百二十二話 インタビューの続き
以前のインタビューの際に、江古田記者が食っていたステーキを、今回は俺が頼むことにした。
注文したステーキが焼き上がるまでの時間、俺は江古田記者に再度問いかける。
「それで、なんの話だったか?」
「ガイコツ仮面さんのダンジョンに入る目的が、不老長寿の薬だって話です」
「ああ、はいはい。それだった」
俺は追加で淹れて貰ったコーヒーに口をつけながら、どんな風に理由を語ろうかを考える。
俺が不老長寿の秘薬を手にしたい理由は自分で使うため――つまり長生きしたいっていうのが理由だ。
どうして長生きしたいのかの理由について、個人的な理由はちゃんととあるが、これは記者相手に語るには恥ずかしい内容なんだよな。
イキリ探索者を装うからには、イキった理由を口にするべきだろう。
何を言うべきかを定めて、俺は口を開く。
「有能な人は長生きするべきだと、俺は思うんだ」
俺が唐突に切り出すと、江古田記者はポカンとした顔つきになっている。
混乱している様子なので、そのまま混乱せるようなことを言っていこう。
「では有能な人とはなにか。金を持っているから有能なのか? 権力を持っているから有能なのか? 人脈が豊富なら有能なのか? 違うな。自分自身が有能だと思っているヤツこそが、有能な人なのだ」
口から出るに任せた戯言の羅列。
語っている俺自身でも分けわからん内容なので、江古田記者はもっと理解しがたい顔をしている。
「えっと、有能な人は有能だと自分のことを思っていると?」
「周りから有能だと言われた結果、有能だと勘違いしている馬鹿はダメだ。自分で何かを始め、そして自分の行いに対して、自分は有能だ天才だと自惚れることができたヤツこそが、有能な人間。つまりはそういうことだ」
「うーん……。ガイコツ仮面さんの有能論は横に置いておくとしまして。つまりガイコツ仮面さんはご自身が有能だから、長生きするべきだと思っている。そして長生きするための手段として、あるかどうかわからない不老長寿の薬を取りに、ダンジョンに入っていると?」
「有能な俺の元には、必ず不老長寿の秘薬がやってくる。間違いない」
適当なことを口にし終わったところで、ステーキが運ばれてきた。
以前見たときと変わりなく、なかなかに美味しそうだ。
早速フォークで切り分け、一片の肉をフォークで刺してから、口の中へと運んだ。
口に入れた瞬間、肉の旨味が口内で爆発したかのように感じられた。それこそ、旨味が舌から脳天へと突き刺さったかのような、そんな衝撃だ。
美味いステーキだ。味付けが最低限の塩コショウだけなのに、肉の旨味が極限まで引き出されているように感じる。
流石は東京駅近くに開業し、そして老舗となった喫茶店だ。ステーキを焼くのが本業ではないのに、生半なステーキ店よりも上等な肉料理を出してくるじゃないか。
あまりの美味しさに、俺は思わずガツガツと食べてしまい、あっという間にステーキはなくなった。
幸福感が脳を支配している実感を得ながら、俺は江古田記者に向き直る。
「そんで、インタビューはこれで終わりでいいのか?」
「いや、待ってください。まだ質問は一つだけですし、本命のがまだなんですって!」
「じゃあ、さっさとしてくれ。このステーキの美味しさで、俺は気分がいいからな。口が軽くなって、重要情報がポロッと出てくるかもしれないぞ」
俺が幸福感からの笑顔で言うと、江古田記者が慌てて質問してきた。
「じゃあまず、先ほど既存の攻略法では十五層を突破できないだろうから、独自の攻略法を編み出したと言いました。どうやって、考え付いたんですか?」
「簡単に言えば、特定階層から先に進めなくなった最前線の探索者の姿が、サービス開始してから間もないMMORPG系のゲームと同じだと思ったからだ」
「と、いいますと?」
「MMORPGゲームのプレイヤーは、サービス開始直後に先発プレイヤーが有効な攻略法を探し始める。そしてある一定の情報収集の後に、定番化できるキャラの育て方とゲームの攻略法を編み出す。そのチャートに従い、後発プレイヤーも自キャラを育てていくことになる。しかし後に隠されていたゲームの仕様によって、その当初に確立されキャラの育て方が間違っていることが分かる。例えば、関門となる敵のボスキャラに勝てないとかでな」
「なるほど。状況的に似ていますね」
「んでだ、ここでプレイヤーは二種類に分かれる。いままで育てたキャラを使い続けるか、新たに判明した事実に基づく育て方で新しいキャラを作り直すか。最前線にへばりついているプレイヤーは前者を、それ以外は後者を選ぶことが多いな」
「作り直しですか。でも、現実のダンジョンじゃ、そんなことできませんよね?」
「そうだな。だから、最前線に居る奴らだけでなく、これまで探索者になってきたやつらは、今まで通りのチャートに固執するない。そして最前線の探索者が使っているチャートだからって、新たな後発組が真似をしてしまう。そうして、攻略が行き詰っているわけだ」
