き出すと、職員を睨むことにした。
「買い取れねえっていいたいのか、ああ!?」
しゃくれながら睨む俺の姿が滑稽なのだろう、職員が思わずと言った感じに顔を横向かせる。その肩が震えているのは、恐怖ではなく、笑いを堪えているからだろう。
「い、いえ、買い取りは、できます。ですが、粘土に他の物が入り込んだりしていて、査定に時間がかかるので」
笑いで震えそうになる声を押さえつけての説明に、俺は睨んでいる格好を止める。
「長々と待ってられないからな。早めに頼むぜ」
まるで職員の話を聞いていないような要望を出す俺に、職員は失笑しながら整理券を渡してきた。
「査定が終わりましたら出金窓口にて番号が呼ばれますので、少々お待ちください」
「おう、早くしてくれよ」
俺は窓口から離れて、椅子に座る。
さて、イキリ探索者は待ち時間になにをするだろうか。
スマホを弄るだろうか、別の探索者に絡みに行くだろうか。
そんなことを考えていると、自分の腕にあるドグウの手甲が目に入る。
そうだな。イキリ探索者なら、ダンジョンで手に入れた魔具を見せびらかすんじゃないだろうか。
俺はツナギの右袖を捲り、ドグウの手甲を周囲に晒す。その上で、左袖でドグウの手甲の表面を磨き始める。
この、さも良い物を手に入れただろうと自慢するような行動は、周囲の探索者たちから失笑を招くことに繋がった。
俺は、外面はなにも気づいてない調子だが、内心では探索者たちの反応はさもありなんと思っていた。
なにせドグウの手甲は、レアドロップの魔具ではあるが、浅い層にでるモンスターが落とすものでしかない。
性能的に言えば、手仕事で作られた剣道の籠手ぐらいの防御力しかない。
いわば市販品と変わらないぐらいの品を、これ見よがしに磨いているわけだ。
そういった事情を知る人からすれば、失笑ものの行動にしか映らないだろう。
俺は、思い描いた通りの反応を得て、より気分よく手甲を磨いていく。
そうこうしている間に、出金窓口で番号が呼ばれた。
整理券と引き換えに手渡されたのは、小銭を含めて五千円を若干超える程度のお金。
内訳表を見せてもらうと、ドグウの粘土が一個七百円、イボガエルの革が一個三百円、コボルドの卑金球に至っては一個二十円だった。
一日働いて五千円は、バイトをするより少し安いぐらいの収入だな。
俺は単独だから、この五千円が丸々懐に入ため、許容範囲内の収入だろう。
しかし複数人で組んでいる場合、その人数で割ることを考えると、物足りない収入だ。特に既存チャートに従って、日本刀や日本甲冑を購入した人からすれば、大赤字もいいところだろう。
なるほど、こういう実入りの部分においても、本気で探索者として身を立てたいと思っている人なら、さっさとダンジョンの奥へと行ってモンスターと戦ったほうが良いだろうな。
俺は一人で納得すると、イキリ探索者がやりそうだと考えて、五千円しか報酬がないことを窓口の職員にゴネてみることにした。
俺は探索者として初収入を得た翌日からも、浅い層でモンスターを倒すことを決めていた。
ちなみに鉄パイプは、格安アパートの部屋の中に、防犯グッズとして置いてある。
狙っていたレアドロップ――ドグウの手甲を入手したのに、どうして先へ行かないのかというと、まだ俺のスキルがレベルアップしていないからだ。
スキルのレベルアップとは、既存スキルが新たなスキルへ進化するか、既存スキルの能力が上がるか、新たなスキルを入手するかを指す。
俺が選んだ初期スキルは、次元収納。
このスキルを選んだ探索者は最初期以外だとほぼ居ないため、次元収納スキルがレベルアップするとどうなるかという情報は少ない。
唯一ある情報は、次元収納の容量がアップするという、既存スキルの能力が上がったものだけ。
進化したスキルへや、入手した新スキルの情報は、俺が探した限りだと全くなかった。
そして、この『全くない』という情報こそが、俺が次元収納スキルに未来を感じた部分だ。
そんな俺の直感が正しいことを証明するためにも、スキルのレベルアップを安全に行うために、浅い層のモンスターを倒し続ける必用があるわけだ。
「オラオラオラオラ! ぶっ壊れろ!」
昨日と同じ道を辿りながら、まだ周囲に他の探索者の影があるので、俺はイキリ探索者を装いつつ手甲でドグウを殴りつけて倒した。ドロップで出てきた粘土は、次元収納の中にポイ。
先へ進み、出くわしたコボルドには、その手にあるナイフを手甲で弾き飛ばしてから、殴り倒す。卑金球も次元収納へポイ。
更に先へ進み、ドグウ、ドグウ、コボルド&イボガエル、コボルド、ドグウ&イボガエル――ここで周囲に探索者の姿がなくなったので、魔具メイスを次元収納から取り出して使用し始め――コボルド&コボルド、ドグウ、イボガエルと倒していく。
そうこうしている間に、昨日は引き返すことにした、道の突き当りにある左への曲がり角へ到着した。
次元収納には余裕があるし、曲がり角の先へ行ってみるか。
俺は曲がり角を進み、さらに直進することにした。
すると、ここまでモンスターは一匹や二匹しか同時に出てこなかったのに、いきなり三匹連れ立って現れた。
「ドグウ三体か。ドロップ品が粘土で、他の二種類と比べて嵩張るから、あまり相手にしたくないんだよなぁ」
その嵩張る分だけ換金率も良いけど、やはり次元収納の容量の少なさが響いている。
ともあれ、このメイスを使えば、ドグウなどいくらいても瞬殺できる。
一匹につき一振りで、ドグウは黒い煙に変わり、粘土を落とした。
三つの粘土を次元収納へポイポイと入れると、直後に俺の脳内に声が響いた。
『次元収納の容量が上がった』
端的なアナウンスに、俺は肩を落とす。
「ハズレを引いたか。オリジナルチャートでは、ここで新スキルを入手する予定だったんだが、運が悪い」
ともあれ、スキルは成長した。
容量が増えたとはどの程度なのか、三匹一緒に現れるようになったから、ドロップ品で容量を埋めて検証するのには都合がいい。
モンスターを倒し続ければ、次のスキルのレベルアップも狙えるしな。
「さあ、張り切っていくとしようか」
俺はメイスを構え直すと、通路の先に見えた、イボガエル&イボガエル&コボルドの三匹一組を狙って駆け寄った。