百二十一話 二回目のインタビュー
江古田記者からの二回目のインタビュー。
それを、以前にインタビューを受けた際に行った、あの喫茶店でやることにした。
どうして、この喫茶店なのか。
それは江古田記者が最初に行こうとした場所が、低価格帯のファミレスだったからだ。
俺がそんな場所でインタビューされるのを拒否し、この喫茶店に再び入ることを強硬に主張したので、再訪となったわけだ。
「んで、江古田記者は、今日はステーキじゃないんだな?」
俺が指摘した通り、座る江古田記者の前には、カップに入れられたホットコーヒーだけある。
ちなみに俺の前には、季節のケーキとして、マロングラッセが一つ乗ったモンブランとコーヒーのセットがあったりする。
「えっ!? あ、あはははっ。以前のことで、編集長に怒られまして」
「俺が金を出したことでか?」
「はいぃ。賄賂を貰って取材対象に都合の良い記事を書いた、って疑念を抱かせるような真似はするなと」
編集長とやらは取材倫理の確りした人物のようだ。
俺は江古田記者から恨めしそうな目で見られながら、ガイコツヘルメットを取って、モンブランを小型フォークで掬って口に入れる。
栗の風味がしっかり残っていて、甘味は抑え気味。そして、ほんの少し栗の革の渋みも感じる。
その甘味と渋みが口の中に残っている間に、コーヒーに口をつける。コーヒーの苦味と酸味が感じる味に加わる。そして口の中のコーヒーを飲み込めば、コーヒー豆のロースト香と栗の風味が合わさった匂いが口の中に残った。
流石は高級喫茶店の一品だ。コーヒーに実に合うケーキを出してくれるじゃないか。
俺は嬉しく思い、ぱくぱくとモンブランを食べ、コーヒーに口をつける。
俺が遠慮なしに食を楽しんでいると、江古田記者が恨めしげな目を向けてきた。
「そんな目を向けるぐらいなら、自分の分を頼めよ。そちらの金で注文する分には、編集長だって怒らないだろ」
「取材の経費として扱えるお金に上限があるんです! だから安いお店にしようとしたのに!」
「……さては馬鹿だな、テメエ。取材対象のことじゃなくて、テメエの事情を優先してんじゃねえよ、しかも金が理由かよ、ああッ!」
「ヒッ。凄まないでくださいよ。さっきファミレスに連れて行ったときにだって、さんざんに怒ったじゃないですか」
「あれは怒ったんじゃなく、抗議しただけだ。なんだ。俺に怒って欲しいのか、ああん?」
俺が演技で睨みつけると、江古田記者は視線を外して黙り込む。
俺は「ケッ」とわざと声を出してから、モンブランを一口食べる。
「そんで、取材ってのは、どうすんだよ。さっき取った写真で終わりで良いのか?」
「いえ、ちゃんと聞きたいことがありますから!」
「なら、さっさと聞けよ。俺だって暇じゃない中、こうして時間を割いてやったんだからよお。大して得もないってのになあ」
俺の言葉に、江古田記者がしょげてしまう。どうやら、この店までの道中で散々弄り倒したときの会話が効いているらしい。
「はい……。謝礼金が少ないうえに、気に入ってもらえそうなものすら用意できず、すみません」
「反省の弁なんていらねえから、さっさと取材しろって」
俺が再度忠告すると、江古田記者はテーブルの上にボイスレコーダーを置いて、そのスイッチを入れた。
「では、取材させていただきます。名前をどうぞ」
「名前? 以前のインタビューで付けられた仇名の、カマキリ仮面でいいぞ。もしくは、ガイコツ仮面にでもしておくか?」
「いえ、あの、ちゃんとお答えしていただかないと」
「嫌だね。カマキリ仮面かガイコツ仮面にしてくれ」
俺が取り付く島のない態度を作って言い返すと、江古田記者は名前の追求を諦めたようだった。
「では、便宜的にガイコツ仮面さんとします。ガイコツ仮面さんは、どうして探索者になったのか、理由をお教えください」
その質問に、俺は真正直に答えるべきか考えつつ、口では別のことを言葉にする。
「なあ。てっきり俺は、新スキルの件についてのインタビューだと思っていたんだが、違うのか? それとも、それって単なる定型の質問だから口にしているだけか?」
「インタビューの導入の定型の質問ではありますけど、興味があるのも本当ですよ。なにせ、新スキルが発見される前から、一風変わった格好で探索者活動を始めた人物なんですから」
