百二十三話 スキルレベル
江古田記者のスキルレベルに対する認識について、俺は興味を持った。
「だって重要だろう。次元収納スキルは、レベルが上がると容量が増えるんだぞ」
俺が試しに次元収納スキルを引き合いに出すと、江古田記者は途端に納得顔になった。
「あー、そうでしたね。次元収納スキルはレベルが上がると、バックパック一個分から六個分に増えるんでしたっけ」
「六個? あー、どうだったか?」
惚けてみせたものの、江古田記者の言動が本気か探りかが分からない。
まあ、次元収納スキルについては、正直な値を教えても構わないか。
「折れば覚えている限りだと、容量は八倍に上がったはずだが?」
「八倍ですか? 過去にレベルアップを果たした探索者の弁では、感覚的に縦横高さが倍になった感じと言ってたので、六倍ですよね?」
「……江古田記者。さては、学生時代に数学が苦手だったな?」
「えっ!? ええ、まあ。文系女子だったので」
単純に江古田記者の思い違いだとわかり、警戒して損した気分になった。
「とにかくだ。次元収納スキルは一レベルアップするだけで、実に八人分の働きができるようになるわけだ。だからレベルアップは重要だろ?」
「確かに次元収納スキルについては、そうでしょう。でも他の初期スキルでも同じとは言えませんよ?」
「そうなのか? 身体強化スキルと気配察知スキルの方こそ、レベルアップの恩恵を多く受けられそうなものだが?」
俺が予想するに、レベルアップすると身体強化スキルは倍以上に強化可能だろうし、気配察知スキルもモンスターの気配を探せる範囲を倍以上に増やすことが可能になる。
どちらもモンスターを発見して倒すには、とても有用に感じる。
しかし江古田記者が語るに、それは違うのだという。
「身体強化スキルは、確かに発揮できる力が増えます。しかし、上がり幅が小さいですね。探索者に聞く限りだと、レベル一で五割増し、レベル二で七割増しといった感じだそうです」
「レベルアップしても、二割しか増えないと?」
「感覚的な話なので、詳しい数値は出てませんよ。スキルはダンジョンの中でしか使えないので、わざわざダンジョンの中で身体測定をするなんて、奇矯なことをやる人はいないようですしね」
レベル一の状態を記録していないから、レベル二の状態でどれだけスキルの効力が上がったのかの実データは取り様がないってことか。
「それにしても、強化の割合が低いな。俺が調べた情報では、レベル一の段階で、普段の膂力の倍を出せって感じだったんだが」
「人の五割増しで力が強くなれば、人一倍に力が強くなった、と表現するものですけど?」
文系的な表現だと聞いて、俺はそういうものかと納得した。
身体強化スキルの強化率でこれだと、いままで集めていた情報もしっかりと確認する必要がありそうだな。
俺が世間に溢れている情報の真偽について考えていると、江古田記者の発現が続いた。
「これも探索者さんへの取材で明らかになったんですけど、身体強化スキルの他に筋力強化スキルってのが発現したらしいんです。なので身体強化スキルで力が増すっていうのは、効果の一つにしか過ぎないんじゃないですかね」
「筋力以外も強化しているから、身体強化スキルでの強化の上がり幅が小さいわけか?」
「身体といっても色々ありますしね。筋肉、皮膚、骨、目、耳、鼻、内臓。それらを一様に強化するのなら、各部を強化する割合は少なくなるんじゃないでしょうか」
江古田記者の説明を聞いて、なるほどなと頷く。
ゲーム的に考えるのなら、全ての基礎値にパフをかけるのが身体強化スキル、それぞれの基礎値にパフをかけるのが個別のスキルとなるわけだ。
俺がスキルの巻物で選ばなかった、打撃強化スキル。あれも打撃『だけ』強化するスキルと考えると、江古田記者の考えは合っているように感じる。
「そんな強化率の低いスキルなのに、既存の攻略法では選ぶべきとされているのが謎だな」
