百三十三話 第八階層の稼ぎ場
第八階層の中層域の未探索通路を調べ終えたので、深層域の未探索通路を調べに向かう。
「でもその前に、モンスターと戦ってみないとな」
そう思っていたのだけれど、意外なことに気付く。
第九階層へ続く順路上ではあるが、探索者パーティーがモンスターと戦っていた。
以前にも探索者パーティーと出会ったことはあった。
しかし今回のパーティーは、彼らのバックパックから覗いている盾恐竜の革からして、この深層域を根城にして稼いでいるっぽいのだ。
そして彼らが戦っているモンスターはというと、オークだ。
あのオーク。俺が第六階層で戦ったオークに比べると、一回りほど体格と横幅が大きく、片胸と片肩を隠す革鎧を着て、手には肉叩きハンマーを両手持ち用に巨大化したようなトゲトゲしい戦槌を持っている。
「オークマッシャーだっけか。確かに、あの戦槌で叩かれたら、叩き潰されるだろうから、妥当なネーミングだな」
オークマッシャーは戦槌を渾身の力で振るう。あの恵まれた体格から繰り出されるだけあり、あの戦槌に当たったら怪我だけで済みそうにない迫力がある。
そんな戦槌の攻撃を、身体を覆い隠すぐらいある金属製の置き盾で、日本鎧姿をした探索者の一人が防御している。
その防御している探索者が叫ぶ。
「今から抑える! そうしたら一斉攻撃だ!」
「「「おう!」」」
探索者が置き盾を持ち上げて、一気にオークマッシャーへ突っ込んでいく。
オークマッシャーは戦槌を振るったが、長い柄が盾の端に当たり、接近してくる探索者に攻撃は命中しなかった。
そして、両者は激突。
盾で強かに打たれ、オークは戦槌を片手に持ち替えると、空いた手で盾を力づくで退かそうとする。
しかし盾を持つ探索者は、そうはさせじと、全身の力を込めて盾を保持する。
そうして両者の力が拮抗したところで、他の日本鎧や陣笠胴鎧の探索者たちが攻撃に入った。
「おおおおお!」「だああああ!」「うわあああ!」「くがああああ!」
口々に雄叫びを上げながら突進し、盾の横を通り過ぎながら、腰だめに構えた刀でオークマッシャーを串刺しにした。
合計四本の刀に横腹から背中の真ん中へかけて貫かれた直後、オークマッシャーは薄黒い煙になって消えた。
そしてオークマッシャーの代わりに、人間の太腿のようなものが地面に落ちた。
一瞬太腿に見えたけど、よく見てみれば、それは太っといハム。それも一本丸ごとのプレスハムに似た見た目の、一メートルほどの長さの円筒形もの。
探索者たちは、その円筒ハムを拾い上げると、バックパックの一つに入れる。その際にバッグの中が見えたが、既に他に同じハムが五本ぐらい入っていた。
その様子をじっと見ていると、探索者たちがこちらを見た後で警戒し始めた。
俺はどう言葉をかけようかと考えつつ、イキリ探索者の演技に入る。
「おいおい。ここは九階層への順路だぜ。そんな場所で戦ってるからには、他の探索者と会うことだってある。なにを、そう警戒してんだあ?」
俺が軽い調子で声をかけると、探索者側から疑問の声が飛んできた。
「お前、人間なのか?」
失礼な質問だなと思いつつ、演技を続行する。
「俺の何処がモンスターに見えるってんだ? どっからどう見ても、完璧イケメンだろうがよお」
自分でイケメンなんて言葉を放って、思わず赤面しそうになる。しかしヘルメットをかぶっているため、赤くなった顔を晒す心配はない。
ここまで考えて、そういえば俺の格好って、人間の骨格をしたガイコツ頭のリザードマンっぽい外観なんだったっけか。
それならモンスターと疑われても仕方がないと思いつつも、言い切ってしまったからには態度を貫くしかない。
俺が不愉快だという態度で居続けると、探索者たちは警戒を薄くした。
警戒を『解く』わけじゃないあたり、完璧に信用されていない感じがあるな。
