十三話 一対二
他の探索者のことを気にして、未だに鉄パイプを使い続けてしまっている。
このぐらい奥まで魔具メイスを使ってもいいはずなんだけど、鉄パイプで戦えてしまっているから交換に踏ん切りがつかない。
ここまでの道のりで倒した弱めのモンスターは、イボガエル三匹とドグウと呼ばれている素焼きの陶器人形のモンスターが一匹だ。
ドグウな名前の通り、その見た目が土偶に似ていることから、日本で付けられた名前だ。たしか海外のダンジョンで似たモンスターが出るが、そっちはポッテリドール(素焼き人形)という名前になっていたと記憶している。
イボガエルもドグウも、日本刀なら一撃で、自作の鉄パイプでも乱打していれば勝ててしまう初心者御用達のモンスターだから、倒せるのは当たり前だけどな。
「それで次に出くわしたのは、コボルドか」
コボルドは、中型犬を無理矢理に二足歩行させているような見た目のモンスター。
このコボルドが、この浅い層にでるモンスターの中で、一番の強敵だという評価だ。
その理由は二つある。
一つは、小ぶりのナイフとはいえ、武器を使うモンスターだということ。
もう一つは――
「――見た目が本当に犬なのは、勘弁してほしいな」
いま出くわしたコボルドは、垂れ耳具合といい、白い線が入った鼻筋といい、ビーグル犬にそっくりだ。
そう、二足歩行という違和感さえ除外すれば、この愛らしい見た目こそが戦い難い点だ。
犬好きの探索者だと、斬り殺すことに罪悪感を覚えて戦えなくなるという、精神攻撃をしてくるわけだ。
ちなみに俺は猫派なんだが、それでも可愛らしい見た目の犬を鉄パイプで殴るのに抵抗がある。
俺はコボルドが肉球のある手で握っているナイフを見ることで、その心の葛藤に区切りをつける。
「あれはモンスターだ。それも武器を持った、危険な相手だ」
俺は自分自身に言い聞かせるように呟きつつ、鉄パイプを手にコボルドに近づいていく。
その最中、コボルドの奥にもう一体のモンスターがいることに気付く。
それはまたコボルドで、今度はボーダーコリーの見た目をしていた。
「モンスターが二匹。これは鉄パイプで相手をすると、ひょっとするかもな」
鉄パイプでコボルドを倒すには、イボガエルとドグウがそうだったように、乱打する必要がある。
しかしそうすると、片方は乱打で攻撃させないようにさせつつ倒せるだろうが、もう片方から攻撃を受ける可能性がある。
そしてコボルドはナイフを持っている。あれで刺されたら、当たり所によっては致命傷になりかねない。
だから俺は、ここで魔具のメイスを使うことに決めた。
「持ち替える前に、だッ!」
俺は手にある鉄パイプを、思いっきり先頭のコボルドへ投げた。それと同時に、「次元収納」と叫んでスキルを発動して、凸字頭のメイスを取り出す。
俺がメイスを持った頃に、コボルドは飛んできた鉄パイプをナイフを振るって防ごうとした。
しかしコボルドの手では、強い衝撃の中でナイフを保持することが難しかったのか、弾かれた鉄パイプと共にナイフも吹っ飛んでいった。
武器を落としたチャンスに、俺は先頭のコボルドへと強襲を仕掛ける。
「食らえ!」
メイスを思いっきり、コボルドへと振るう。コボルドは飛んでいったナイフの方へよそ見していたため、この一撃を脳天に直撃させることができた。
流石は鉄パイプから存在進化した魔具のメイスだけあり、コボルドは一撃で頭から胸まで潰してしまえた。
致命傷を受けたことで、先頭のコボルドは薄黒い煙となって消え、パチンコ玉大のくすんだ金属が代わりに現れた。
先頭のコボルドが倒された間に、二匹目のコボルドが近寄ってきていた。
「ぐるるるる」
犬と同じ唸り声を上げて、コボルドがナイフを振るってきた。
俺はバックステップして避け、メイスを構え直す。
「ぐるるるる」
再びコボルドがナイフを振るってくるが、俺は避けながら違和感に気付く。
先ほどといまの二度とも、コボルドはなぜか上下にしかナイフを振るってきていない。
俺は疑問を解消するため、三度目の攻撃をさせてみたが、やっぱり振り上げて振り下ろすという上下の動きしかしない。
「ああそういえば、犬って鎖骨がないから、物を抱えたりって腕を横に動かすことが苦手なんだったっけか?」
コボルドが犬と同じ骨格をしているかは分からないが、ナイフを上下に動かすことしかできないことは本当みたいだ。
「ナイフを持っていたとしても、振り方を分かっているのなら、反撃は楽だな」
俺はコボルドがナイフを振ってくるのに合わせて、コボルドがナイフを持っていない方の手の側へと横移動した。すると振られたナイフが俺の横を、上から下へと抜けていった。
そうして攻撃を終えたコボルドが再攻撃する前に、俺はメイスをコボルドにブチ当てる。
メイスの頭によってコボルドの顔面がひしゃげ、そしてコボルドは薄黒い煙となって消え、金属の球を残した。
「これが、コボルドの卑金球か」
俺は一つ球を拾うと、地面に思い切り投げつけた。地面にぶつかった球は、二度ほどバウンドして、地面に転がる。その球の一部は、地面に当たった衝撃から、ベッコリとへこんでいた。
事前情報によると、このコボルドが落とす球には、卑金属に分類される物質が複数混ざっているらしい。
大部分が鉄らしいが、現代社会に有用な金属も含まれているらしく、同量の鉄の球を売るよりかは上の値段で売れるらしい。
俺は二つの卑金球を拾って次元収納に収め、投げつけた鉄パイプを回収する。
「うげっ。切れ目が入ってる」
コボルドのナイフに当たったのは一度だけだったはずなのに、鉄パイプの内側まで達する傷が出来ていた。
「鉄製品がこれだけ切れるってことは、工業生産のボディーアーマーも耐えられないんだろうな」
ここでようやく俺は、モンスターの攻撃力のヤバさ――もっといえばダンジョン内の特殊な物理法則、その厄介さを身に染みて知った。
「手仕事で作った武器や防具じゃないと、まともな攻撃力も防御力もないんだもんなぁ……」
二年よりも前の頃だと単に手間の分だけ高額だった、手仕事で作られる服。
それが今や、探索者に必須な防具ということで、より高嶺で取り引きされている。
あまりの高額っぷりに、貧乏探索者向けに糸から布を作る講座が開かれたり玩具が売られていたりする。ちなみに玩具で作った布で大丈夫なのかというと、むしろ玩具だと人力で稼働させて作るため、ちゃんと手作り判定になるらしい。
「安全のためにパッチワークアーマーでも作るか?」
手製の布の端切れを購入し、服に縫い付けるパッチワークアーマー。
貧乏探索者に御用達の、手軽に防御力がアップできる防具。
欠点は、端切れをパッチワークするため、見た目がもの凄くダサくなること。
俺はその見た目を想像して、俺が思い描くイキリ探索者に似合わないと結論付けた。
「ここはチャート通りに、ドグウのレアドロップのドグウの手甲の入手を目指そう。幸いなことに、ここら辺に出てくるモンスターなら、メイスで一撃だから危険度は少ない」
俺は決意を固めると、再び道を真っ直ぐ歩いていく。
心の中で、速くドグウの手甲がドロップしてくれと願いつつ。