百四十五話 第九階層
ネットを活用して有名どころの証券会社に口座を作り、手堅い運用というコースを選び、銀行口座の半分ほどを入金した。
雑なやり方だけど、遊び金が勿体ないという気分の問題なので、このぐらいの雑さで良い。
本気で金が欲しいのなら、ダンジョンでモンスターを沢山倒してドロップ品を得て売れば良いだけだしな。
こうして金関係の心の安定が成り、第九階層へ行く準備が整った。
というわけで、早速東京ダンジョンの第九階層へと赴いたわけだが、第六階層以降では見かけなかった、出入口に屯する探索者たちの姿があった。
珍しい光景に驚いていると、屯する探索者の一人が声をかけてきた。
「おい、お前。この階層に来た目的は、なんだ?」
唐突な質問に、俺はイキリ探索者っぽい演技で応えることにした。
「はあぁ? 行き成りなんだってんだ。目的? モンスターをぶっ殺すのが探索者の仕事だろがよ」
俺の言葉に、声をかけてきた探索者の顔が歪む。どうやら、こちらのことを常識のない奴だと思ってくれたようだ。
「金稼ぎがしたいなら、第八階層でやれ。この第九階層にいる連中は、十階層のボスモンスターを倒して先に進もうとしている奴らだ。その邪魔をするな」
「なんでそんなこと、テメエに指図されなきゃならねえんだよ。つーか、ぶっ殺すモンスターに、九階層や十階層の違いがある分けねえだろうがよ」
「……十階層のボスモンスターを倒したいと考えているのなら、九階層を好きに探索するといい」
探索者は、俺に『処置なし』といった態度を取った後で、彼の仲間らしき者たちのところへと去っていった。
ここまでのやり取りを聞いてか、屯する他の探索者たちからは俺に関わろうとはしないように決めた空気が流れている。
どうやら、俺に関わろうとしてこないよう、ちゃんと牽制できたようだ。
俺は、ヘルメットの内側で満足げな表情になっている自覚をしながら、第九階層の通路へと進み出た。
第九階層の通路を進みながら、俺はスマホの探索者用アプリの地図を呼び出してみた。
先ほどの探索者が語っていた、第九階層の探索者は第十階層を突破することを目的にした者たちばかりという内容。
その話を受けて、もしかしたらと未探索通路の状況を調べることにしたのだ。
「やっぱり。結構広い範囲、通路が探索済みになっているな」
俺の未探索通路を解明してきた経験からすると、三匹一組までの区域は完全に踏破されていて、四匹一組の区域にも若干食い込んでいる感じだ。
そして不思議なことに、浅層域よりも中層域、中層域よりも深層域の方が、解明されている通路の場所が多い。
「十層のボスモンスター、十一層以降も階層があるから中ボスだろうけど、を倒すために、深層域で修行している探索者が多いってことだろうな」
しかし、こうも解明されてしまっていると、第九階層の通路の奥に行っても、宝箱や隠し部屋は調べられた後かもしれないな。
アプリの地図上では未探索になっているけど、探索者が情報を役所に上げていないって可能性もあるしな。
そんな予想が立つ中、俺はどうするべきだろうか。
「……一応、通路の奥の奥まで調べてみるか」
俺は順路から外れて、浅層域の探索に入ることにした。
浅層域の通路を歩いていると、俺の行く先で探索者たちが戦っている光景があった。
未だ一匹ずつモンスターが出てくる区域のようで、探索者たちは胴体が異様に膨れたゾンビを相手にしていた。
「攻撃する場所は、手足や頭だぞ! 間違っても胴体に当てるな!」
「そうは言っても――やべッ!?」
腕を切りつけようとした刀が当たり損ね、腹が膨れたゾンビの胸元に命中した。
その直後、ゾンビの胴体が爆発した。
「「「ぎゃあああああああ!」」」
探索者たちの悲鳴が木霊した。
まさか全滅かと見ていると、刀で攻撃してしまった探索者だけ地面に引っ繰り返っているが、その他の探索者は無事のようだ。
しかし、この無事は怪我がないという意味で、実質的な被害がないとは言ってない。
その被害とは、探索者たちの日本鎧に大量に付着した、ゾンビの肉片だ。
「ふざけんな! この臭いはゾンビを倒しても残るんだぞ!」
探索者の一人が怒りながら、鳩尾から股間の直上までの肉体が破裂して失ったゾンビに攻撃する。
この攻撃でゾンビは耐久力の限界を向かえ、薄黒い煙に変わって消えた。ゾンビの肉片も、探索者たちの鎧の上から消える。
しかし、本当に臭いは残るみたいで、腐った肉と卵が合わさったような悪臭が、少し離れている俺の方まで臭ってきた。
この臭いの原因となった探索者を、他の仲間たちが引き起こして詰め寄っている。
