百三十話 売却中
とりあえず今日は、第八階層の中層域にある未探索通路の一つ、それを行き止まりまで行ってから帰ることにした。
俺の治癒方術スキルがあれば、モンスター側の戦術の根幹である毒蝶の鱗粉が効かないので、探索にはあまり苦労しなかった。
毒蝶の鱗粉を結構食らったが、毒耐性スキルについては、まだあるともないとも言い切れない感じだ。
なにせ次元収納スキルから治癒方術スキルが生えるまで、それなりの日数がかかった。
耐性スキルが存在したとしても、たった一日でスキルが生えるはずがないからな。
俺はそんなことを考えつつ、第八階層の出入口に戻ってきた。
次元収納からリアカーを取り出し、今日のドロップ品を荷台に積みこんでいく。
しかし、今日集めたドロップ品の五分の一ほどで、荷台が満杯になってしまった。
「うーん。ゴーレムの謎機械が場所を取るな……」
謎機械がなければ、あとは双頭犬の敷物と毒蝶の鱗粉が入った小袋なので、容量を圧迫しないで済むのに。
これで五分の一ほどってことは、追加で四往復しないと、今日のドロップ品を全て役所に売ることはできないってことになる。
面倒くさいが、後に回すと、より面倒になることは、以前の体験で分かっているから、やるしかない。
俺はとりあえず第八階層から東京ダンジョンの外へと脱出し、役所へ。
俺が大量にドロップ品を持ち込むことは、ままあるので、事情を話すと役所の職員が融通を利かせてくれた。
順番待ちなしにダンジョンを出入りできる許可証を受け取り、買い取り窓口で買い取りを保留してくれたので、俺はダンジョンを往復して今日の分のドロップ品を早めに売却することができた。
「ふいー。こんだけ往復しなきゃいけないとなると、面倒で仕方ねえな」
俺は許可証を返しつつ、イキリ探索者っぽい口調と態度で愚痴を言う。
職員は苦笑いしながらも、軽く頭を下げてきた。
「でも、助かります。ゴーレムのドロップ品は、なかなか持ち込んでくれる方が少なくて。小田原様のお陰で、機械系に強い企業にサンプルを多く回せそうです」
「その謎機械を調べてるってことか? なにしたって動かないって聞いたが?」
「そうですね。未だに、どう動かすかが分かってません。しかし技術的に得られるものが多いらしく、リバースエンジニアリングの対象になっているんですよ」
謎機械を分解して調べ、その造りを調べて、現在の技術に反映させるわけか。
そうなると、謎機械は心臓を模した作りのエンジンっぽいから、日本企業のエンジン精度が爆上がりする未来が来るかもしれないな。
「じゃあ、買い取り金額にも色がついたり?」
「残念ながら、同じ重量のインゴットぐらいの買い取り額になってます」
「インゴットってことは、七階層のメタルマネキンのドロップ品と同じ感じってことか?」
「一匹のドロップ品と考えると、重量分だけゴーレムの方が買い取り額が上ですね」
人間大で多少硬い程度のメタルマネキンと、咽る系ロボットの大きさと力を持つゴーレム。
そのドロップ品が、重量差という違いはあれど、同じ買い取り額とはな。
ゴーレム一匹を倒すより、メタルマネキンを複数倒すほうが簡単だろうから、これでは探索者がゴーレムを狩る意義がないな。
「ぶっちゃけ、買い取り額を上げてくれないと、俺が以外のヤツは納品しねえと思うぞ。嵩張る上に安値じゃな」
「ですが、この機械の使い道が分からないことには、同重量の素材と考えるしかなくてですね」
「つまり、使い方が分かったのなら、買い取り額が爆上げになると?」
「……使い方、ご存じで?」
「馬鹿か、知るわけねーだろうが。俺は今日、初めてゴーレムを倒してドロップ品を得たんだぜ。しかもろくに調べないまま、こうして売り払ってる。それで、どう使い方に気付けってんだ?」
俺が馬鹿にする演技で言うと、職員は俺の態度と言動から『こんな馬鹿そうな人にわかるわけないか』と言いたげが表情を一瞬浮かべてからビジネススマイルに戻った。
「では、こちらが売却代金を受け取るための整理券です。またのお越しをお待ちしております」
「おう。また明日ダンジョンに入るからな。稼がせてもらうぜ」
俺は場所を離脱して、役所内にあるソファーに座る。
ガイコツヘルメットを腹の上に抱えながら、ジャケットの内側から取り出したスマホでネット小説を呼んで待機時間を潰す。
その後、整理券と引き換えに、三百万円ほどの現金を得た。
以外に高く売れたなと思いつつ、売却代金の内訳を聞いてみると、双頭犬の敷物と毒蝶の鱗粉がそれなりの高値がついていた。
「敷物と鱗粉が、どうしてこの値段なんだ?」
「双頭の犬の敷物は海外の富裕層に人気です。手触りが良いし、二つの頭の獣の敷物なんて、ダンジョンからしか得られませんので」
「鱗粉は?」
「そちらは、新たな麻酔薬の素材になると判明したので、高額買い取りしてでも数を揃えたいようですね」
「麻酔薬だって?」
「薬害が起こらない、完全に安全な麻酔薬なのだそうです。従来の麻酔薬の全てが体質的にダメだった病人でも、この麻酔薬なら安全に眠らせることができるらしいです」
安全な麻酔薬だから需要があり、需要があるから買い取り額が上がったってわけか。
そういう事情があるのなら、他の探索者が毒蝶を狙って狩ってもいいはずなのにな。
いや待て。他の探索者の場合、毒蝶の鱗粉を食らうと、ポーションでしか治せない。毒鱗粉が入った小袋一つとポーション一つと引き換えになると、完璧に赤字だ。
これじゃあ、他の探索者が第八階層の中層域で稼ごうとはしないな。
俺は、事情を話してくれた職員に横柄な態度を演じて礼を言うと、役所を後にした。
東京駅までの道すがら、俺は役所内を思い返しつつ、今見える光景を確認する。
俺が探索者になった頃は、探索者の格好は日本刀を持つ日本鎧や剣道着姿の人ばかりだった。
しかし今は――あの魔女っ娘が火魔法スキルを得たからだろう――鎧や剣道着から脱却した、新しい格好をしている人が散見された。
あの魔女っ娘と同じ、魔女ローブと三角帽子姿。格闘着姿の人もいれば、某竜討伐RPGゲームの勇者の格好や変身ヒーローのようなコスプレな人もいる。
どうしてコスプレなんだと考えて、思いついた理由に納得する。
「スキルを得るために格好が重要なら、別にダンジョンで防御力を発揮してくれる装備じゃなくたって良いと判断したわけか」
とりあえず、機械量産の衣類で作ったコスプレでダンジョンに入り、弱いモンスターと戦う。
それで新たなスキルを得られれば良し。得られなかったら、また別のコスプレに切り替える。
俺が治癒方術スキルを得た時期と、例の魔女っ娘が俺に相談してから早い段階で火魔法スキルを得たことを考えると、トレントが出る五階層未満でもモンスターを倒してさえいれば派生スキルは得られるだろうからな。
 




