百三十四話 深層域のモンスターたち
探索者パーティーと分かれてすぐに、オークマッシャーと出会ったので戦ってみた。
俺とオークマッシャーの得物は、メイスと戦槌という長柄の殴打武器だ。
その同じカテゴリの武器だからか、俺がメイスを振るのに合わせて、オークマッシャーは戦槌を振るってきた。
相打ちなら、人間の俺よりも身体の防御力があると、オークマッシャーは考えたのかもしれない。
しかし、フェイントをかけるという知恵はないらしい。
俺が打ち掛かるのを途中で止めて跳び退ると、オークマッシャーは構わずに戦槌を振るい抜けたのだから。
「フェイントが効くのなら、やり様はあるな」
俺はもう一度オークマッシャーに攻撃を仕掛ける。
オークマッシャーは、俺の動きに合わせて戦槌を振るおうと動き出す。
その行動を見てから、俺はメイスを振るうフリをした。
するとオークマッシャーは、俺がメイスを振るい始めたと誤解して、勢い良く戦槌を振るい始めた。
ここに至って、ようやくオークマッシャーは俺がメイスを構えたままでいることに気付いた顔――豚面を驚きで固めた顔になった。
俺は戦槌による攻撃を掠るようにして避けてから、オークマッシャーの頭部へと改めてメイスを振り入れた。
オークマッシャーは振り切った戦槌を戻すことができず、俺のメイスの一撃で頭を破壊された。
これが致命傷になったのだろう。オークマッシャーは薄黒い煙に変わり、そしてオークハムを落とした。
「力が強くても、フェイントに引っかかるほど知能が低いなら、楽に倒せそうだ」
俺はオークハムを次元収納に入れて、未探索通路がある場所へと歩いていく。
モンスターが一匹ずついる場所を、他の探索者たちと一、二回出くわしてから、進み抜けた。
二匹一組で現れる区域に入ったところで、盾恐竜と蔓人の組み合わせと出会った。
盾恐竜は、角のないトリケラトプスか、カバに大きな襟巻をつけたような見た目のモンスター。頭部の硬質な皮膚と首回りの飛び出た襟巻状の皮膚によって、正面からの攻撃を防ぐ特徴を持つ。
蔓人は、数十本もの蔓が絡み合って人の形となったモンスター。身体を構成している蔓を解くことによって、腕や足の位置にある部位を伸ばして攻撃することが可能だ。
一匹ずつ現れる場所では、特に苦戦しせずに倒せて印象が薄かったが、二匹一組になった場合はどうなるか。
俺が注目していると、蔓人の腕が伸び、盾恐竜の首元に絡みついた。
何をしているのかと見守っていると、蔓人は伸ばした腕を縮めて、盾恐竜の上へと騎乗した。
その段になって、俺は見守るべきじゃなかったと後悔した。
「盾恐竜の襟の向こうに、騎乗した蔓人が隠れて見えなくなったか」
ただ隠れているだけなら問題はないが、蔓人の攻撃手段を考えると問題はおおありだ。
俺が歯噛みしていると、盾恐竜がこちらに近づいてくる。そしてある程度の距離になると、盾恐竜に騎乗している蔓人から腕を伸ばして攻撃してきた。
俺は蔓人の腕をメイスで叩き落とすが、その間に盾恐竜が更に近づいてきていた。
四つ足の恐竜らしく、大口を開けて噛みつこうとしてきてくる。
俺は、その口を閉じさせるべく、メイスを上から鼻づらへと叩きつけた。
俺を噛もうとしていた口は閉じたが、盾恐竜の頭部にある分厚い皮膚によって、攻撃の威力がだいぶ削がれてしまっている。これでは頭部への攻撃でも、致命傷にはならない。
俺はメイスで追撃しようとするが、それより先に、盾恐竜に騎乗中の蔓人の攻撃がきた。
蔓人の伸びた腕が、盾恐竜の襟を横から周り込むようにしながら、俺の側面を叩きつけてきた。