騒動が続きそうなので、俺は探索者たちの横を通り抜けて先に進む。その際、膨腹ゾンビのドロップ品を確認すると、棒状のライターのような物が落ちていた。
その百円均一ショップに売ってそうなものは、見た目通りに価値がないのか、ゾンビを倒した探索者たちは目すら向けようとしない。
第九階層のモンスターのドロップ品なのに、無価値なものが出てくるのだろうかと疑問に思う。
膨腹ゾンビの次に出くわしたのは、大人を一飲み出来そうな巨大なガマカエル。ヌメヌメとした体表が天井からの灯りを照り返している。
今回も、戦うのは俺ではなく、他の探索者パーティーだ。
「刀は切りつける度に拭けよ。このカエルは油まみれだからな!」
「分かってるって!」
探索者たちは強力して連続して刀を振るって、巨大ガマガエルに傷を与えていく。
しかし、このガマガエルが分泌している油には傷を治す効果があるらしく、刀で傷つけた身体が徐々に治っていっている。
どうやら探索者たちが絶え間なく攻撃しているのは、ガマガエルの傷が治り切る前に押し切るためのようだ。
だがガマガエルもタダではやられてない。デカい身体で跳んでのボディーアタックや、長い舌を鞭のように使っての攻撃を行っている。
そんな工房の果て、数の差という物理的な優位から、探索者たちに軍配が上がった。
探索者たちは連続攻撃を続けたことで疲れている様子で、その場にへたり込んで息を整え始める。
俺はその探索者たちの横を通り抜けて、通路の先へと進んでいく。
その際、ガマガエルのドロップ品を確認すると、持ち手のない二リットルペットボトルのようなものがあった。透けて見える中身は、とろみのある薄黄色い液体。何となく直感的に、ガマガエルの油なんだろうなって気がした。
一匹倒す毎に、油が二リットル手に入る。あの油が食用油なら、揚げ物がし放題だな。工業用の油だったとしても、燃料には使えるだろう。
第九階層の浅い層域にいるモンスターの三種類目。
それは、赤い色をしたスライムだった。
人が寝転がることができる、人をダメにするクッションぐらいの大きさだ。
この赤スライムも、探索者パーティーが最初に会敵していた。
けれど探索者たちは、赤スライムの横を走って通り抜けて逃げようとした。
赤スライムは、なにか赤い水のようなものを放出したが、その赤い液体を探索者たちは避けて去っていった。
「まさか逃げるなんて」
と俺が驚いていると、先ほど赤スライムが放った赤い液体が、急に煙を出し始め、やがて燃えた。
「発火性の液体を放ってくるから、探索者たちは逃げたわけか」
探索者が着ている日本鎧は、物理的な攻撃は鉄片を編みこんだ鎧で受け止めることができる。
しかし火をかけられると、紐や布を多用した構造の鎧なので、普通に燃えてしまう。
そうした鎧の破損を避けるために、あの探索者たちは赤スライムと戦わずに逃げたんだろうな。
「俺の場合だと、赤スライムの反応が良いわけじゃないから、倒し易いだろうけどな」
俺はメイスを構えると、駆け出して赤スライムへと接近していく。
赤スライムは少し体を震わせると、こちらに向かって赤い液体を放ってきた。
その液体の勢いは、圧力をかけた水鉄砲程度の弱さで、見てから避けられる速度しかなかった。
俺は赤い液体を避けつつ走り続け、そして赤スライムをメイスの距離に捉えた。
どうやら赤い液体は連射することができないようで、俺がメイスで赤スライムを叩き潰すまで、次が発射されることはなかった。
こうした赤スライムを倒したところ、赤い液体が入った五百ミリリットルぐらいのペットボトルのようなものが現れた。
どうして『ペットボトルのようなもの』としたのかというと、指で押すとへこむぐらいの透明でペラペラの容器はプラスチックというより堅いゴムの感触に近いし、そして飲み口にあたる部分にはキャップではなくコルクで栓がされているからだ。
この容器の例えるとすると、異世界の素材を代用して作ったペットボトルって感じだな。
「容器よりも、問題は中身だ」
この赤い液体が、赤スライムが放ってきたのと同じ発火性の液体だとすると、取り扱いが難しい。
多分空気に触れると発火する特性だろうから、もしもこのペラペラな容器が破れでもしたら炎上してしまうだろう。
それに空気に触れるのが駄目なら、コルクを抜いた後は全部使いきれないといけないだろうしな。
「使い処が難しいな」
火の要らない発火性の液体なので火炎瓶に最適だが、容器を移し替えるだけで燃え始めるだろうしな。
どうしたものかと考え、使い道が考えつくまで売却するしかないなと結論付けた。