「確かに、ここは順路の最中だ。九階層へ行くのか? それも一人で?」
真っ当な質問に、俺は返答する前に、はぐらかしを入れることにした。
「おい。もしかして、俺のこと知らねえってのか? いまや知る人ぞ知る、火魔法使いの魔女。あれのお師匠様だぞ、俺は」
他人の意を借るイキリ探索者ムーブをかますと、探索者たちは仲間同士で顔を突き合わせて「知っているか?」と囁き合う。その後、一人がおずおずと質問してきた。
「えーっと。以前に記事で見たけど、カマキリのお面じゃなかったでしたっけ?」
「装備を変えたに決まってんだろ。あのカマキリな装備は、流石にこの階層では力不足だからな。自宅に置いてきた」
「あ、はい。なるほど。たしかに、そんな恰好をする人は、他にいないでしょうしね」
質問してきた探索者が、葉にモノが挟まった言い方で会話を切り上げようとしてきた。
だが、もう少し俺の演技に付き合ってもらおう。
「んで、アンタらは、ここで金稼ぎか? オークのハムを主に集めている感じか?」
「ああ、そうだ。あとは、蔓人の草も集めてる」
「盾恐竜の革は?」
「荷物に余裕があればだ。ハムと草が沢山集まるようなら、革は捨てる」
「ほーん。ってことは、ハムと草は稼げるってことか?」
「ハムは一本で五万。草も一つで十万だ」
「そんなプレスハムが五万で、単なる草が十万だって?」
「確かにオークマッシャーが落とすハムの見た目は、プレスハムっぽい。しかし中身は、金華豚のハムに勝るとも劣らない美味さがある。だから高く売れる」
「んで、草は?」
「そっちは、食べると傷が回復する薬草だ。探索者用の需要があるだけでなく、ポーションを作れないかと研究されてもいる」
「ちなみに薬草って、ダンジョンの外で食べても怪我が治ったりするのか?」
「当然だ。だからこそ、一つ十万で売れるんだ」
どの程度の傷が治るかは不明だが、軽傷に限って考えても、かなり有用な薬草だ。
例えば、撃たれた兵士に食べさせれば、軽い銃創なら治せてしまうだろう。外科手術で身体を切り開いても、薬草を食べさせれば手術痕を消す働きが期待できる。
そんなゲームにある薬草のような効果なら、十万円でも安いぐらいだ。
「なるほどな。んで、俺は先に進んでもいいのか? それとも、お前たちが先に行くか?」
俺がドロップ品に対する興味が失せたという態度で喋ると、探索者たちは嫌そうな顔をする。そしてオーク相手に盾を構えていたパーティーのリーダーらしき人物が、代表して返答した。
「……先に行ってくれ。俺たちは順路近くでモンスターを狩っている。こちらが先を歩けば、そちらの足止めをしてしまうだろうからな」
「そうかい。そういう事なら、先に行かせてもらおうか」
俺はスタスタと歩いて、探索者たちの横を通り抜け、通路の先へと進む。
背後の探索者たちは、俺から距離を取る判断をしたのだろう、移動せずにその場に留まっている。
俺は歩き続けながら、スマホをジャケットの内側から取り出し、ダンジョン用アプリにある第八階層深層域の地図を呼び出す。
「モンスターが二匹一組が出てくるあたりの区域まで、探索がされているっぽいな。意外と探索者が多くいるかもしれないな」
探索者が集まっているということは、ドロップ品のハムと草が高額で売れる以上に、戦いやすいモンスターばかりということだろう。
オークマッシャーは確実として、盾恐竜も恐らくは物理攻撃系のモンスター。身体強化スキル持ちの探索者なら、力づくでどうにかできそうな相手だ。
薬草をドロップする蔓人は、実物やドロップ品を実際に見てないからわからないが、毒蝶のような状態異常はしてこないんじゃないだろうか。だからこそ、探索者が集まっていると考えると、筋が通るし。
他に人がいるようなら、人が入ってこずに未探索になっている通路の奥に行くまで、次元収納以外のスキルを見られないよう気を付けないとな。