百三十七話 次元収納スキルの復権
第八階層の深層域の、四匹一組でモンスターがでる区域。
捨て身で拘束してこようとしてくるモンスターと戦い慣れるため、未探索通路の解明を先延ばしにすることにした。
日にちをかけて、モンスターと戦い続け、攻略法を探っていく。
実力を伸ばしていく副産物として、第八階層の深層域が探索者が稼ぎにくる場所の一つなこともあり、ドロップ品の売却代金が毎回エグイことになっている。
一回ダンジョンに入って戦って帰ってくるにつき、最低で百万円で最高が五百万円がドロップ品の売却代金になる。
しかも、これはレアドロップ品を勘定していない値だ。
各モンスターのレアドロップ品であるオークの戦槌、盾恐竜の盾、そして蔓人の甘草はオークションに出品しているので、後日に売却代金が入ってくる予定になっている。
しかし、その大金を得ている実感は少ない。
なにせ少し前に売却代金を銀行口座に入金してくれるようになったので、スマホで銀行口座の残高を確認すれば数字が増えているとがわかりはするけど、手に札束の重さを感じたわけじゃないから現実感が薄いんだよな。
この日も、モンスターを倒して出た魔石をメイスの強化に使い、それ以外のドロップ品を売り、帰ろうかと考えていた。
それで役所の出入口に顔を向けたところで、厄介な人物を見かけた。
その人物は年若い女性で、三世代前の女児向け変身ヒロインアニメの、炎を操る赤色キャラの格好をしている。
格好自体は現実で見かけたことはないが、そのコスプレをしている人物の顔を見たことがあった。
あの魔女の格好をしていた魔女っ娘――たしか萌園って名前だったっけか。
その萌園は、背後に仲間を連れている。相談に乗った時にも一緒にいた、あの気功拳法スキルを得たモンク男子。彼は格闘技を着た姿で、リアカーを牽いて役所に入ってきた。
萌園たちは二人パーティーのようだが、その周囲に人だかりが出来ている。
世界で初めて、火魔法スキルと気功拳法スキルを得た二人だ。
ああして有名人になるのも不思議はない。
そして俺は、人に注目されたくないので、二人に見られないように移動しようとする。半ば、無駄な努力と知りながら。
「あっ! その変な格好!? カマキリ仮面師匠でしょ、貴方!」
萌園の大声に、俺は動きを止める。
いや、分かっていた。
ガイコツヘルメットに、表がトカゲの鱗柄で裏が毛皮という全身ジャケットを着た人物は、とても目立つからコッソリと移動することなんてできないことなんてな。
俺は溜息をつきたくなったものの、ぐっと堪え、顔と身体を萌園の方へ向ける。
そして、イキリ探索者っぽい演技を始める。
「よー! 誰かと思えば、魔女コスプレは止めて、変身ヒロインものに服を変えたのかよ」
「はい! 師匠のお陰で、火魔法スキルを得たので、相応しい格好に変えたんですよ!」
萌園は、コスプレしている変身ヒロインがアニメ内でやっていた、変身完了ポーズをビシッと決める。
それを見て、それは萌園がなりたいといっていた魔法少女とは少し違うジャンルだけどなと思いつつ、俺は拍手を贈った。
「目標達成おめでとう。だが、サブキャラでいいのかよ? 主役は、たしか別のキャラだったろ?」
「正義の使者に、メインもサブもないんです! というか、このキャラの方がお気に入りでしたし!」
「ほうほう。んで、本音は?」
「水魔法の方がよかったなーって、思いはしますね。一番のお気に入りは、そっちのキャラでしたから」
「なるほどなー」
俺が言った「なるほど」は、萌園がコスプレをした影響で、コスプレイヤー探索者が出てきたんだろうなという納得の言葉。
萌園の格好の理由に納得したので、気になるのは、そのコスプレの服の素材だ。
「その服は、総手製なのか?」
「生地から縫製まで、全部手作業で作られたものですね。布を何枚も重ねているので、かなり値段が張りましたけど、着心地は最高です!」
「全部手製なら、布の防具でも、それなりの防御力がありそうだな」
「防御力、あるんですかね? 火魔法使っての後衛なので、モンスターに殴られたことないので」