「そうですか? 他二つは戦闘に全く寄与しないスキルなんですから、ダンジョンにモンスターを倒しに入る人のことを考えるなら、順当だと思いますけど?」
「スキルで増えるのが元の筋力の五割増しなら、筋トレして筋肉付ければ、そのスキル分の強化は出来ると思うが?」
「探索者の多くは、手頃な場所で稼ぎに来ている人ばっかりなので、わざわざ筋トレしてまで強くなろうなんて人が居るとは思えませんけど?」
「最前線の探索者なら?」
「その手の人は、元から鍛えているんじゃないんですかね?」
つまるところ、身体強化スキルが一番の安パイだから、既存チャートで薦められているってわけか。
気配察知スキルを持ってても、次元収納スキルを持っていても、モンスターを倒せる武力が当人になければ金を稼げない。その武力を最低限担保するために、身体強化スキルが有用ってわけだ。
「気配察知スキルがレベルアップすると、どのぐらいの距離増えるか知っているか?」
「単純距離で倍って感じらしいですよ。ただし、スキルを使用する本人から円形に感知範囲があるらしいので、えーっと、かなりの範囲が分かるようになるらしいです」
気配察知スキルが平面的に作用するのなら元の四倍、球形的に作用するのなら八倍の感知範囲の増加の計算になる。
こっちは次元収納スキルと同比率での増加具合だな。
その点については納得だが、問題は身体強化スキルのことだ。
「レベル一で五割、レベル二で七割増しじゃ、むしろスキルレベルを上げないとどうしようもないだろ。レベル三になって、ようやく倍近くになるんだろうからな」
話の大元はスキルレベルが重要と考える俺と、そうではなさそうな江古田記者との意識の差についての疑問。
その大元に戻っての意見に、江古田記者は曖昧な笑みを返してきた。
「レベル三ですか。最前線でも、ほんの一握りの人しか達成できてないって話ですよ?」
「……はぁ? マジでか?」
俺のスキルレベルは、次元収納スキルがレベル四、治癒方術がレベル三、基礎魔法がレベル二だ。
それなのに最前線にいる探索者たちの中に、身体強化スキルのレベルが三に達した人は少ないという。
俺とその他で差が出来ているのは、いったいどういう理屈なのだろうか。
単純に考えるなら、モンスターの討伐数――実際に自分の手で倒したモンスターの数によって、スキルレベルが上がるということだろうか。
それなら、俺が他の探索者たちよりも、数多くのモンスターを殺している自信がある。
なにせ、他の探索者がやってこないような、モンスターが複数匹現れる場所に入っているし、なによりも単独で戦っている。
最前線にいる探索者と俺とでは、最初期組と最後発組という二年の差があると考えても、俺の方が魔物を殺した数が多いだろうな
俺がそんな風に考え込んでいると、江古田記者が得物を見つけたような目を向けてきていた。
「スキルレベル三の人が少ないことに驚いたってことは、さてはガイコツ仮面さん、スキルレベル三に達してますね?」
余計な情報を与えてしまったと後悔するが、まあ次元収納スキルについてならいいかと教えることにした。
「そうだ。次元収納スキルがレベル三になっている。ダンジョンから出てくる際に、リアカーを次元収納から出すのを見せているから、多くの人が気付いているだろうけどな」
「リアカーを入れているんですか? 容量はどのぐらいで?」
「レベル三になると、だいたい小型トラックの荷台に乗る分ぐらいの容量だな」
「はえー。小型トラックってことは、一トンとか二トンですか?」
「あくまで容量であって、重量じゃないからな。その点は注意しろよ」
「えーと、はい。とりあえず小型トラックの荷台ってことにしておきますね」
江古田記者は数学がダメそうなので、情報を正しく理解しているか怪しい。だが問題になるのは、俺じゃないから放置しすることにした。