百四十話 順調だからこそ
第八階層の深層域の奥まで進めるようになったので、未探索通路を一つ一つ奥まで探索していく。
宝箱を見つけたり、隠し部屋を見つけたり、何もない行き止まりだったりという通路を解明して、アプリの地図に手書きで地形を書き入れていく。
迷路状の場所はないようで、宝箱の数もそんなに多くない感じだ。
ここまでに、通路の奥と隠し部屋とで、見つけた宝箱は二つ。
一つは総金属製の鞭で、もう一つは良く効くポーションが一つきりだった。
「宝箱の中身も、中層域で見つけたものと、どっこいどっこいだな。不老長寿の秘薬が入っているって期待はできないか」
探索を切り上げて次の階層に行きたいという気持ちが湧きあがるが、万が一に見つかる可能性もなくはない。
この可能性を潰すためにも、全ての通路を解明して、不老長寿の秘薬がないことを証明しないといけない。
そういう気持ちで、一つ一つの通路の奥へと進んでいくことにしよう。
気分を新たにして、出会うモンスターを駆逐し、ドロップ品を回収する。
五匹一組の区域にいるため、一度の戦闘が終われば、ドロップ品は五つ回収できるわけなんだけど。
「巷では高級品とはいえ、オークハムの有難みなんてなくなったな」
オークハムは、細目の抱き枕ほどの大きさの、丸ハム一本物だ。
それがオークマッシャーを一匹倒すごとに、必ず一本手に入る。
一日二十組のモンスターたちと戦い、一組に二匹のオークマッシャーがいると仮定すると、一日に四十本ものオークハムが手に入る計算になる。
こんなに楽々とタダで数を集められるので、俺の認識としては、スーパーで束で安売りしている魚肉ソーセージと大差ない価値にしか思えない。
事実、次元収納の中には、俺の食べかけのオークハムが入っていたりするしな。
「このオークハムがあるお陰で、肉をスーパーで買わなくなったしな」
そのまま食べても美味しいし、切って焼くのも美味いから、朝夕の自炊に使うと楽ができる。
適度に切れば、サラダのアクセントになるし、野菜炒めに加えれば旨味がつくし、厚めのハムステーキもいいし、少し手を加えて衣をつけてハムカツにすれば豪華になる。
毎日だと飽きが来るが、四日事に来る休日で外食することでハムに対する飽きが解消されるので、ここのところ自宅ではハム料理を続けられている。
「俺が一日四十本も売り払い続けていれば、多少値崩れしないかと思ったけど、それでも流通量は全然足りないんだろうな」
日本の世帯数は五千万と言われている。
これが形の残る芸術品なら、時間をかければ全世帯に行き渡るだろうけど、オークハムは食料品で食べたら消える失せものだ。
全世帯が一回ずつ手に入れたとしても、二週目三週目が普通にあり得る。
つまり実質的な必用数は、億を優に越え、もしかしたら十数億はあるかもしれない。
これは日本だけで考えればであり、全世界に取り引きを拡大させれば、需要は天井知らずだろう。
ということは、オークハムは値崩れなんか起こり得るはずがないということになる。
「って、何を考えているんだ。探索に集中だ」
楽にモンスターを倒せるようになって、気が緩んでいる。
このままの心構えじゃ、大怪我をするかもしれない。
確りと気を引き締めて、探索に当たらないとだ。
「戦闘疲れがあるから、余計なことに考えが向かっているのかもしれない。明日は休日だから、確りと英気を養うとするかな」
俺は、念のため自身に治癒方術のリフレッシュをかけて疲れを癒してから、未探索通路の解明作業に戻ることにした。
一日の探索を終えて、スーパーで夕飯を買って、帰宅した。
いつもなら、シャワーを浴びて、飯を食って、寝る。
しかし明日は休日。そして俺は、心身のどこかが疲れている。
明日にまで、その疲れを持ち越すと、良い休日にはならなさそうな気配がしている。
「帰宅した後に、もう一度外出するのは億劫だけど」
俺は革のジャケットの手入れをしてから、ツナギ姿に着替えて、外出する。
目指すは、近くにある銭湯。
脚を伸ばして湯船に浸かって、心身の疲れを湯に溶かすという算段だ。
番台に入浴料と手拭いと使い切り石鹸の代金を支払い、銭湯の中へ。
ツナギと下着を脱いでロッカーの中に入れ、ロッカーの鍵を抜き、鍵についているストラップを手に嵌める。
銭湯備え付けの洗面器と椅子を拝借し、そのどちらもを手で洗ってから使用していく。
使い切りの小さな石鹸で、頭と体を一緒くたに、けど丁寧に洗う。
そうして全身の汚れを落とし終え、洗面器と椅子を洗って元の位置に戻してから、温い方の湯船に浸かる。
温いといっても、それは東京の人が思う温度であり、俺にしてみれば十二分に熱い湯だ。
湯船の縁に頭を乗せて、じりじりと身を焼くような熱さの湯に身体を任せる。
湯の熱さが、肌を通過して筋肉を温め、やがて骨の髄にまで達するような感じがしてくる。
これ以上入ると危険な感じがしてきたので、俺は身体を起こして湯船から脱出する。
その際、身体がずっしりと重い感じがした。
湯の浮力を失ったことで感じた重力だけじゃなく、俺の心底に溜まった疲れが表面化しているんだろうな。
考えてみれば、春に探索者になって、この秋が深まった時期まで、ずーっと三勤一休の体制で東京ダンジョンに通ってたんだものな。治癒方術で身体を治しながらでも、身体が治す力が疲弊しているのかもしれない。
俺は手拭いで体の水分を拭きつつ、何日間か休むべきだろうかと考える。
「明日の休日で休んで、その翌日の体調で判断すればいいよな」
俺はそう決めると、芯まで温まった体を動かして脱衣所へと向かい、素早く着替えて帰宅した。
そして自宅で、俺は帰り道にスーパーで買った物だけでなく、備蓄用として置いておいた食料品も合わせて、腹いっぱいになるまで食べてから寝ることにした。