「変身ヒロインなのに、肉弾戦はしないのかよ」
「仕方ないじゃないですか。殴って戦うのは、私の役割じゃないので」
そういえば、格闘男子がいたなと目を向けると、彼はリアカーの中身を買い取り窓口に提出しているところだった。
「リアカーを使っているってことは、あれを持ってダンジョンの中に入っているのか?」
「次元収納がレベルアップしたので、リアカー大活躍ですよ」
「ん? もう次元収納にリアカーが入るのか?」
次元収納スキルのレベル二だと、リュックサック八つ分の容量。リアカーを入れること自体は出来るかもしれないが、それだけで容量が満杯になりそうだ。
そう疑問に思っていると、萌園が意外そうな顔をする。
「あれ、もしかして師匠、知らないんですか」
「知らないって、何をだ?」
「四階層の出入口には、リアカーが沢山並んでることをですよ」
「……知らん。なんだ、探索者の誰かがレンタルでも始めたのか?」
「いえ。役所がリアカーを第一階層から運んで配置しているみたいですよ。沢山ドロップ品持ってきて欲しいってことで」
「第四階層は、探索者の稼ぎ場の一つだが、そんな手間をかけるほどか?」
「私が次元収納スキルから魔法スキルを得たので、初期スキルに次元収納スキルを選ぶ人が増えているんですよ。だから次元収納スキルの有効活用をするために、リアカーを使うんですよ」
探索者のスキルは、ダンジョンの外では使えない。
だから次元収納スキルで集めたドロップ品を、第四階層の出入口に置かれたリアカーに積んで、外に運ぶってわけだな。
まあ、魔石を使えばダンジョンの外でもスキルが使えるようになるが、それは俺以外に知っている人がいない事実だしな。
「リアカーを使うってことは、レベル二の次元収納スキル持ちが増えているってことか?」
「そんなに多くはないですよ。でも、パーティーが持てるだけドロップ品を持って、出入口に一度戻って、リアカーにドロップ品を積んでから、もう一度狩場に戻るってことをしているみたいですし」
ということは、第四階層にあるリアカーは、萌園パーティーのために役所が置いたものなんだろうな。
ただ、萌園の専用にすると他の探索者から苦情がでるだろうから、リアカーの数を揃えたんだろう。
「ふーん。まあ、頑張れ」
「はい、頑張ります。いよいよトレントに挑みますので!」
トレントを倒したら、スキルを得られる巻物が手に入る。
パーティーで倒すと、人数分手に入るのか、それとも一本だけなのか。
その点は気になるが、今の俺はイキリ探索者だ。親切に教えることは止めた方がいいだろうな。
代わりに、少し煽り気味の台詞で助言しておくとしよう。
「はん。火魔法スキルってのがどんな威力か知らないが、トレントは燃え難いんだ。灯油撒いて火を点けたほうが楽に倒せるだろうな」
「あー。そういえば、トレントの楽な倒し方って、師匠が公開したんでしたっけ。第四階層の出入口に、石油売りオジさんいるの、知ってます?」
「はぁ? 石油売りオジさん??」
「なんか鉄のヘルメットをかぶった、灯油とホワイトガソリンをダンジョン内で量り売りしている人です。師匠より年上っぽい人たちが、ジードとかジャッカルとか呼んでいるので、なんかのコスプレですよ、きっと」
「ダンジョンに灯油とガソリンを運び入れて、割増料金で売っているわけか。さしずめ、石油の商人――ならぬ、石油の錬金術師だな」
石油の商人だと普通の言葉になるので、それっぽい言いかえをしてみたが、なかなかに良い言い回しに感じる。
というか、ガソリンと灯油を多く運び入れているからには、その鉄ヘルメットのオジさんも次元収納スキル持ちなんだろう。レベル2は確定で、もしかしたらレベル3もありえる。
俺も、不老長寿の秘薬を手に入れられたら、小型のタンクローリーを次元収納に入れて商売する、石油売りオジさんになってもいいかもしれないな。
そんなことを考えてから、萌園に「じゃあな」とぞんざいな別れの言葉を送り、俺は役所から出ることにした。