「ガイコツ仮面さんは、そういったカラクリが分かったから、独自の攻略法を作ったと?」
「そもそもの話。ゲーム的に考えるのなら、いまの探索者たちは役割が偏重しっぱなしなのが問題だ。身体強化を使う戦士が沢山と、気配察知の斥候が少しで、次元収納の荷物持ちは皆無。ゲームの攻略は多用性が重要だってこと、分かってねえのかねえ?」
「多用性――つまり、一件無能に見えるスキルでも、ちゃんと役割があると?」
「馬鹿とハサミは使い様って言うだろ。使えないスキルだって烙印を押すには、そのスキルについてどれだけのことを知っているのかって話だよ」
俺は語り終わり、コーヒーで喉を潤す。
江古田記者は、テーブルの上のボイスレコーダーが動いていることを確認してから、違う質問をしてきた。
「多用性の話と関連して、萌園さんのような特異なスキル持ちが、今後も増えると予想しますか?」
「増えるというより、今まで見つかってなかったスキルと、その取得方法が確立されてくると思うぞ。あの魔女っ娘を例に出すなら、初期スキルに次元収納を選び、杖と魔女の格好をして、モンスターと戦えば、魔法スキルが手に入るんじゃないか? 少なくとも、行動を再現してみて、魔法スキルが手に入るかを確かめる人は確実にでてくるだろ」
「そうですね。最前線にいる探索者のうち、身内に新しく探索者になろうとしている人を持っている人は、とりあえず次元収納スキルを覚えさせるなんて表明している方もいるみたいですし」
「やっぱりか。じゃあ忠告もしとこうか。火魔法スキルを手にしたいのなら、あの魔女っ子の装備だけじゃなくて、モンスターの倒し方も真似をしろってな」
「えっ!? それはどういうことです? なにか魔法スキルに対して、知っていることが!?」
「ねえよ。ただ単に、検証ってのは、徹頭徹尾条件を同一にしなきゃ意味がないってことだ。魔女っ子がしていた格好をしてみて、魔女っ子が戦うようにモンスターと戦ってみて、それで火魔法スキルが得られたら、再現性ありと分かる。再現性が確保できてから、一つ一つの条件の要不要の判別に入れる。つまりは道理の話だ」
「完全再現で検証しなきゃ、萌園さんが運よくスキルを手にしたって可能性が残ってしまう、ってことですね」
「ま、俺には関係ない話だから、忠告止まりだけどな」
事実、俺が火魔法スキルではなく基礎魔法スキルを得ている理由は、火魔法スキルを得るに足る条件が未達成である可能性が高い。
そもそも基礎魔法スキルは、スキルを取得できる巻物の効果で得たもの。
もしかしたら、あの巻物はスキル取得の条件を一つか二つ緩和する能力があるのかもしれない。
そう考えると、俺の候補に上がった三つスキルが、基礎魔法の他だと、身体強化と打撃強化だという理由に納得がいく。
身体強化は、初期スキルで選ぶという条件を、巻物が緩和するから、取得できる。
打撃強化は、身体強化を所持しているという条件を緩和することで取得できる。
これは、あまりに都合の良い想像だけど、大して間違ってはいない予想のはずだ。
俺がスキルの取得条件に意識を割いていると、江古田記者から新たな質問が来た。
「先ほどのゲームの論理で考えると、今後のダンジョン事情は、どのような展開になるでしょう?」
「新しいチャートで作り直したキャラは、育てるのに時間がかかる。けど育ち切ってしまえば、前線を支える者が交代するだろうな」
「いま最前線にいる探索者たちは、用済みになると?」
「流石に、それはない。このまま最前線を維持すると思うぞ」
「でも、既存の攻略法では、ダンジョンの階層を今以上に進めることは難しいのですよね?」
「馬鹿が。さっきも言っただろ。なんだって使い様だってな。それに最前線を構築している探索者が、身体強化持ちに偏重しているのが問題なんだ。探索者パーティーに、魔法スキルやら回復スキルやらを身に着けたヤツが合流するだけで、前線は押し上がるだろうさ」
「じゃあ、そういったスキルを身に着けた人を、最前線のパーティーが引き抜いて仲間にすると?」
「これがゲームならパワーレベリングで育てる場面だが、現実のダンジョンでその方法が通じるかは疑問だな。少なくとも、スキルのレベルアップができなきゃ、最前線のモンスターには通用しないだろうな」
「レベルアップ、ですか?」
江古田記者が不思議そうに聞き直してきたので、俺もおやっと思った。
「スキルのレベルが上がることは、知らないのか? 次元収納の場合だと、容量が増えた、って声が聞こえるんだ。身体強化や気配察知でも、似たような声が聞こえるはずだ」
「あー。そういう話がありますね。なるほど、レベルアップですか……」
江古田記者が納得していない様子を見て、俺は疑念を抱いた。
俺はスキルのレベルアップが最重要だと捉えているが、江古田記者――ないしは彼女が培ってきたダンジョンの常識においては重要ではないと考えていそうだった。