定型なら拒否しようと思っていたが、ちゃんとした質問というのなら答えるしかないな。
もちろん、俺はイキリ探索を装っているため、本心に嘘を交えて語ることになるけどね。
「俺が探索者に成った理由だったか?」
「その装備を見れば、普通の探索者のようにダンジョンに稼ぎに来てないことは確かですから。だって、単純に金を稼ぐだけなら、日本鎧と日本刀を装備して身体強化スキルを選ぶはずですし」
「わざわざ独自の装備を着け、初期スキルに次元収納を選んだからには、それなりの理由があると考えたわけか」
「はい。で、本当のところ、どうなんです?」
「そうだな……。俺が探索者になろうとした理由の前に、俺がどうして独自の道を行くことにしたのかを語った方が理解が早いだろうな」
俺はコーヒーに口をつけてから、俺が独自チャートを作ることを決意した理由を語ることにした。
「日本の探索者が、現時点で東京ダンジョンの何階層に至っているか、江古田記者は知っているか?」
「知ってますよ、もちろん。全世界の中で唯一日本だけが到達している、十五階層ですよね。そのボスに阻まれて、そこから先に行けていませんけど」
「他の国だと十階層で足踏みしているって聞く――ってのは置いておくとして、十五層から先に行けなくなって、どれだけの時間が流れているか知っているか?」
「えーっと、そういえば、どれぐらいでしたっけ?」
「十五層到達の話が世間に流れて周知されてから、俺が探索者に成った頃で半年で、もうすぐで一年だ」
「えっ、そんなに、ですか?」
「ああ。この一年、攻略は停滞していると、俺は見たわけだ。それで、ダンジョン攻略の定石だと公表されていた攻略法を、俺は見限ることにしたわけだ。十五階層を突破するのに必要なのは、新機軸の攻略法しかないってな」
江古田記者は、感心する声を漏らした後で、疑問顔になって問いかけてきた。
「十五階層を突破することを探索者活動を始める際の目標にしたというのなら、ガイコツ仮面さんはダンジョンの攻略が最終目的なんですか?」
「そう結論を急ぐな。俺はダンジョンの攻略なんて興味ない。ダンジョン駆逐派な右翼も、ダンジョン活用派の左翼でもない、政治に無関心の若者でしかない」
「若者?」
「二十代は十分、若者だろうが」
俺はモンブランを掬って食べてから、俺がダンジョンに入る目的『だけ』は本心を語ることにした。
「俺が探索者になった目的は、欲しい物がダンジョンの中にあると思ったからだ」
「物、ですか?」
「ああ。不老長寿の飛躍が欲しいんだよ」
「えっ。不老長寿の薬ですか? 見つかったんですか?!」
「いいや。未だに世界の何処にも、見つかったってニュースはない。だが俺は、あるはずだと思っている。欠損した腕や足を再生するポーションはあるんだ。なら細胞を若返らせる薬があってしかるべきだし、若返らせができるのなら永遠に若いままに保つ薬があるのも不思議じゃない」
「えーっと? どうして欠損が治るたら、若返りもあるって結論に?」
「……老化ってのは、体組織や遺伝子の欠損で起こるもんだ。手足の欠損がダンジョンで出る薬で治るのなら、体組織と遺伝子の欠損を治すことができるだろう。治ったら、それは若返りってことだろ」
「はへー、なるほど。ガイコツ仮面さんって、意外と知性派なんですね?」
意外、という部分にイラッときたので、怒った演技で脅すことにした。
「馬鹿にしてんのか! 誰が底辺高校出身の高卒だ! ああんッ!」
「ひッ。そ、そこまで、言ってないじゃないですか。それで、不老長寿の薬は、誰かに渡すために?」
「馬鹿か。そんな貴重な薬、自分自身に使うに決まってんだろ、ああんッ!」
「い、いちいち怒らないでくださいよ。こちとら、探索者ですらない、可愛い記者なんですから」
「自分で可愛いとか、面の皮が厚すぎじゃねえかよお!」
「なんでそこで怒ってくるんですか! いいじゃないですか、可愛いで……」
江古田記者を脅し終え、モンブランを食べる。ちょうど最後の一欠けらだったようで、ケーキ皿の上が空になった。ついでにコーヒーカップの中身も。
インタビューも一区切りだしと、俺は新しい注文を行うべく、店員を手招きで呼び寄せた。