バシッと大きな音が鳴り、俺の脇腹の当たりに衝撃が走る。
バッドで殴られたような、もしくはよそ見をしていて電柱に横からぶつかったときのような、そんな衝撃を感じた。
「ぐっ」
衝撃に思わず唸ってしまったが、痛みはあまり感じなかった。
鞭のようにうねり伸びて来た蔓人の腕で打たれたにしては、軽いダメージ。
新しいジャケットの防御力のお陰か、はたまた蔓人の攻撃力不足か。
どちらにせよ、蔓人の攻撃をまともに食らっても、あまり痛手にはならないことが分かった。
「そういうことなら!」
俺はメイスの連続打撃で、盾恐竜の頭にダメージを蓄積させていく。
俺の行動を止めようと、蔓人が伸ばした腕で攻撃してくる。俺はそれをただ耐えながら、盾恐竜を殴るために腕を振り続ける。
盾恐竜の防御力が高かろうと、何十回もメイスを振るえば、一発ぐらいは急所に入るもの。
俺が繰り出した攻撃を食らって、盾恐竜が脳震盪を起こしたようにふらつく。
盾恐竜の動きが鈍くなったことを見計らい、俺は盾恐竜の横へと急いで移動する。そして盾恐竜の前右足へ向かって、思いっきりメイスを叩きつけた。
骨が折れる感触がメイスから伝わったところで、俺は跳び退く。すると俺がいた場所に、前右足を折られた盾恐竜が倒れ込んだ。
蔓人は、倒れた盾恐竜の勢いで放り出され、地面に落ちた。
「散々殴ってくれたお返しだ!」
痛くはなくとも、衝撃とバシバシという音は受けた。
その仕返しに、俺は蔓人の胴体へメイスを叩き込んだ。
蔓人は、伸ばしていた腕を戻すことで、胴体部の蔓に厚みを足そうとしたようだが、俺の振るったメイスが当たる方が早かった。
蔓人の胴体にある何かを折った手応えの後、蔓人は薄黒い煙になり、太くて大きなゼンマイのような薬草を一つ落とした。
俺は薬草を次元収納に素早く入れてから、横倒しの上体から立ち上がろうとしている、盾恐竜へと近づく。
重い体重を支える足の一つが折れているからか、中々に立ち上がれない様子だ。
その隙だらけの様子を見ながら、俺は盾恐竜の横へと移動し、首周辺にある襟巻状の皮膚の裏側にある首にメイスを振り下ろした。
襟巻によって守られているからか、襟巻裏の首の皮膚は柔らかく、メイスの一撃を防げる防御力を持ってなかった。メイスによって与えられた衝撃は、そのまま盾恐竜の首の骨へと伝わる。
流石に重たい頭を支えているだけあり、首の骨と筋肉は強靭で、一撃で首を壊すことは出来なかった。
しかし首に衝撃を与えたことで、失神に近い反応が起こったようで、盾恐竜は立とうとした足の力を抜いて地面へ座り込んだ。
「もう一丁!」
俺はもう一度メイスを振るい、先ほど殴った同じ部分に攻撃した。
失神に近い状況になっているからか、盾恐竜の首を打った感触は、先ほどよりももっと柔らかいものだった。
それこそメイスを通して、盾恐竜の首の筋肉と骨を圧し折った感触があったほど。
この一撃が致命傷になったのだろう、盾恐竜の身体が薄黒い煙になり、そして盾恐竜の革を残した。
俺は革を次元収納に入れつつ、ほっと息を吐く。
「盾恐竜を倒すのに時間が必要だけど、蔓人は攻撃を食らっても痛くないって分かったのは収穫だ」
これで、蔓人の攻撃を食らいながらでも、他のモンスターと戦えるという確信を持つことができた。
一種類のモンスターを無視していいというのは、中々に良いアドバンテージになる。
なにせ第八階層の中層域の毒蝶が俺に有効打がなかったから、探索が楽だったって経験があるからな。
「じゃあ中層域と同じく、さくさくと未探索通路の解明に入るとするか」
俺はスマホで地図を確認し、未探索の部分まで急いで向かうことにした。